第15話 episode2 成功
森は静かだった。
王都の北にある森で、街道から少し入った場所。木々が適度に間隔を空けて生えていて、陽の光が地面まで届いている。危険な魔物も少なく、薬草採取には最適な場所だった。
シャムは袋を持って、目的の薬草を探していた。『月光草』という、月の光を浴びると白く輝く薬草。傷薬の材料になる貴重な草だ。
下草の中に、白い葉を見つけた。月光草だ。シャムは慎重に掘り起こして、袋に入れた。一本、二本、三本。順調だ。
その時――
子供の泣き声が聞こえた。
「お母さん...お母さん...」
か細い声。シャムは顔を上げた。どこから?
「お母さん...どこ...」
声の方向に向かって走る。木々の間を抜けると、小さな女の子が一人で座り込んでいた。五歳くらいだろうか。顔は涙でぐしゃぐしゃで、服には泥がついている。
「大丈夫?」
シャムが声をかけると、女の子はビクッと体を震わせた。
「だ、誰...」
「怖がらないで。僕は冒険者だよ」
シャムは優しく微笑んで、ゆっくりと近づいた。
「お母さんとはぐれちゃったの?」
女の子は頷いた。涙が頬を伝って落ちる。
「お母さんと...薬草を採りに来て...気づいたら一人で...」
「そっか。大丈夫、一緒に探そう」
シャムは女の子の隣に座った。
「僕の名前はシャム。君は?」
「...リナ」
「リナちゃんか。よろしくね」
シャムは手を差し出した。リナは少し躊躇してから、小さな手を重ねた。
「じゃあ、お母さんを探しに行こう。怖くないよ、僕が一緒だから」
「...うん」
二人は森の中を歩いた。シャムはリナの手を握って、転ばないように気をつけながら進んだ。
「お母さん、どんな服を着てた?」
「青い...青いワンピース」
「分かった。じゃあ、青い服の人を探そう」
森の中を、声をかけながら進む。
「お母さーん! リナちゃんのお母さーん!」
シャムの声が森に響く。でも、返事はない。
十分ほど歩いたところで――
「リナ!?」
女性の声が聞こえた。
「お母さん!」
リナが走り出す。シャムも後を追った。
木々の向こうから、青いワンピースを着た女性が走ってきた。リナの母親だ。
「リナ! よかった...心配したのよ!」
母親はリナを抱きしめた。二人とも泣いている。
「本当に、ありがとうございました」
母親がシャムに深々と頭を下げた。
「いえ、当然のことをしただけです」
「あなたは...冒険者の方ですか?」
「はい。シャムといいます」
「シャム様...本当に、ありがとうございました。もしリナが魔物に襲われていたら...」
母親は涙を拭った。
「助けていただいて、本当に...」
「無事でよかったです」
シャムは微笑んだ。
別れ際、リナがシャムの袖を引いた。
「これ」
小さな手が差し出したのは、白い野花だった。森のどこかで摘んできたのだろう、茎が少し曲がっている。
「お礼」
シャムは受け取って、ポケットにしまった。柔らかい花弁の感触が、掌に残った。
二人の背中が遠ざかっていく。シャムはその場に立ったまま、しばらく動けなかった。リナが笑っていた。それだけで、十分だった。
夕方、シャムは薬草採取を終えてギルドに戻った。袋いっぱいの月光草を受付に提出すると、受付嬢は満足そうに頷いた。
「合格よ。報酬は銀貨5枚」
「ありがとうございます」
「どうだった?」
「...迷子の子供を助けました」
「そう」
受付嬢はそれだけ言って、依頼達成の記録に何かを書き込んだ。評価も感想もない。ただ、事実として記録された。
シャムはそれで十分だと思った。
_______
宿に戻る途中、シャムは空を見上げた。星が一つ二つ、輝き始めている。エルペも、同じ星空を見ているだろうか。
「待っててね、エルペ」
シャムは小さく呟いた。「少しずつだけど...前に進んでるから」
その時――
背中の聖痕が、微かに熱を持った。
シャムは立ち止まる。この感覚は、昨日も感じた。でも、いつだったか。どんな場面だったか。
思い出せなかった。
周りを見回しても、人通りの多い道に商人や市民が行き交っているだけだ。誰もシャムを見ていない。見ていないはずなのに、確かに感じる――視線を。首の後ろに張り付くような、冷たい何かを。
シャムは振り返る。誰もいない。
「...気のせい、だよな」
呟いた声が、自分でも頼りなく聞こえた。
背中の聖痕は、まだ熱を持ち続けていた。まるで――満足しているかのように。




