第7話 episode1 願い
その日の午後、シャムはエルペの家を訪ねた。
村長の家は火事を免れていて、大きな屋敷はそのまま残っている。門をくぐると、手入れの行き届いた庭が広がっていて、色とりどりの花が咲いている。火事の後とは思えないほど平和な光景だった。
使用人に案内されて、エルペの部屋に入る。窓から差し込む午後の日差しが、部屋全体を柔らかく照らしている。ベッドの上では、エルペが本を読んでいた。
「シャム!」
エルペは本を置いて、満面の笑顔で迎えてくれた。まだ少し顔色が悪いけれど、目には生気が戻っている。
「来てくれたのね。ありがとう。椅子に座って」
シャムは窓際の椅子に腰を下ろした。エルペはベッドに座り直して、シャムを見つめる。
「調子はどう?」とシャムは尋ねた。
「もう大丈夫よ。明日には起き上がれそう。お医者様も、あと二日で完全に回復するって」
エルペは明るく答える。その声には、いつもの元気が戻ってきている。
「そっか...よかった」
シャムは安堵のため息をついた。本当によかった。あの時、間に合ってよかった。もし遅れていたら、エルペは...
「ねえ、シャム」
エルペが真剣な顔になった。窓の外を見て、それからシャムを見つめる。
「あの時、ありがとう。シャムが助けてくれなかったら、私...きっと死んでた」
「いいよ、そんなこと」
シャムは首を横に振る。でも、エルペは続けた。
「でも本当に...あの時のシャム、すごかったわ」
エルペの目が輝いている。
「...私、最初見た時、信じられなかった。だってシャムって、いつも体が弱くて...ごめん、でも本当のことだから」
エルペは少し申し訳なさそうに笑う。
「でも、あの時のシャムは違った。まるで別人みたいに強くて...まるで、物語に出てくる勇者みたいだった」
勇者。その言葉にシャムは胸が熱くなった。
「覚えてる? 私たちの約束」
エルペが優しく微笑む。窓から差し込む日差しが、彼女の髪を金色に輝かせている。
「一緒に勇者になるって、丘の上で約束したよね。あの時はまだ子供で、夢物語だと思ってた。でも...」
エルペは窓の外を見る。青い空が広がっている。
「あの時のシャムを見て、思ったの。これは運命かもしれないって。私たち、本当に勇者になれるかもしれない」
シャムは何も言えなかった。エルペは知らない。あの力が、契約によって得たものだということを。代償があるということを。そして、自分が本当に勇者にふさわしいかどうかも分からない。
「シャム、私ね」
エルペがシャムを真っ直ぐ見つめた。その目には、強い決意が宿っている。
「今回の火事で、考えたの」
「...うん」
「私、この村を守りたい。村長の娘として、いつかこの村を継ぐ者として...ちゃんと村のことを学んで、みんなを守れる人間になりたい」
エルペの声は静かだが、強い意志が込められている。
「あの日、子供が助けを求めていた。私、何も考えずに飛び込んだ。でも、それだけじゃだめなんだって気づいたの。もっと強くならなきゃ、もっと賢くならなきゃ、本当に誰かを守ることはできない」
シャムは黙って聞いていた。
「だから、私はここに残る。村で学んで、強くなって、いつかこの村を守れる村長になる」
エルペは窓の外を見る。
「でも、シャムは...」
彼女はシャムに視線を戻した。
「シャムは、きっと外の世界に行くべきだと思う」
「え...?」
「あの時のシャム、本当にすごかった。あんな力、普通の人には出せない。きっと、何か特別な理由があるんだと思う」
エルペは優しく微笑む。
「シャムには、もっと大きな使命があるんじゃないかな。この小さな村じゃなくて、もっと広い世界で、たくさんの人を救う...そういう運命があるんじゃないかって」
シャムは何も言えなかった。エルペの言葉が、胸に突き刺さる。
「約束、覚えてる? 一緒に勇者になるって」
エルペの声が少し震えた。
「でも...きっと、一緒じゃなくてもいいんだと思う。私はここで、シャムはあっちで、それぞれの場所で勇者になれば...それも、約束を果たすことになるよね」
シャムの胸が痛んだ。エルペは笑っている。でも、その笑顔は少し寂しそうだ。
「私ね、シャムがいつか村を出ていくこと、なんとなく分かってた。だって、シャムはずっと優しくて、困ってる人を放っておけなくて...そういう人は、きっと広い世界に行くべきなんだって」
「シャムは誰よりも優しいから。その優しさが世界の人たちを救えるんじゃないっかって」」
「エルペ...」
「だから、行って。シャムの力を優しさを、もっとたくさんの人のために使って」
エルペは真っ直ぐシャムを見つめる。
「そして、いつか...強くなって帰ってきて。その時、私もちゃんとした村長になってるから。二人で、この村を、この世界を、もっといい場所にしよう」
シャムは頷いた。言葉が出なかった。ただ、頷くことしかできなかった。
エルペは笑顔を見せた。でも、その目には涙が光っている。
「約束だよ、シャム。必ず、帰ってきてね」
「...うん。約束する」
シャムは答えた。でも、心の中では不安が渦巻いている。
この力は何なのか。
代償とは何なのか。
そして、本当にエルペの元に帰ってこれるのか。
答えは分からない。でも、一つだけ確かなことがある。エルペが信じてくれている。だから、進むしかない。あの日、丘の上で交わした約束を、別々の場所で果たすのだ。
シャムは窓の外を見た。青い空が、どこまでも広がっている。あの空の向こうに、何が待っているのか。希望か、それとも絶望か。
分からない。
でも、進むしかない。
運命は、既に動き始めている。
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