ねずみの城
息を切らしながら全力で逃げる。誰かの待てっ!!!という声は雨音によって吸収され、相手との距離が分からない。角を曲がって壁を飛び越え。ずぶ濡れになった重たい服を靴を振り乱しながら、走り続けた。
隠れる場所を探していると、瓦礫の向こうに壊れたトンネルを見つけた。入り口は半分埋もれているが中に入れそうだった。バシャバシャと上から水が流れ落ちているのも構わず。誰かの音が聞こえた気がして、迷わず中へ入る。中は真っ暗だった。何も見えない。寒い。手探りで壁を探して背中を預け、ずるずると地面へ座り込んだ。酷い雨だ。酷い嵐だ。こんな日は外へ出るべきではなかった。濡れた身体を抱き締める。意識が遠のいていく、記憶の中の兄が笑っている。…助けてよ、お兄ちゃん…。
小さな私が泣いているのに。
あの日も雨だった。
兄は仕事してくると出掛けたきり帰らぬ人となった。兄の知り合いに声をかけては、無我夢中で探し続けた。探してへとへとになって、見つけた時にはもう夜で。冷たくて重たい体を引きずりながら泣きながら帰ったのを今でも覚えている。
身体が怠い。服が張り付いている。そうだ、昨日濡れたまま寝てしまったから…。
朦朧とした意識の中、顔に張り付いた髪の毛を払おうと手を伸ばした時、異変を感じた。
……手が動かない。椅子に縛られている。ここ外じゃない?!
建物の中だと気付き、手首に巻き付いた鎖が音を立てた。ガシャン、ガシャン!!と外そうと椅子に叩きつける。外れない…。焦っていると、唯一のドアから見知らぬ赤髪の男が入ってきた。
「起きたか。」
男は目の前まで来ると私を椅子ごと蹴り飛ばした。お腹を蹴られ蹲る私。痛みで目が開けられない。髪の毛を掴まれ、そのまま持ち上げられると、睨み付ける男の瞳と目があった。
「なぜ殺した…。ユウトをなぜ、どうやって殺した!!同じように殺してやる!答えろっ!!」
ユウトという名前に心当たりがない私は首を横に降った。するとそのまま手を離され顔から床に倒れる。鼻血で床が赤く染まる。
「…シラを切るか。マル!!」
男が扉へ叫ぶと、茶髪の男が入ってきて、私の腕や足についていた鎖を外していく。自由になった瞬間逃げ出そうと試みたが、マルという男に捕縛されてしまう。腕が折られる、反対方向に曲げられ激痛が走る。
顔を歪ませていると赤髪の男が笑った。
「女が一番嫌がることを教えてやる。それでも答えないのならば、…やったことを後悔しながらそのまま死ね。」
赤髪の男は私に乗り上げると、着ていた服を破いていく。破かれた服は床に投げ捨てられ、素肌が晒された。手で隠そうにも茶髪の男が手を掴んで離さない。男はそのまま下のボタンを外そうとしてきて、私の瞳から涙が溢れた。だって、…だって声が出ないんだから。しょうがないよ。何も伝えられない!違うって言えない!!暴れても男の力じゃ敵わないのを私は知っている。静に涙を流す私を見て茶髪の人が手を離した。
「この子…めぐと同じだ。」
その言葉に赤髪の男は私の上から退いた。
痛みと恐怖で泣きじゃくる私に赤髪の男はくそっ!と言って部屋から出ていく。もう一人の男はごめん。と何回も謝りながら、私が泣き止むまで頭を撫でていた。
私が泣き止むと茶髪の男が女物の新しい服をくれた。白い花柄シャツに黒の短パン。着替えると男は名前を教えてくれた。男の名はマルというらしい。マルはチーム土竜のメンバーらしく、ここは土竜の建物らしい。建物を巡りされてある部屋へ案内される。中では小さな子供達や女の子達が洗濯や炊事をしている部屋だった。
「君に会って欲しい人がいる。…メグ!!」
マルが声をかけるとメグと呼ばれた女の子が元気よく走ってきた。ショートヘアにサイドを刈り上げた女の子は私を見て微笑んだ。
「おお?新しい子?可愛いし、金髪の髪が長くて綺麗だねぇ。」
メグは私の手を掴むと高速で握手する。
「…いや、言いにくいんだけど、君と同じだと思うんだ。話を聞いてあげて欲しい。」
「……あー、そう、なんだ?OK!じゃあ保健室行こうか?」
マルと分かれて、メグと共に保健室へ向かう。建物は船の様な構造をしていて、廊下が長い。その間に沢山の部屋があった。道中メグがここでの暮らしや仕事について話してくれて気付けば私は笑っていた。さっきまであんなに怖かったのが嘘のようだ。保健室の中は静で薬品の匂いが充満している。メグは私をベッドへ座らせると、自分は小さな椅子を持ってきて目の前に座った。
「この傷を見て欲しいの。」
「!!!!」
メグがスカートを太股が見えるくらい持ち上げる。右太股にバツ印がつけられておりかなり深く彫られて跡が残っていた。
私はその印に見覚えがあった。自分のシャツをめくりお腹を見せる。同じ傷をメグに見せた。
「……同じ奴だ!!その傷はあいつが犯した女の子につける傷なんだ。あたしの他にもいたんだ!…守ってあげられなくてごめんね。」
メグが私を抱き締めながら涙を流す。私も抱き締め返した。きっとメグだって同じように誰か助けて!と叫んだと思うから。
「声が出なくなったのもそれが関係してる?」
メグの問いに頷く。
「字は書ける?」
メグはペンとノートを手渡してくれた。頷いてありがとう。と書いて見せると、メグは笑った。
「あたしらのボスとマルがここに連れてきたんだよね?大丈夫だった?」
メグの質問に怖くて痛かったと書いて見せる。
「…そっか。やられた分あたしが殴っといてあげる!女の気持ちは女にしか分からないからね!マルを呼んでくる。ボスは…。」
メグが伺うように見るので首を横に降った。ボスってあの赤髪の男?絶対に嫌だ。もう二度と会いたくなかった。
「だよね!マルだけ連れてくる。ちょっと待ってて、動くと迷子になるからね~。」
メグが出ていくと私はベッドへ横になる。布団で寝るなんて何日ぶりだろう。使い込まれたベッドにテーブル。薬品の匂いに包まれていて、ボーッとする頭で天井を眺めた。
ノックの音で目が覚める。はい。と返事をすると茶髪の男マルが入ってきた。そのままドアが閉まり、メグは?と私は部屋の隅へと後退る。
「触らないし近付かないって約束する。だから、教えて欲しいことがある。」
マルは部屋の入り口を慌てて開けた。そして扉から離れて椅子に座る。私が怖がらないようにしているんだと分かり、頷いた。
「メグから話せないって聞いた。紙に書いて教えて欲しい。僕達はユウト殺した犯人を探してる。特徴は赤髪で男。僕より背が少し大きい人。知ってるかな?」
マルに言われて記憶の中を探す。
五年前。…兄が死んだ。兄の死体を見つけて家まで引きずって運んだ。雨の中、兄のポケットから何かが落ちて、拾おうとしたら誰かに掴まれた。そのまま雨の中、何処かの空き地へ連れていかれて首を絞められ苦しくて、抵抗してたら誰かが助けてくれた。その人は、… その人。
…………あー、その人も死んじゃったんだ。
その後の記憶が鮮明に甦る。目の前で私を庇った人はあの男に殺された。赤い髪が地面に広がる。血と混じり、雨と混じり、少しずつ広がっていく。
私は頭を抱える。頭が割れそうな痛みに襲われる。誰も助けに来てくれなかった。痛かったのに、怖かったのに!違う違う違う!!!そうじゃない。
私の錯乱した様子にマルはメグを呼びに部屋を出ようとした。その手を私は掴んだ。驚いたマルは足を止めた。私はマルを椅子に座らせると、見えるように私はノートに書いた。
「犯人を知っている。」と。
マルは私が書いている間、何も言わずに静かに待っていた。あの時の状況、覚えていること、全て。思い出したことを忘れないためにここに書く。書き終わる頃にはインクが切れかけ、擦れて見にくくなっている箇所もあった。
書き終わると同時にまた涙が出てきた。手で擦っていると、マルがタオルをあたまに被せてくれた。そのまま何処かへ去っていくと、メグが私の手を取って立たせる。
「ねぇ、もし良かったらなんだけど…。今日は土竜で一晩過ごさない?あたしの部屋に布団敷いてさ、2人で手繋いで寝ようよ。」
私はメグの提案に泣きながら頷いた。
メグの部屋は端っこで窓から海が見える。天井は透明になっていて、夜になると真っ暗になって見えないはずなのに、この辺りは隔てるものがないからか、星の輝きも月光もとても綺麗だった。2人で横になって手を繋ぐ。
「あーあ、明日になったら帰っちゃうんだよね…。寂しくなるなぁ。でも、次もし会えたら名前教えてね。絶対に忘れないから。」
メグの言葉に私は手を握り返した。
次の日、マルに連れられ、建物の入り口まで送られる。
「ここから出れば外だよ。…その、酷いことしてごめん。情報提供をありがとう。彼女たちと仲良くしてくれてありがとう。君が望むのならば、ここにいても」
「駄目だ。」
「コウ!」
声がした2階から赤髪の男が飛び降りて、マルと私の間に入る。私が動じず見返すと、男は舌打ちした。
「俺は許可しない。オレは死んだユウトの側にお前がいたことを覚えている。お前が真犯人でない証拠もない。……ふん、今日は泣かないのか?」
私は貰ったノートとペンに文字を書く。
「私もあなたが見ていたのを覚えてる。全部思い出したからもう怖くない。」
ありがとう。と書いた二つの紙に名前を書き足す。メグとマル。マルに渡せばメグに渡してくれるだろう。私はマルに紙を渡すと、振り返ることなく自分の家へと向かった。
記憶を思い出して、一つ探さなければいけない物が分かった。それは兄の手記だ。一度だけ盗み見ようとした時に兄に見つかって取り上げられた。あれ以来何処かに隠されたようで、見つけれなくなった物だ。兄の死体にはなかった。なら家の何処かにあるはず。
家の近くまで帰ってきた。考え事で気付くのが遅れたが何か焦げ臭い匂いが鼻をつんざく。何処からか黒い煙が上がっているのが見えて、燃えているのが自分の家だと分かると、私は走った。まだ中まで燃えてないかもしれない。火の勢いが増していく。入り口は燃えてなくなり入れそうにないので、他に中へ入れそうな場所を探すため、走り出すと何かに引っ掛かって前のめりに倒れた。衝撃に備えて身構えたが。痛みは襲ってこず、不思議に思って起き上がれば、目の前には倒れてる人。生きているか確認しようと顔を近付けると目があった。
「あーー…?誰だお前。…まぁいいか。んっ。」
離れる前に頭を引き寄せられてキスされた。突然の事で動けず、目を見開く私を見て、ぺろりと下唇を舐めた男はそのまま続けようとしてきたので、ノートでおもっいっきり顔面を叩いた。
「なっ!いってーな!何すんだよ!!」
こっちの台詞だ。と怒った顔で何回も叩く。ノートを千切って最低と書いた紙を顔に叩きつけた。そんなことより兄の手記だ。燃えている家を消す方法はない。なら一か八か中へはいって探す?何処にあるかも分からないのに…?でもこのままだと燃えてなくなってしまう。
私が意を決して飛び込もうとした時、私の身体は何かに止められ、浮遊する。私を持ち上げたらしい大男は震える私を見ると顔を真っ赤にしてくねくねと動き出した。
「おいっ、ダイチ!お前は護衛だろうがっ!俺を守れよ。」
「すまん!トオルが悪すぎる。」
「ああ!!何だって!?」
大男は最低男に人差し指を向けて頭を打つジェスチャーをする。
「この女、家の中へ入ろうとしてたぞ、話を聞いてやれ。その間僕は寝る。」
「もぉー、寝るならアンダードッグで寝てよ。」
大男はよいしょと男を片腕で持ち上げると、すたすたと歩いていく。もう片腕にすっぽり埋まっている私は、慌てて暴れめみるも空しく。自分の家からどんどん離れていく。その間燃え続ける炎に私は兄の手記を諦めざる終えなかった。
連れてこられた場所は瓦礫の屑の山をを二つほど越えた所だった。地下へ続く道を




