第6話 episode1 覚醒
火事から三日が経った。
村は焼け跡の後片付けに追われている。朝から晩まで、焼け焦げた木材を運び出す音、崩れた石壁を積み直す音、そして時折聞こえる子供の泣き声が、村全体に響いていた。幸いにも死者は一人も出なかったが、多くの家が失われ、人々の顔には疲労の色が濃く浮かんでいた。
それでも誰もが「生きていてよかった」と口にしていた。失ったものは大きいが、命があれば何度でもやり直せる。村の人々は、そういう強さを持っていた。
エルペも無事だった。煙を吸って体調を崩し、最初の二日間は高熱に苦しんでいたものの、村の医者の懸命な治療もあって日に日に回復していた。もう数日もすれば元気になって、また以前のように村中を走り回るだろう。村長は娘の回復を喜びつつも、あの夜のことを思い出すたびに顔を曇らせていた。もし、シャムが助けに来なければ――そう考えるだけで、村長は胸が締め付けられる思いだった。
シャム自身も、外傷はほとんどなかった。手のひらに少しの火傷と、全身に青あざが残っている程度で、村の医者も「二階から飛び降りて、しかも人を背負っていたのに、これだけの怪我で済むなんて奇跡だ」と首を傾げていた。普通なら骨の一本や二本は折れていてもおかしくない。いや、下手をすれば命を落としていたかもしれない。それなのに、シャムは歩けるどころか、翌日には普通に動き回っていた。
でも、シャムは違和感を拭えないでいた。
背中が、妙に熱いのだ。火傷をしたわけでもない。医者に診てもらった時も、「背中には外傷はない」と言われた。それなのに、時折、背中の奥からじわりと熱が湧き上がってくる。まるで何かが這っているような、何かが刻まれているような、不思議な感覚。触ってみても、見た目には何も変わったところはない。鏡で映しても、赤くなっているわけでもない。それでも、確かに感じるのだ。何かが、そこにある。
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その朝、シャムは父と一緒に畑に出た。
火事の影響で畑仕事が遅れている。本来なら三日前に種を蒔くはずだったのに、村全体が火事の対応に追われていたせいで、誰も畑に手をつけられなかった。今日こそ種を蒔かなければ、今年の収穫に影響が出る。父はそう言って、朝早くからシャムを叩き起こした。
畑に着くと、父は小屋を指さして言った。「シャム、鍬を持ってこい」
シャムは頷いて、小屋に向かった。普段ならこの指示を聞くだけで憂鬱になる。畑仕事は辛い。特に重い農具を持つのは、華奢な体には堪える。案の件、小屋の隅に立てかけられた鍬を手に取ると――
軽い?
シャムは思わず鍬を見つめた。これは本当に同じ鍬なのか? いつもなら両手で持ち上げるのも大変で、肩に担ぐ時には腕が震えるほどの重さなのに、今日は信じられないほど軽い。まるで木の枝を持っているかのように、何の抵抗もなく持ち上げられる。
おかしい。何かがおかしい。
シャムは鍬を肩に担いで畑に戻った。父はすでに自分の鍬を手に、畑の端で待っている。
「遅いぞ。さあ、始めるぞ」
父が自分の鍬を構える。シャムも同じように構えた。そして、土を掘ると鍬が、驚くほど深く土に突き刺さった。いつもなら表面を削る程度しかできないのに、今日は一振りで鍬の刃が根元まで土に埋まる。シャムは呆然とその光景を見つめた。これは何だ? 自分が今、何をしたんだ?
恐る恐る、もう一度掘ってみる。ザクッ。また深く入る。楽に、力を入れなくても、自然と深く掘れる。まるで土が自分から避けているかのように、鍬がすんなりと入っていく。
「シャム、いつもより調子がいいな」
父が声をかけてきた。その声には驚きが混じっている。当然だ。いつもなら三時間かかる仕事を、シャムは今、三十分で終わらせようとしている。
「う、うん...何か、今日は調子がいいみたい...」
シャムは曖昧に答えた。でも、心の中では混乱が渦巻いている。これは何だ? なぜこんなに力が出るんだ? あの夜、あの光が言っていた「力を与えよう」という言葉が、脳裏に蘇る。まさか、これが...?
仕事を続ける。土を掘り、耕し、平らにしていく。いつもなら腕が痛くて、途中で何度も休憩を挟むのに、今日は全く疲れない。むしろ、体が軽い。まるで羽が生えたかのように、体が勝手に動いてくれる。
父が驚いた顔でシャムを見ている。その目には、驚き、そして少しの戸惑いが浮かんでいる。無理もない。昨日まで弱々しかった息子が、突然こんなに力を発揮しているのだから。
「シャム」
父が鍬を置いて、シャムに近づいてきた。
「どうした。火事の時もそうだったが...何か、あったのか?」
シャムは答えられない。自分でも分からないのだ。いや、分かっている。あの夜の契約。あの光が与えてくれた力。でも、それを父に説明できるだろうか? 信じてもらえるだろうか?
その時――
背中がズキンと痛んだ。
「っ...!」
シャムは思わず背中に手をやった。熱い。さっきまでじわりとした熱だったのに、今は焼けるような痛みが走っている。
「どうした!?」
父が慌ててシャムの肩を掴む。
「だ、大丈夫...ちょっと痛んだだけ...」
「背中か? 火事の時に怪我したのか?」
「いや...そういうわけじゃ...」
その時、父がシャムの背中を見て、目を見開いた。
「これは...」
「え...?」
「シャム、お前の背中...服の上からでも分かる...何か光ってるぞ」
光ってる?
シャムは慌てて服をめくろうとした。でも自分では見えない。
「ちょっと待て」
父がシャムの服を持ち上げる。そして――絶句した。
「これは...一体...何だ...」
父の声が震えている。シャムは聞いた。「何が...何があるんですか...?」
「紋様だ...背中に、何か...紋様が刻まれている...」
紋様。その言葉を聞いた瞬間、シャムの体が硬直した。やはり、あれは夢じゃなかった。あの夜、あの光が、「我が印を授けよう」と言った。本当に、何かが刻まれたんだ。
「父さん、それって...どんな...」
「分からん...見たことのない形だ...」
父は言葉を切った。そして、小さく呟く。
「でも...何か、神聖な感じがする...まるで、神殿で見る聖なる紋章のような...」
「父さん、これ...誰にも言わないでください」
シャムは必死に頼んだ。父は長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。
「...分かった。これはお前と私だけの秘密だ」
そして、真剣な顔でシャムを見つめる。
「でも、何かあったらすぐに言うんだぞ。お前は私の息子だ。何があっても守る」
「はい...ありがとうございます」
その後父とシャムは黙々と畑仕事を行い、いつもの半分の時間で終えることができた。
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