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終焉の約束---あの日「天使」と交わした契約  作者: MIKA_05


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第5話 episode1 契約

【勇者の始まり】


 シャムは、あの日のことを忘れたことがない。


 十歳の時、村外れの丘で交わした約束、少女のエルペと二人で夕陽を背に指切りをして誓った言葉、「一緒に、勇者になろう」というあの約束が、今も胸の奥深くに刻まれている。


 エルペの笑顔。


 温かな手の感触。


 すべてが、今も鮮明に残っている。


_______


 十六歳になったシャムは、相変わらず弱々しい少年だ。


 背は少し伸びたものの村の同年代の若者たちと比べれば小柄で、体つきも華奢で、畑仕事をすればすぐに疲れてしまい、重い農具を持てば腕が震え、他の若者が一時間で終わらせる仕事を三時間もかけてようやく終える、そんな体質は六年前から何も変わっていない。


 でも、心の中には、あの日の約束が生き続けている。


 勇者になるという夢が、まだ消えずに残っている。


 エルペは、六年経った今も変わらず明るくて元気で、村長の娘として村人たちに愛されている。


 何より、彼女は勇敢だ。


 困っている人を見れば必ず助けに行く、怪我をした動物を見つければ放っておけない、そういう行動力と優しさを持った少女で、村の子供たちは彼女を慕い、大人たちは彼女を頼りにし、誰もが「将来立派な村長になる」と口を揃えて言う。


 あの日の約束を、彼女も覚えている。


 時々二人で会えば、冗談めかして「いつか本当に勇者になろうね」と笑い合うけれど、シャムは知っている、エルペは本気だ、彼女は本当に誰かを助けられる人間になりたいと思っていて、その想いは六年前よりも強くなっている。


 その夜は、いつもと変わらない夜だった。


 夕食を終えて家族と他愛もない話をして、シャムは自分の部屋に戻って寝床に入る。


 窓の外には満月が浮かんでいて、その光が部屋を薄く照らしている。


 静かな夜。


 平和な夜。


 何も起こらない、いつもと同じ夜のはずだった。


 でも――


 突然、外から声が響く。


「火事だ!」


 その叫び声に、シャムは飛び起きる。


 心臓が激しく鼓動し、体が震える。


 最初は夢かと思ったけれど、もう一度聞こえた叫び声で現実だと理解する。


 窓の外を見ると――


 村の中心部が、赤く染まっている。


 炎。


 大きな炎が家々を呑み込んでいる。


 黒煙が月明かりの中を空高く昇り、火の粉が風に舞い、オレンジと赤の光が村全体を照らしている。


 そして何より、人々の悲鳴が夜の静寂を引き裂いている。


「な、何が…」


 シャムは慌てて靴も履かずに家の外に飛び出す。


 外は地獄だ。


 村の中心部、少なくとも五軒以上の家が燃えていて、炎の勢いは衰える気配がなく、むしろ風に煽られてどんどん広がっている。


 村人たちが水を運んで消火活動をしている。


 でも炎はあまりにも大きい。


 バケツ一杯の水など焼け石に水だ。


 子供の泣き声。


 女性の悲鳴。


 男性の怒号。


 全てが混ざり合って混乱の渦を作っている。


「シャム!」


 父の声。


 シャムは振り返る。


 父が母と祖母を連れて家から出てくるところで、父の顔には普段見たことのない焦りの色が浮かんでいる。


「早く、村の外へ避難しろ!」


 父が叫ぶ。


「で、でも…」


「いいから! 母さんと婆ちゃんを頼む!」


 母がシャムの手を握る。


 その手は冷たく震えている。


「シャム、行きましょう」


 その時――


「助けて! 誰か!」


 女性の悲痛な叫び声。


 シャムはその方向を見る。


 燃え盛る家の一つから煙が激しく噴き出していて、その前に一人の女性が立っている。


 村人の一人、若い母親だ。


「子供が! 中に子供が残ってるの! お願い、誰か!」


 女性は泣き叫んでいるけれど、誰も近づけない。


 炎があまりにも激しく、建物はいつ崩れてもおかしくない状態で、中に入るのは死を意味していた。


 シャムはその光景を見て体が震える。


 助けなければ。


 でも怖い。


 炎が怖い。


 死が怖い。


 その時――


 一人の少女が駆け出す。


 エルペだ。


「待って! 今、助けるから!」


 エルペは躊躇なく燃える家に向かって走る。


 その背中に迷いはない。


 恐怖よりも誰かを助けたいという想いが勝っている。


「エルペ! だめだ!」


 村長が叫ぶ。


 でもエルペは止まらない。


 シャムは呆然とその光景を見ている。


 エルペが玄関に近づいた途端、熱風で髪が揺れれ、顔が赤く染まる。

それでもエルペ前に進に扉に手をかけた。


 熱いはずだ。


 でも彼女は構わず扉を開け、家の中に入っていく。


「エルペ!」


 シャムが叫ぶが、エルペはそのまま煙の中に消え、シャムはその姿に立ち尽くしていた。


 体が震えている。


 怖い。


 でも…


 エルペが中にいる。


 僕も…行かないと…


 でも足が動かない。


 恐怖が体を縛り付けている。


 理性では分かっていても体が言うことを聞かない。


「シャム! 行っちゃだめ!」


 母が腕を掴む。


「でも…エルペが…」


「村の人たちが助けてくれるわ! あなたは…」


 怖い。


 でもこのままじゃいけない。


 エルペが危険な中にいるのに、自分だけ安全な場所にいるわけにはいかない。


「母さん、ごめん!」


 シャムは母の手を振りほどく。


「シャム!」


 母の叫びを背に、シャムは燃える家に向かって、走り出す。足は震え、呼吸が荒い。


 家の前に着くと、炎の熱が顔を焼き汗が一瞬で噴き出し、目が痛くなる。


「エルペ!」


 シャムは叫ぶ。


 窓からエルペが顔を出す。


「シャム!? 何してるの! 危ないわ!」


「僕も…手伝う…」


「いいから! あなたは外にいて!」


 でもシャムは引かない。


 窓の下に木箱がある。


 シャムはそれを足場にして窓に手をかける。


 腕の力だけで体を引き上げようとするけれど、普段から弱い腕には辛く、何度も滑りそうになりながらもなんとか窓から中に入る。


 部屋は煙で真っ白だ。


 その時――


 家の中から声が聞こえる。


「あっ、あつい… 助け、て」


 子供の声だ。


 シャムの心臓が激しく鼓動する。


 シャムとエルペは子供の声をする方へ駆け出した。そこには小さくうずくまった子がおり、エルペ歯優しく声をかける。


「今、お母さんのところに送ってあげるからね」


 でも炎が渦巻く中、どうやって外に出るのか。


 幸いにも、シャムが入ってきた窓の方は燃えているもののそこまで火が強くなく、2人で頷きあい、子供を抱え、窓の方へと向かう。

エルペが小さな子供を抱えて窓から顔を出す。


「誰か! 布を!」


 村人たちが慌てて布を広げる。


 エルペは子供を窓から落とす。


 村人たちが無事に受け止め、歓声が上がる。


「シャム…!」


 エルペがシャムの腕を掴む。


「早く出ないと…建物が…」


 その言葉の通り、天井から不吉な音がする。


 梁が軋んでいる。


「二人とも、早く!」


 下から村人の声。


「シャム、あなたが先に出て!」


 エルペがシャムを窓に押す。


「で、でも…」


「いいから!」


 エルペの目は真剣だ。


 その目には、自分のことよりもシャムの安全を優先する強い意志がある。


 シャムは窓から外に出る。


 木箱に飛び降りて下を見る。


 村人たちが布を広げて待っている。


「早く飛び降りろ!」


 シャムは飛び降りる。


 布が体を受け止める。


「次! エルペ!」


 村人たちが叫ぶ。


 シャムはすぐに窓を見上げる。


 エルペが窓に手をかけている。


 もう少しで外に出られる。


 その時――


 天井が崩れる。


 轟音。


 大きな梁が落ちてくる。


 エルペの真上に。


「エルペ!」


 シャムは叫ぶ。


 エルペは上を見上げる。


 恐怖に目を見開く。


 瓦礫が落ちてくる。


 シャムは走る。


 窓に向かって。


 手を伸ばす。


「エルペ!」


 指先がエルペの手に触れる。


 でも――


 届かない。


 瓦礫がエルペに降り注ぐ。


 エルペの体が窓から中に引きずり込まれる。


「エルペ! エルペ!」


 シャムは叫び続ける。


 でももう見えない。


 煙と炎の中にエルペの姿は消える。


「くそ…くそ…!」


 シャムは窓に手をかける。


 また中に入ろうとする。


 でも炎が激しすぎる。


 窓の周りも燃え始めていて、触れれば火傷する熱さだ。


「誰か…誰か、助けて…」


 シャムは力なく呟く。


 助けられない。


 自分には力がない。


 エルペを救えない。


 神様…お願い…エルペを…


 その時――


 声が聞こえる。


「彼女を助けたいですか?」


 優しい穏やかな声。


 シャムは振り返る。


 そこに光が立っている。


 人の形をした光。


 白い衣を纏い翼を持ち光の輪を頭上に浮かべている。


 天使の姿。


「誰…」


 シャムは呆然と呟く。


「私は、あなたの願いを叶えてあげられる」


 光が優しく微笑む。


「彼女を、助けたい?」


「助けたい…! お願い…エルペを…」


 シャムは必死に懇願する。


「力を与えましょう」


 光が手を差し出す。


「あなたに、彼女を救う力を」


「本当…? 本当に、エルペを助けられる…?」


「ああ。だが」


 光の表情が一瞬だけ変わる。


 ほんの一瞬だけ何か別の感情が浮かぶ。


「あなたは運命という代償を背負わなければなりませんよ」


「何でもいい…! 何でも差し出す…! だから、エルペを…!」


 シャムは泣き叫ぶ。


 光が満足そうに頷く。


「契約は、成立した」


 光の手がシャムの胸に触れる。


 その瞬間――


 激痛が走る。


「ぐっ…あああっ…!」


 背中が燃えるように熱い。


 何かが刻まれていく感覚。


 皮膚の下で何かが動いている感覚。


 耐え難い痛みが全身を駆け巡る。


「我が印を授けよう」


 光の声が響く。


「これより、あなたは我が力を使えるようになるでしょう」


 背中の痛みがピークに達する。


 でも不思議と体に力が満ちていくのが分かる。


「さあ、行きなさい」


 光が消えていく。


「彼女を、救うがいい」


 ◇


 シャムは立ち上がる。


 体が軽い。


 今まで感じたことのない力の充実感。


 筋肉の一本一本に力が宿っている。


 窓を見上げる。


 さっきは届かなかった高さ。


 でも今なら――


 シャムは跳ぶ。


 信じられないほど高く跳んで窓に手をかける。


 熱いはずの窓枠が全く熱く感じない。


 窓から中に入る。


 煙の中、エルペが倒れているのが見える。


 瓦礫の下敷きになっている。


「エルペ!」


 シャムは駆け寄る。


 瓦礫を掴む。


 重い。


 普通なら絶対に持ち上げられない重さ。


 でも――


「うおおおっ!」


 叫びながら持ち上げる。


 信じられないことに瓦礫が動く。


 持ち上がる。


 エルペを引っ張り出す。


 彼女の体を抱きかかえる。


「大丈夫…もう大丈夫だから…」


 シャムはエルペを背負って窓に向かう。


 建物が今にも崩れそうだ。


 でも怖くない。


 窓から外に出る。


 下には村人たちが布を広げて待っている。


「受け止めてください!」


 シャムは叫んでエルペを落とす。


 村人たちが無事に受け止める。


 そしてシャム自身も飛び降りる。


 着地した瞬間――


 背後で家が完全に崩れ落ちる。


 ◇


「エルペ…!」


 シャムはエルペに駆け寄る。


 村の医者が既にエルペを診ている。


「大丈夫、命に別状はない。気を失っているだけだ」


 その言葉にシャムは崩れ落ちる。


「よかった…本当に…」


 涙が止まらない。


 助けられた。


 エルペを救えた。


 村人たちがシャムを囲む。


「よくやった、シャム!」


「お前、すごかったぞ!」


「あんな力、どこに隠してたんだ!」


 賞賛の言葉が降り注ぐ。


 でもシャムは気づいている。


 背中がまだ熱い。


 何かが刻まれている。


 そして――


 あの光の最後の言葉。


「代償」


 その意味がまだ分からないが、でも今は考えられない。


 エルペを救えた、それだけで心がいっぱいだ。


 シャムはエルペの安らかに眠る彼女の顔を見つめる。

守れた…約束、守れた…


 その想いだけがシャムの心を満たしている。


 でもその時のシャムはまだ知らない。


 この夜が全ての始まりだったことを。


 この力が何を意味するのか。


 そして自分が何と契約したのか。


 運命の歯車が回り始めている。

お読みいただきありがとうございます!


今後も随時更新していきたいと思いますので、少しでも『切ないな』『続きが気になる』と思っていただけたら、**ブックマークや評価(★)**で応援いただけると、執筆の大きな励みになります!


よろしくお願いいたします!!

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