パン屋の娘と腹黒神父(仮)
ファンタジーラブコメ
対戦よろしくお願いします
ここは、剣と魔法と魔法科学の世界…の片田舎の町
ここの町には人気者がふたりいる。
1人はパン屋の看板娘、ミーシャ。
元気で明るい笑顔で今日も美味しいパンを配達します。
そしてもう1人。町外れの教会の神父、ルシアン。
彼の教会は孤児院を併設し、幾人もの子供の面倒を見ている。優しい笑顔でくるものこばわず受け入れて面倒をみ、懺悔を聞き届けます。
でもこの神父、じつは秘密があって…
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
その日、すっかり日の落ちた道をミーシャは小走りで辿っていた。
配達で遅くなった、きっと両親が心配している。
それに、最近噂があるのだ。
近くの森に魔物が住み着いて、夜道を歩いていると喰われると。
この前も1人、行方不明者が出た。
あれはきっと魔物に食われたのだと。
生暖かい風が吹き、森が鳴く。
近くの草むらがカサカサと動く。
ずっしり、ずっしりと足音。
ミーシャの背中に冷たいものが流れた。
不気味な声がして、それは姿を現した。
目が血走った熊のように巨躯で蛇のような皮膚を持った謎の生物。
見てはいけないのに見てしまった。
「…あ…ああ…」
恐怖で脚がすくむ。声が出せない。
がくりと尻餅をついた。
怪物が迫ってくる。
ミーシャの腰ほどありそうな腕を振り上げる。
ーーー死んじゃう!
そう思った時だった。
銃声が響いた。怪物の爪の狙いが逸れてミーシャの横の土を抉った。
「間に合った…様ですね」
優しくミーシャに声をかけたのはルシアンだった。
彼は怪物に銃口を向けたまま、ミーシャを一撫でし「さあ、お仕置きの時間ですよ」と《楽しそうに》笑った。
銃声が響く。なぜか鈍い音も聞こえる。
怪物の悲鳴。血のにおい。
ミーシャはガタガタと震え…でも目が離せなかった。
……返り血を浴びながら笑うルシアンから。
こう言った田舎町では、悪魔…怪物を狩るのは神父の仕事だった。
田舎の自警団では、怪物相手には手も足も出ない。
教会には魔導銃と言われる不思議な道具があり、それで守るのが教会のもう一つの役割なのはこの世界では常識だ。
だから、戦う神父は珍しくはないが…
ーーーなんでだろう。助けてもらったはずのに神父様の方が……怖い!!
実際に見るのは初めてだったのもある。
が、血まみれで笑うその姿の印象は強烈だった。
「危ないところでしたね、大丈夫でしたか?」
ルシアンが座り込んだままの彼女に手を差し伸べた。
白い法衣が、手袋が真っ赤に染まっている…返り血で。
「あ…ああ…」
ミーシャは手を取らず後退った。
「怖かったですね、もう大丈夫です」
ルシアンはニコニコと笑っている。
……笑っていない。目は笑ってない。
「あ、ありがとうございます、神父様」
ミーシャに震える足に力を入れて、何とか立ち上がった。
お礼を言ったが、声は震えていなかったか?
ちゃんと微笑みを浮かべられたか?
「怪我もなさそうですね、よかった。」
もう遅い、家まで送りましょうと、ルシアンがいうより早く、ミーシャは頭を下げた。
「では、失礼します!神父様!」
そして、脱兎のように駆け出す。
後に残されたルシアンはその背中を見つめながらつぶやいた。
「困ったことになりましたねぇ…」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
翌朝、ミーシャは憂鬱だった。
彼女のの朝一番の仕事は街外れの教会……ルシアンのいる教会にパンを配達することだ。
孤児の多いあの教会にパンを届ける、幼い頃からの仕事だ。
子供の頃、ルシアンに憧れを持ち、少しでも会いたくてその仕事を始めた、当時の自分を殴りたい。
ーーー行きたくないな。怖いな。
それでも行かなければならない。
あそこにはお腹を空かせた孤児たちがいるのだから。
こっそりと門に隠れる様に教会の扉を見る。
誰もいない。
よし、今なら…
そう思って歩き出した時だった。
「おはようございます、ミーシャさん」
「………っ!?」
背後から一番聞きたくない声が出て聞こえた。
恐る恐る振り返れば神父様。
優しい柔らかい笑顔のいつものルシアンだ。
一瞬、昨日のは悪い夢だったと思った。
「昨夜は大丈夫でしたか?」
秒で否定された。
「ひぃっ!」
「嫌ですねぇ…人を化け物みたいに」
クスクスとルシアンは笑う。
見慣れた笑顔のはずなのに、怖い。
「そんなことよりも、お願いがあるのです」
「お願い…ですか?」
何を言われるのか、ごくりと喉がなった。
「昨夜のことはどうかミーシャさんのお心に留めておいていただけませんか?」
そっとミーシャの唇に指をあて、ルシアン。
「もちろんです当然です絶対口にしません!」
ミーシャは即答した。
思い出しても恐ろしいあの姿を誰が信じてくれるだろう。
「そうですか?助かりますが、でしたらなにかお礼を…」
「結構です!大丈夫です!ごきげんよう!」
そして逃げ出した。
逃げ出してから気づく。
「…配達、忘れてた」
パンの入ったバスケットはまだ持ったまま。
仕方ない、行くか…と今かけてきた道を戻ると、口元に手を当て笑っているルシアンがいた。
「お待ちしておりました」
「お待たせしました」
ミーシャはバスケットを差し出すと、
あえて彼女の手に触れる様にしてルシアンはそれを受け取った。
そして耳元に唇を寄せ
「貴女は、かわいらしい人だ」
と、囁いて頬へとキスを落とした。
ズザザザザっと音が聞こえそうな勢いでミーシャは後ずさる。顔は耳まで赤かった。
遠目にクスクスと笑っているルシアンが見える。
ーーー揶揄われた!
ミーシャは羞恥に耐えられず逃げ出した。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「あー!もうやだーーー!!」
仕事が終わり、ミーシャはベッドにダイブして叫んだ。
階下から母親が「うるさい!」と怒っているがそれどころじゃない。
「何でどこでも現れるのよー」
約束したあの日以来、事あるごとにルシアンが現れるのだ。
朝の配達の時に門前で待っているのは当然で、1人で店番している時から休日買い物に行っている時も「奇遇ですね」と現れる。
見張られているのかと思い「だ、誰にも言ってませんよ?」と震える声で言うが、彼は毎度の様にミーシャに触れ、「子うさぎの様で可愛いですね」「変な虫がつかないか心配で…」と言い、隙あらば「お茶をしませんか?」と2人きりになろうとする。
まるで口説こうとしている様に。
実際は見張っているのかもしれないが。
ーーー神父様に憧れていた頃の私が見たら驚くだろうな
今の自分には嬉しくないどころか怖いだけだ。
不意に窓の外に人影が映った。
まさかと思って窓を開けると、白い法衣の男…ルシアンが入ってきた。
「な、な、な…」
「しー!しずかに」
思わず叫びそうになるミーシャの口を押さえてルシアン。
ミーシャが息を整えたのを確認して彼は手を離した。
「何の用なんですか?」
思わず声が冷たくなる。
「最近避けられている様なので会いにきてしまいました」
悪びれる事なくルシアン。「正面から来ても話をさせてくれないでしょう?」と彼はいい、
ミーシャの頬を撫でた。
その手つきは優しく、まるで恋人の様だと錯覚させる。
「大丈夫です、誰にも話してません」とミーシャ。
気のせいかルシアンは悲しげな顔をした。
「そうではないのですよ」
私は本当に貴女と、話がしたいのです、と続けた。
怪物退治は仕事ではあったが彼の趣味でもあった。
怪物を前にすると、自分でも制御できない何かが暴れ出し、喜びに胸が高鳴る。
だが、あの日は違ったのだ。
怯え、腰を抜かしたミーシャを見た時、胸が高鳴った。
ーーー守りたいと思った
そしてああなった。
「貴女の怯える瞳に恋をしたのです」
それは真剣な声だったが、
「随分といい趣味してますね」
としかミーシャには思えなかった。
「自覚はしています」と、彼は笑った。
「この気持ちを知っておいて欲しかったのです」
ーーー貴女の怯えた瞳を独占したい
ーーー貴女の泣き顔見るのは私1人でいいのです
「知りたくなかったです」
きっぱり。ルシアンは困った様に笑った。
階下から「ご飯よー」と呼ぶ母の声が聞こえた。
「では私はお暇しましょう、話ができてよかった」
ルシアンはそう言ったのにミーシャとの距離を詰めてきた。そして、
「それから、こんな時間に部屋に男を招き入れてはいけませんよ?」
我慢できなくなります、と、彼は言い
ミーシャの唇に自身の唇を重ねた。
彼女はフリーズした。何があったのか、理解するまでに数秒かかった。
「あああああああっ!!」
思わず叫んだミーシャに階下の母が「うるさい!さっさと来なさい」と怒鳴る。
気づいた時にはルシアンの姿はなかった。
もう絶対近づかない!!
そう心に決めたミーシャだった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
もう近づかないと決めたところで、毎朝の日課であるパンの配達に休みはない。
今日も時間になるとルシアンは門前で彼女を待つ。
「おはようございます」
「おはようございます」
いつもと変わらぬやりとり。
「いつも配達ご苦労様」とバスケットを受け取るついでにその手に触れるのもいつものこと。
ただ変わったのは
彼は手に触れるとそのまま掴み、ミーシャを引き寄せ、唇を重ねる。そして
「ごちそうさまでした」と自分の唇を舐めた。
ミーシャの顔が耳まで赤くなり目が潤む。
「神父様のバカァ!!」
そして逃げ帰る。
………バスケットを持ったまま
「さあ、どんな顔をして私の元に帰ってくるのか、楽しみですね」
ルシアンは今日も愉悦だった。




