第14話 episode2 手紙
翌朝、シャムは宿の食堂で朝食を取っていた。
木のテーブルに並ぶのは、黒パンとスープ、それに少しの塩漬け肉。決して豪華ではないけれど、温かい食事だった。スープから立ち上る湯気を見つめながら、シャムは昨日のことを思い返していた。ゴブリンの家族。子供の笑顔。そして、依頼の失敗。
「おい、昨日ゴブリンに逃げられた勇者様がいるぞ」
食堂の隅で、冒険者たちの声が聞こえた。
「逃げられたんじゃねえよ。戦わなかったんだよ」
「は? 何それ? ゴブリン相手にビビったのか?」
「いや、聞いた話じゃ、ゴブリンが可哀想だったんだとよ」
「...は? 魔物が可哀想? 頭おかしいんじゃねえの?」
「優しいんじゃなくて、ただの臆病者だろ」
「そんな奴が勇者とか、世も末だな」
笑い声が響く。シャムは黙ってパンをかじった。口の中がパサパサで、飲み込むのが辛かった。
早々に食事を終えて、部屋に戻ろうとすると、宿の主人が声をかけてきた。
「シャム様、これ」
主人が一通の封筒を差し出した。茶色い封筒で、蝋で封がされている。
「手紙?」
「ええ。朝、行商人が届けてくれました。村から来たそうです」
村。シャムの心臓が跳ねた。
「ありがとうございます」
シャムは手紙を受け取って、急いで部屋に戻った。
_______
部屋のベッドに座って、シャムは封筒を見つめた。封蝋には村長家の印が押されている。エルペの家からの手紙だ。
手が震える。嬉しさと、でも少しの恐れ。もし「頑張って」と書いてあったら、昨日ゴブリンも倒せなかった自分は、どう答えればいいのだろう。
シャムは封蝋を破って、手紙を開いた。便箋には、丸みを帯びた文字が並んでいた。エルペの文字だ。
『シャムへ
元気ですか? 王都に着いた頃でしょうか。
村はみんな元気です。火事の復興も順調です。
お父さんも、「シャムは立派にやっているだろう」って言っています。
私は毎日、お父さんの手伝いをしています。
大変だけど、楽しいです。みんなの笑顔を見ると、頑張ってよかったって思います。
シャムも大変だと思います。
でも、無理しないでください。
シャムは優しいから、きっと自分のことを後回しにしてしまうから。
いつか帰ってきてください。待っています。
エルペより』
シャムは手紙を胸に抱いた。温かい。エルペの優しさが、紙を通して伝わってくる。
目から涙が零れた。
昨日からずっと、自分はダメなんだと思っていた。でも、エルペは「無理しないで」と言ってくれた。それだけで、少しだけ救われた気がした。
シャムは机に向かって、返事を書いた。
『エルペへ
手紙、ありがとう。すごく嬉しかった。
王都に着きました。大きな街です。
冒険者ギルドに登録して、昨日初めての依頼を受けました。
でも...失敗してしまいました。
ゴブリンを倒す依頼だったけど、家族がいて、子供がいて...僕には倒せませんでした。
他の冒険者たちからは笑われています。
こんなんじゃ、勇者になんてなれない。
でも、エルペの手紙を読んで、少し元気が出ました。
ありがとう。
また手紙を書きます。
シャムより』
手紙を封筒に入れて、シャムは窓の外を見た。昼過ぎの太陽が街を照らしている。
このままじゃいけない。もう一度、ギルドに行こう。
_______
冒険者ギルドに着くと、昼時で多くの冒険者で賑わっていた。シャムが掲示板に向かうと、昨日の受付嬢が声をかけてきた。
「また来たの」
「はい...」
「昨日の依頼、失敗したわね」
受付嬢の声は事務的だった。責めているわけではない。ただ事実を述べているだけだった。
「はい...すみません」
「謝らなくていいわ。今日は何を探してるの?」
「薬草採取とか...簡単なものを」
「それが正解」
受付嬢は掲示板から一枚の依頼書を取り出した。
「この『薬草採取』。危険も少ないし、報酬もそこそこ。ランクを上げたいなら、まず成功を積み重ねるしかないから」
「はい」
「ああ、それと」
受付嬢がシャムを見た。感情のない、しかし真っ直ぐな視線だった。
「冒険者は結果が全て。失敗を悔やむより、次の成功を考えなさい」
「...分かりました」
シャムは依頼書を受け取った。同情ではなかった。けれど、それが逆に楽だった。哀れまれるより、ずっとよかった。
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