1.黒塗りの手紙と星の海
いつもの日課の通りレイン=クローウィンは薄い恰好でくたびれたソファーに寝転がり新たな禁書を読み漁っていた。
関連の在りそうなもの、役に立ちそうなものに色分けされた粘着性のある小さなしおりを挟んでいく。
もううそろそろ読み終わるというところで『バタンッ』…と勢いよく扉が開けられた。
誰か来た...現在の自身は肌着のみだったので指摘される前に何か着ようと指を鳴らす構えを取ったが先に指を鳴らされ必要無くなったようだ。
「おいレイン!テメェ、何をやらかしやがった‼」
「……は?」
開口一番、ナニかやらかした前提で同僚のフィール=グラファイトが怒鳴り込んで来た。
なんの事かと軽く首を傾げ「は?」と聞き返す。
レインは呼び出されるような真っ黒な事をいくつも犯しているがそんなもの同僚どころか国王にすら周知されている事でありもちろん問題が起きないように徹底している。
なんの事で、こうも怒鳴られているのかとレインは真顔で今度は反対の方向に首を傾けた後、読書に向き直った。
「フィール様。御急ぎのご様子とお見受けいたしますが契約者には【やらかし】の心当たりが無く、説明を求めたく存じます。」
レインの代弁をするメイドが二人の間に割って入った。
彼女の名はミレイ、さっきも口にしていた通りレインを契約者と呼ぶ召使い……いや、相棒だ。
「国王様からの呼び出しだよ。今すぐに来いだと…」
「成程…確かに珍しいですね。失礼な話ではありますが、私共は【人手が足りない】【手に負えない】ような案件以外、全てお断りしていますからね。」
「そんな勝手ができるのはお前らくらいだよ…」
クソがと言わんばかりに吐き捨てられる。
「…前にも言ったけど、この国をいつ捨ててもいいからね...正直もうやれることがもう無さそうだし…」
レインにとってこの国に居座っているのは手段の一つでしかない言葉の通りいつ捨てる事になっても構わないし、追われる身になったとしても多少面倒な程度のことでしかない。
視線を落とし数秒静止した。王様の呼び出し...過去に数度しか会った記憶は無いがいつもの人を伝ってとかでは無く、態々呼ばれている辺り何かあるのだろう。
どのみちバックレる訳にはいかない訳でレインは読んでいた禁書を横に投げ捨て…その禁書は、空中でなんの前触れもなく消える。
「...分かった...行くよ。」
レインは重い腰を上げソファーから降り、ミレイの名を呼ぶ。その呼びかけにミレイは「なんでしょう?」と返す。
「もう全部コピーは済んでるよね?」
「はい、滞りなく。」
「それじゃぁ、それ以外のメモと資料を倉庫に入れてから来て」
「分かりました。」
そうしてレインはミレイを残して国王の元へと向かった。
* * *
さっきまでいた【七賢者】の書斎から遠くも無いが近いとも言い難い長い廊下を歩き、時折すれ違う貴族や役人から認識されないように幻術魔法を纏い視認できないようにする。
貴族との会話なんて苦手だし、興味の無いことで腹の探り合いだったりコネクションを繋がれるのは、どうも気分が悪い。
それに一応、自分は生物学上女な訳で…女が権力を持っていることを面白く思わないヤツもいる。嫌な出来事を勝手に反芻してしまう性分なもので、そのせいで何も手につかず、手を付けられなかったロスを思うとストレスで吐きそうになってし…っまったことがある。
その為、認知されない事が一番なのである。
そうボ~っとしながら歩いていると国王の書斎に着いていたのでノックをする。
そのまま返事を待とうと半歩下がると急にミレイが目の前に現れた。
「七賢者が一人、【不二の魔女】レイン=クローウィンとその付き人でございます。」
どうやら急に現れて来たのは、名乗りが足りなかったかららしい、別にそのくらいと思うのだがそういう訳にはいかなかったらしい。
扉の向こうにいる国王から「入りなさい」と声が掛かかり中へ入る。
ミレイの背後について続いて行く。
「待っていたよレイン君」
中へ入ると、柔らかな雰囲気を持つそろそろ隠居に入ってもいい年齢の老人がいた。
レインはミレイの背中に隠れてしまっている。さっきまでフィールとは普通に喋れていたが今のレインはどうにか届くかと言った声量で「ど...うも」と返しミレイの服を掴んだ。
「えぇっと...それ...で…な-どういったご用件でしょうか』
レインがなんとか喋ろうとするが言葉は止まり、代わりにミレイの声が国王に質問を掛けた。
ミレイとレインはとある道具で繋がっているため、思考の共有ができ、レインの言葉をミレイは相応しい形に直し代弁を始めた。
他の七賢者を伝ってではなく態々呼び出された辺り大分大きな厄介ごとの予感がするため少しばかり心の中でレインは身構えておく。
「うむ...だが本題の前に、何故...私が君の禁術の研究を咎めず、時に援助するか覚えておるかね?」
『...私が持つ、魔術の【知識】と【設計】がこの国の大きいな発展になると言う事で
、取り引きと言った形で見逃され、援助を受けております』
多少の制約はあるが、一番効率よく収集が出来る為、私はこの立ち位置に収まっている。
「そう...レイン、君のおかげで【無詠唱】の存在が生まれ【魔術】の技術革新も起き、その延長線で【生活レベル】も上がった。」
「だがな...」と国王は、少しもの悲しい表情と声で
「こちらから提供できるものが無くなってしまったようだな…」
「えっ⁉」
ミレイの背中に隠れるレインから今日一番の声が漏れ、ついさっきフィールの前で零した発言を想起した。
『…前にも言ったけど、この国をいつ捨ててもいいからね。正直もうやれることがもう無さそうだし…』
『…正直もうやれることがもう無さそうだし…』
『ご存知だったのですか...』
国王は笑みを返す。
「それでな、深く考えないでくれるとありがたいのだが、レイン...君に贈り物がある。目的のモノに繋がる手掛かりだ。」
私が贈り物について触れると、レインから鋭い魔素が漏れ出た。恐らく、この時まで黙っていた...そう聞こえてしまったのだろう。懐かしい感覚だ、鳥肌が立ち冷汗が零れる。今の私には負担が大きいが…
「すまないな、出し惜しんでいた訳では無い。今しがた手に入ってな」
さっきまでのレインの鋭い魔素は感じれなくなる程鳴りを潜めた。するとレインはより一層付き人の背後に身を隠し「...すいません...でし...た。」とビクビクと肩を丸めて謝罪をした。
「まぁよい気にするな、だが気を付けろ?フィールや他の賢者が飛んでくるぞ」
国王はフッフッと笑う
「話を戻そう、贈り物は二つ...一つは、友好国の姫、カゲツ姫の護衛。もう一つはその道中だ。」
「・・・はい?」
レインの代弁などではなくミレイ自身が思わず困惑の声を洩らした。ーーが表情に変化は無い。
それもそうだろう、贈り物と言いつつその中身は護衛の仕事な訳でミレイが困惑するのも当然だ。
「えぇ...贈り物...ですか?護衛任務の依頼では無く?」
「あぁ、贈り物だ。今挙げた二つの任務が贈り物になるそうだ」
「...なる...そうだ?」
ミレイがそう聞き返すと国王は、すぐ横に置かれていた手紙を手に取った。
「…そうそう、最後にメッセージがある。『見つけてごらん』だそうだ」
レインは思わず国王の手にあったその手紙を飛び跳ねてひったくった...が、手紙はインクを溢したかのように潰れて読めたものではなかった送り主の魔力の残滓が無いか、紙の一部から何処のインクか何処の紙か成分を分解できるだけ分解してしまう。
紙の切れ端は粉と黒い液体に分かれて空中を浮遊していたがレインは三つの小瓶に詰めた。
「後でミレイに頼まなきゃ…」
「まぁ、これで十分興味は引けたかね。それでだ…」
レインが慌てて解析するのには気にせず本題について話し始めた。
「君への贈り物の中にもあったが、友好国である月夜魅の姫であるカゲツ姫に護衛が必要になる。ただでさえ情勢は不穏なところでカゲツ姫に何かあっては・・・」
国王は頭だけを振り、ブルブルと軽く身を震わせるようなそぶりをした。
「引き受けてくれるな」
『...断る...事は無いのですが...他の候補はいなかったのですか?』
「それは難しいだろうな。」
国王はクスリと笑う。
「六...いや七賢者で護衛が務まるのは君と【氷結の魔術師】、【絡繰りの魔女】…くらいだからな、【絡繰りの魔女】は国境線の任で離れているから除外となり、後は君か【氷結の魔術師】となる訳だが、君は近中遠の戦闘ができ無詠唱が使えて隠密性にも良い。そもそもできることが多い」
『他にいない訳ですね。』
* * *
「ねぇミレイ...」
「なんでしょう?」
王宮の屋根で日が落ち始めた空を仰向けで見上げるレインの顔の横に現れたレインが返事を返す。
ミレイの方へ視線を向けると丈の長いメイド服と言えどこうも近ければイヤでも視界にその景色は映るものであって...ミレイへ向けていた視線をスカートの方へ一瞬向けてミレイの目を見返した。
何を言いたいか?...と言うよりかは「それでよいのか?」という目配せは伝わったようで「これは失礼。」とミレイは一歩下がる。
「一国の王に命令とまではいかずとも指示できる人物ってどんなのがいるのかな?」
そんなことを聞く、国王の「・・・なるそうだ」なんて伝言を説明するような言葉選び、それに隠す気なんてサラサラ無い『見つけてごらん』...いったい誰だか分からないが私の目的を知られているのか...依頼の中に目的のモノがあったのを国王が触れただけか・・・
(国王様に聞いておけばよかったな・・・)
前者の場合、何かしらの手段で口封じをしないといけないけど、間接的にも接触してきた訳だから今すぐどうこう不利益が生まれる事はまずないだろうゆっくり詮索していこうと軽く決めた。
「個人的なやり取りをする人物ならまだしも、そのような人物はいないのでは?」
「だよね...」
「ですが、国王との会話からしてそういった存在がいるのは確かですね」
「だね...この護衛任務の中でソイツを探すことになるのか・・・」
「いいえ、『国王以上の人物を探す事』にはなりません。会話のままであれば、分かっているのはこの任務で契約者にとって贈り物となる何かと出会う。又は何か得ると言ったアバウトな事のみです。国王以上の人物に繋がる確信は現在ありません」
「まぁそれはそれとして...そもそも護衛って言っても、護衛対象の姫様ってどこにいるのか私全然知らないなぁ・・・」
「それに関しましては明日から計画を立てましょう。先程受け取った小瓶三つの成分検査を姉妹達に頼んでこようかと思いますので先に帰宅しておいてください。」
「はーい」
「書斎で寝落ちしないでくださいよ」
「分かってるよ…」
「お風呂に入り忘れないでくださいね」
「気を...つけます......」
「今晩もやらかしましたら蝶の奇庫の個人倉庫に照明と禁書の一切をしまいますからね」
「ハイ……」
* * *
「国王陛下?...なんたってレイン君の予言を?」
「気になってしまってね...この先何が起こるのかを」
彼女は占星術を扱う七賢者が一人【星溟の魔女】マリン=エトワール、漆黒の髪に星屑を纏うそれはその容姿の次に目を引くだろう。
何か...大なり小なり変化が来る。あの手紙はその知らせだ。あの方の本分にしろ私情にしろ、私たちが痛手を負う事は無いよう計らってくれる筈だが.......どう転ぶかが見えない。
私が何かしたとて変わるものでもないが何もせぬよりよいだろう
「始めてくれ」
星溟の魔女は、「はい」と頷くと杖とは反対に持つ夜を封じ込めたように深く青海な夜空と星々の宿る水晶を取り出しその水晶がキラリと煌めきを見せるとピキリと亀裂を起こした。
その亀裂を口火に水晶の中に在った夜が濁流のように彼女の手から溢れ、床を塗り替え 私たちの足を四方八方を覆い 私達二人を呑み込んだ。
「コレは…」
彼女が声を漏らす。
星々の光が映し出す未来たち、潜入任務での何気ない日々もあれば、私には見覚えのない泣きじゃくり丸くなる姿もある。
だがその中でとても悍ましいものが映し出されていた。一つは、学園らしき場所で髪を血の色で深紅に染め武器を握る姿、もう一つはボヤけて誰とも判別は付けられないが男の胸を穿ち、そのまま持ち上げ顔を覗き込む【不二の魔女】の姿だった。
「コッこれは確定している未来なのか?」
思わず星溟の魔女に聞く。
彼女は【さぁ...】と顎に手をやり深く思考を巡らせて口を開いた。
「未来と言っても必ずしもその通りという訳では無い...掠るだけもあれば寸前で大きくズレていくこともある。レイン君が私の身の丈以上の人物であれば私の予言の精度も落ちるが……」
私は左手に置く、砕け夜を溢れ続ける水晶に目をやる。縁あって女神様から貸し与えられた神具コレの存在がさっきの予言の不確定さを限りなく正確なものであると保証しているようなものであって私の焦燥を掻き立てる。
他にもいくつか不安な未来が有りその殆どに怒りや虚無といった負の表情が写されている。毎回会議に出席してくれ、そこそこ任務を共にした事があり、あの子が感情を荒げるのは見たことが無い、フィール君ならあるかもしれないが私は覚えがない、あの子の逆鱗に触れる何かがあるのかあの子が変わってしまう何かが迫っているのか・・・
「陛下...レイン君とは取り引きであの子を七賢者の地位に繋ぎ止めていたのでしたよね?」
国王からは肯定の反応を得られた。
あの子が乱れる原因・理由、まずはそれを知る必要がある。
あの子は、地位や金に執着は無い、地位が無く禁書の閲覧ができないなら侵入して盗むなり複製するなり平然とやってのけるだろう。
「取引の品は禁書でしたか…」
これも肯定。
「目的はご存じで?」
「あぁ…だが…喋ることができない・・・」
こんな状況で喋ることができない......態々口止めをしている。
確証も無いが、調べて損は無し…調べるべきか……
あの子の過去について調べる必要があるとマリンは判断し。
神具と占星術を解除し夜を神具に戻しこの場を後にするのだった。




