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中華×転生×悪役令嬢×薬学×処刑回避×百合+友情!?『転生薬師は悪役令嬢を救いたい! 〜毒薬姫は、処刑ルートを薬理と物理でぶっ壊す!〜』

作者: 麻倉ロゼ

小説の練習用に悪役令嬢ものを書いたら

どんな話になるかな〜と考えてたら

コメディ小説(?)になりました。

女の子キャラ大好き設定は私の趣味です。

お楽しみいただけたら嬉しいです。

 薬草の香りが、いつものように静かに漂っていた。

午後三時。漢方薬局〈真白堂〉の奥、調剤室の隅。


真白柚香ましろゆずかは小さな机に突っ伏したまま、眠りに落ちていた。


「……もうちょっとだけ……。次の患者さん、

 来たら起こしてね……。」

そう呟いた記憶を最後に、視界は真っ暗になった。



 ぱちりと目を開けると、金糸で刺繍された天蓋が

視界いっぱいに広がっていた。

濃紅の帳、瑠璃色の柱、そして香炉から

立ちのぼる沈香じんこうの煙。


え、え、え? ここ、どこの高級旅館!?


――いや、旅館じゃない。

明らかに“中華風宮殿”だ。


「……え、後宮?」


体を起こすと、鏡に映った自分の姿が目に入った。

黒髪は腰まで艶やかに流れ、紅を引いた唇。

長い前髪の隙間から覗く琥珀色の瞳…。


「え、ええええっ!? びっ!美人!!!

 なにこれ、加工アプリ!!?」


あわてて頬をつねる。いっ痛い。

夢ではない。現実だ。

そして、この見覚えのあるキャラクター。

脳裏にあるゲームタイトルが浮かんだ。


 ——『星紡恋譚せいぼうれんたん』。


かつて寝る間も惜しんでプレイした、

中華恋愛乙女ゲーム。

貧しい少女が後宮に入り、数々の試練を

乗り越え皇帝と恋を成就させる物語。

その中に登場する悪役令嬢こそ

——毒薬姫・蘭雪瑶らんせつよう


「ちょ……!まさか、私、

 蘭雪瑶らんせつようになってる……!?」


震える声が漏れる。

ゲーム中でも常に意地悪で策略家。

彼女の行く末は、プレイヤーなら誰もが知っている。


皇帝の寵妃の一人を毒殺した罪を着せられ、処刑台で散る。いわゆるバッドエンド確定キャラだ。


心臓がどくん、と高鳴る。


部屋には薬棚が並び、机の上には薬研と薬草の束。

ここは蘭雪瑶の自室兼、薬室だ。


どうやら彼女——いや、“私”は薬作りの

真っ最中らしい。

湯薬の瓶に貼られた札には、細筆で

瑠華るか妃服薬」と書かれている。

物語冒頭の死の事件、


“皇帝の寵妃、瑠華るか妃の毒殺”。


蘭妃が疑われ、冤罪のまま処刑される。

──それが原作の始まりだった。


……やばい。これは完全に、毒殺イベントの

直前じゃん!


柚香ゆずか——いや、雪瑶せつよう

顔を覆い、心の中で悲鳴を上げた。


「次のパートで瑠華るか妃が倒れて死んで、

 私が濡れ衣着せられて、その後、処刑。」


その展開を知っているだけに、逃げ道が見えない。

「なにもそんなタイミングで転生しなくても!」

 

頭の中が大混乱だ!どどどどうしよう!!


「焦るな…!こんなことで取り乱すな!

 そうだ!現実逃避じゃなくて!

 現実世界でのツラい日々を思い出そう!」

 

…目を瞑り深呼吸を一つ。

 

平日の満員電車…

 

客の理不尽なクレーム…サービス残業…

 

臨床研修……終わらないレポート…高圧的な先輩…

 

「うう…!!」

逆に辛い記憶を辿りすぎて涙が出てきた!


「落ち着け…軟膏でも作るんだ…!」

気を紛らわせるために薬棚から生薬を取り出す。


当帰トウキ芍薬シャクヤク地黄ジオウ玄参ゲンジン大黄ダイオウ

白芷ビャクシ桂皮ケイヒ・胡麻油と蜜蝋で…

じゃーん!万能軟膏、神仙太乙膏しんせんたいつこう〜!


「はぁ…ようやくスッキリしてきたわ。」


大丈夫。ここはゲームの世界。

星紡恋譚せいぼうれんたんをやり込んだ私からすれば

イージーモードどころじゃない!

しかも今は、毒薬姫+現役薬剤師!!

やれる。私なら!


もう一度鏡に映る自分、蘭雪瑶らんせつようの姿を

じっと見つめる。


「この前髪…人と目を合わせるのが

 怖いからって設定だけど…。」


道具箱から黄金のハサミを取り出し、

思い切って長い前髪を切っていく。

前髪だけ切りに行くのめんどくさくて、

動画見て切ってたかいがあったものだ。


切り揃えられた前髪の下に雪瑶せつようの麗しい顔が現れた。

 

「いいじゃない!」

 

蘭雪瑶らんせつよう…処刑なんてさせない。

 私が運命を変えてあげる。」

 

 

「失礼します…雪瑶せつよう様」

その時、部屋に一人の少女が入ってきた。


小蓮しょうれん


うわー!!きゃー!!!小蓮しょうれんちゃんー!

飛び跳ねたいのを必死に抑える。


実は私こと、真白柚香ましろゆずかは女の子キャラが大好き!!

(攻略キャラも、もちろん好きだけどね。)

ゲーム本編では悪役令嬢の蘭雪瑶らんせつようも大好き。

星紡恋譚せいぼうれんたん』はメインもサブキャラも可愛い子揃い!

中でもお気に入りなのが、この侍女の小蓮しょうれんちゃん!

小柄で健気で可愛いのだ!


おおっといけない…。


雪瑶せつよう様!?前髪を…切られたのですか!?」


 そりゃそうだよね。びっくりするよね。


「ええ。だいぶスッキリしたでしょう?」

「はっはい…。とても素敵です。」

小蓮しょうれんは見惚れながら呟いた。


そりゃあ見惚れるわ。

だって雪瑶せつようは中性的でカッコいいお姉様系の

ビジュアルなのだから。


「なにか用?」

「はいっ!玄嵩げんすう様から、瑠華るか妃のお部屋にお連れするように言われまして。」


 ー来た!玄嵩げんすう


ゲーム中で罠にはめようとする奴だ。

玄嵩げんすうに呼ばれたならこの後は、瑠華るか妃の

毒殺イベントが発生するはず。


「わかりました。今行くわ。…あら?」

小蓮しょうれんの手のひらに切り傷がついている。


小蓮しょうれん。傷を見せなさい。」

私は、先程作った軟膏を傷口に塗り、包帯を巻く。

 

「え!?」

小蓮しょうれんが驚くのも無理はない。

日頃から小蓮しょうれん雪瑶せつように虐められているのだから。


「あと、これを返すわ。」

雪瑶せつようは引き出しから一本のかんざし

取り出す。雪瑶せつようが取り上げていた小蓮しょうれんの大切な宝物。

小蓮しょうれんが故郷の母からもらったかんざし


もし、自分が処刑ルートを回避できなかった場合…。

これだけは雪瑶せつようの手から返しておきたかった。

 

(私がやってきたわけじゃないけど!

 今まで酷いことしてきてごめんねぇぇー!!)


雪瑶せつよう様…!!ありがとうございます!」

大きな瞳に涙を浮かべながら小蓮しょうれんが言う。


ぐう…!可愛い!なんて可愛いんだ!


「私の方こそ…今まで悪かったわね。さあ、瑠華るか妃のところへ行きましょう。」



 瑠華るか妃の部屋の前では侍女達が慌てて走り回り、

騒然としていた。


瑠華るか妃様のお加減が急に優れぬとかで、ただ今、侍医じい殿が――」


はい出た!! それそれそれ!!

毒殺イベント、開幕。始まったか!

冷や汗が背中を伝う。

 

このままだと私、無実なのに牢屋行き →

断罪 → 処刑コース確定。

そんなの冗談じゃない。


転生早々、処刑エンドとか嫌すぎる〜!


でも、私には現代薬学の知識がある。

なんとかなるかもしれない。


深呼吸して意を決して部屋に入ると、寝台の上では、

瑠華るか妃が苦しそうに胸を押さえている。

唇は青く、呼吸が浅い。


寝台のそばの茶杯に薬湯が入っている。

あの中に毒が仕込まれていたのか。


侍医じいが慌てて脈を取っていたが、

どう見ても手に負えていない。


「失礼しますっ!」

蘭雪瑶らんせつよう様!?何をされるのですか!」

私は寝台のそばに駆け寄り、鼻を近づけた。


……杏仁あんにんのような甘い香り。


けど、これは食材じゃない。青酸系の匂い。


苦杏仁くきょうにん”だ!


まさか、こんな古典的な毒とは。

――そうだ、ここは中華ファンタジー。

毒も典型的なものなんだ!それならば!


「急いで水を持ってきて!! あと、酢でも

 何でもいいから酸っぱいもの!」

「え、えっ!?」

「急いで!!早くしないと瑠華るか妃が

 死んじゃうわよ!」


侍女が差し出した壺を受け取り、私は口移しで

瑠華るか妃に飲ませた。


「大丈夫。大丈夫よ。」


肩を支えながら背中をさする。

茶杯の中身はだいぶ残っていた。

飲んだのはごく少量なはず…!


周囲が息を呑む。

侍医じいが慌てて頭を下げる。

「まさか……毒、でございますか!?」


「ええ。でも、もう大丈夫。応急処置は済みました。

しばらくすれば呼吸も落ち着くでしょう。」

 脈を確認する。まだ早いけど、少しずつ落ち着いてきた。よし、あと一押し!


抱きしめたまま瑠華るか妃の背中を優しくさする。


すると、瑠華るか妃が薄く目を開け、口を開いた。

「……あなた……雪瑶せつよう、なの……?」


「そうよ。無事で良かったわ。瑠華るか妃。」

雪瑶せつようが優しく微笑むと、瑠華るか妃の目が見開き、

青白かった頬が桃色に染まる。


うわ、これいい展開!

悪役令嬢がヒロインを助けて、後々

「真実を告白して、皇帝に救われる」

ルートに分岐するやつじゃないの?よし!


でもまだ油断できない。

瑠華るか妃の毒殺は免れたけど…未遂をきっかけに、

次は「雪瑶せつようが疑われる」パートに突入するはず。


「……こうなったら、処刑ルート、私の薬学で

ぶっ潰してやる!」

私は拳を握りしめながら、そう呟いた。



 ――数時間後。

私は豪華すぎる謁見の間で、膝をついていた。

目の前には、金の龍の玉座。

その上に座るのは、この国の支配者、

皇帝・黎蒼れいそう陛下。

 

……え、ちょっと待って、いつも画面越し

だったけど、実物イケメン過ぎない?

 

黒髪長身、氷のような眼差し。

低くいけどよく通る声!

あの恋愛ルートの攻略対象ナンバー1が、目の前で

冷ややかに私を見下ろしているんですけど!!

うわー!堪らん〜〜!!!


「――蘭雪瑶らんせつよう。お前は瑠華るか妃に毒を盛った

 疑いがある。」


うわっ!はい出たー! このセリフ、記憶にある!!

処刑ルート開幕のセリフそのままじゃん!!


さっき瑠華るか妃を救った直後、

妃付きの侍女が「毒を運んでいた雪瑶様を見た」とか

言い出したらしい。もー!!

 

違う違う、運んでないし!

私は身一つで助けただけです!!

むしろ部屋に着いたらもう死にかけてたしっ!


「そなた、妃の部屋に駆け込んだそうだな。」


「はい。玄嵩げんすう殿に呼ばれ、お部屋に伺ったらすでに

 瑠華るか妃は毒に犯されている状況でした。」


「妃が苦しんでいる中、いの一番に飛び込み、対処した。

まるで、毒の作用を知っていたかのようだ。」


「ち、ちがっ……そ、それは!知っていたと言えば知っていた、といいますか!」


「知っていたのか?」


「いえっ、えっと、つまり、その……もともと知識がございますので……。」


うわあ、どんどん墓穴掘ってる気がする。

冷静になれ。ここでテンパったら本当に牢屋行きだ。


と、そこへ――

「陛下、どうかお待ちを!」

柔らかな声とともに、扇を携えた女性が現れた。

薄桃色の衣、穏やかな微笑。そう、彼女こそ

先ほど命を救った瑠華るか妃。


 (あ、回避イベントきたか……!?)


「陛下。雪瑶せつようは、私を助けてくださいました。」


「……助けた?」


「ええ。あのとき、毒に気づき、解毒してくださらなければ、私は今ここにおりません!」


瑠華るか妃は雪瑶せつようをキラキラした輝く瞳で見つめる。

うわー!瑠華るかちゃんがこっちを見てる!

瑠華るかちゃん!可愛いよぉぉー!!

私は表情を(なんとか)崩さずに瑠華るか妃に目を向ける。

 

あれ?でも目があったら逸らされちゃった。

モジモジして、こっち見てくれない??なんで?


瑠華るか妃の発言に、周りの廷臣たちがざわめき出す。

黎蒼れいそうの視線が、ほんの少しだけ揺れた。


――よし、流れが変わった!

逆転フラグ立った!!?


雪瑶せつよう、そなた、毒を見抜いたのか。」


「はい。……瑠華るか妃様の口にされた薬湯に、

 青酸系の成分がありました。」


「青……? 何だそれは。」


 ……あっ。しまった。現代科学ワード禁止だった。


「えーっと、その……“苦杏仁くきょうにん”という種の毒でして。

古来より呼吸を止める作用があるものです。」


「……ほう。」


なんとか誤魔化せたかな。


皇帝はしばらく沈黙したのち、静かに立ち上がった。

「――ならば尋ねよう。誰が、それを用意した?」


場の空気が凍りつく。

皆が顔を見合わせる中、瑠華るか妃の侍女が

怯えた声で震えた。

「そ、それが……薬湯を調合なさったのは、

 後宮の薬室で……。」

「薬室? 誰の管轄だ。」

蘭雪瑶らんせつよう様の……です……。」


んんん!?――ちょ、ちょっと待って!?

私!? 私の部署!?


「つまり、毒はお前の手から出たということだな。」

黎蒼れいそうの冷たい声が降りかかる。


私の背筋がピシッと固まった。

あ、あああああ……逆転フラグが一瞬で

爆発したぁー!!


「待ってください陛下!その薬湯に毒を

 混入したのは、私の知らぬ者の仕業です!」


「証拠はあるのか?」


「い、今は……ありませんが……っ!」

苦しい。理屈ではどうにもならない。

ここはもう、“悪役令嬢だから疑われる”っていう

シナリオの力が働いてるんだ。

私の声なんて、届かない。


沈黙のあと、皇帝が静かに命じた。


「――蘭雪瑶らんせつようを自室に監禁せよ。真偽が明らかになるまで、外に出る事は許さぬ。」

「陛下っ!」

瑠華るか妃の制止も虚しく、衛兵たちが私の両腕を掴んだ。

 

ああ、ほんと、こういう展開――知ってた。知ってたけど!!マジで、お決まりの流れだわ…!!


 

「うーん。ここからどうするかな。」

離れの自室に閉じ込められ、一人呟く。

 

それでも、私は平静を装っていた。

だって、悪役令嬢の処刑ルートなんて、まだ序盤。

ここで落ち込んでたら、生還ルートなんて

夢のまた夢だ。


「むしろここからが…私の本編だ…。」

本来なら牢屋に拘束されて、乙女ゲーム『星紡恋譚せいぼうれんたん』、

ヒロイン・花玲かれいが“毒薬姫”である私に

会い、心を通わせるイベント――


“選択肢次第でバッドエンドが回避される”重要イベントが発生するはずだったのに…。


改めて、本来の展開を思い出してみよう…。

「本当なら、瑠華るか妃毒殺→牢屋に投獄→牢屋で火事イベント→冤罪→処刑ルートだけど…。」


実際には牢屋ではなく、自室に監禁。


瑠華るか妃の命が助かったからルートが

変わってしまったみたい。」


でも、もしこの部屋で火事イベントが起きるのなら…。

「念の為に、火事と火傷に対処できる備えを…。」


棚から薬剤を運び、手早く調合していく。


「あれ?何これ…。」


薬棚の奥に何かある。

隠すように仕舞われていた、小さな袋を指先で探り出す。

 

匂いは古い薬の甘苦さに硫黄の陰が

混じっているようだ…。これはもしや…。

 

「今後の展開で役に立つかも。」

ニヤリと不適な笑みを浮かべながら

私は袋を袖に隠した。



ートントン。


「ん?」

扉を叩く音が聞こえる。


外に兵士がいるはずなのに。

そっと扉に近づき、ゆっくり開けると…。


光り輝く美少女が、そこにいた。


透き通る肌。宝石のように輝く淡藤色たんとうしょくの瞳。

薄桃色の長く、柔らかな髪。

薄水色の衣装を見に纏い、ふわりと袖が

揺れるたびに金の刺繍がキラキラと輝き、

爽やかな花の香りが風に舞う。


――花玲かれん


ゲームの立ち絵そのままの、

ーー私の最強、最高の最推しが登場した。

 

「……あなたが、蘭雪瑶らんせつよう様ですね。」


澄んだ声が部屋に響く。


なんて!!!

なんて可愛いのっっ!!!!!


待って!!

脳が!!

可愛さを処理できない!

造形が天才!!

乙女ゲームの神が作り出した傑作!!!

世界中のありとあらゆる褒め言葉が、

この子のためにあるのでは!!!?

 

リアルで拝めただけでも

悪役令嬢に転生した価値は十分あるわ!!

 

いや!逆に課金しないといけないぐらいよ…!!

 

脳内で雄叫びを上げ続けているが

冷静な表紙を崩さずに、私は花玲かれんを見つめる。

(私の演技力…凄くない!?)

興奮で声が裏返らないように慎重にーー


「貴方みたいな小娘が何の用?」

ゲーム本編と同じセリフを花玲に向ける。

ううう!花玲かれんちゃん!!

小娘だなんて本当は思ってないよぉぉー!

 

「どうして……どうして瑠華るか妃様を毒殺したなんて、

 言われているのですか?」

花玲かれんが問いかけながら、ゆっくりと部屋に入り

扉がしまる。


しん…とした部屋に、二人の囁き声が静かに響く。


「冤罪よ。むしろ助けようとしたの。」

「……やっぱり、そうなんですね。」

花玲かれんは小さく息をのんだ。


「わたし、信じてました。瑠華るか妃様も、

 小蓮しょうれんさんも、雪瑶せつよう様を

 お救いしたいと願われています。」


ゲーム内だと、この瞬間にヒロインルートが

“友情フラグ”に分岐するんだっけ。


「こんなところにまで来て。あなたまで

 危ない目にあうわよ。」


「覚悟はできています。……でも、

 どうしても雪瑶せつよう様とお話したくて。」

 迷いのない瞳で、真っ直ぐ見つめてくる。


おいー!めーーーーちゃくちゃ可愛いな!!


でも、浮かれている時間はない。

その後にすぐ、

「火事が起きてヒロイン死亡」

ルートが起こる可能性があるのだから…!


と、その時だった。


――バチッ!


乾いた音とともに、どこかで火花が散る。

爆発音と共に廊下や部屋中に、

あっという間に炎が走り、煙が一斉に立ちこめた。

 

「きゃっ……!」

花玲かれん、下がって!」


部屋に準備していた水桶に、

明礬みょうばん寒水石かんすいせきの粉を混ぜ、

白濁した液体を布に染み込ませる。


「これを!」


 火の粉が舞うなか、布を投げかけるたびに炎が鈍り、蒸気が白く立ち上る——。

とにかく外へ!

 

「いくわよ!!」

転生前、空手で鍛えた脚が唸る。

バキィ!バアァァン!!と、扉が粉砕されて、

粉々に弾け飛ぶ。

 

――よし、力技でなんとかなる!

 

雪瑶せつよう様!?」花玲かれんは驚きで目を丸くする。

「来て!」

「えっ、で、でも――」

「でもじゃない! 焼け死ぬよりマシでしょ!」

 私は花玲かれんの手を掴んだ。


「きゃあっ!」

足がもつれる花玲かれんを、咄嗟にお姫様抱っこで

抱え上げる。自分の身体で彼女を庇いながら、

炎をすり抜けて走り出す。

 

 ――花玲かれんちゃんには傷一つ、つけさせないからな!!

 

私は花玲かれんを抱えたまま、崩れた壁を蹴り破り、

屋敷の外へ飛び出した。

 

夜空に舞う火の粉。

遠くで衛兵たちが叫んでいる。


「大丈夫?」

花玲かれんは私の胸に顔をうずめ、かすかに頷いた。


「……雪瑶せつよう様。あなたは、どうしてそんなに

 強いのですか……?」

「え?…ふふ。実は私格闘好きー…ゴホン!!

 体力には自信があるのよ。

 貴方が無事で本当に良かった。」


ふわり、と花玲かれんを地面に降ろし、安心させるように

そっと髪を撫でる。


その瞬間。花玲かれんの瞳がキラキラと輝きに満ちた。


「ありがとうございます。雪瑶せつよう様。

 いえ……お姉様!」


んんん?……お姉様??

呼び方変わってない?

まぁいいか。可愛いし。まったく問題ないわ。


――ただ。

正式な本編シナリオが、随分と変わってしまった。


燃え残った炎の光が、夜空を朱に染めていく。

私は静かに息を吐く。

これからどんな展開になるのか…。

「とりあえず、ここは危ないから王宮へー…」

そう言いかけた、その時。


煙の向こうにゆらりと立つ影が現れた。

「……やはり、しぶといな。毒薬姫。」

宮中の宦官長・玄嵩げんすうが薄く

笑みを浮かべている。


「まさか…貴方が、この火を……?」

玄嵩げんすうは答えず、ただニヤリと笑った。

「何が目的なの?」

 

「目的?わしはな、内乱が欲しいのだよ。

後宮が裂け、互いに殺し合えば、

権力を握るのは誰か?…このわしだ。」

 玄嵩げんすうの声は、どこか恍惚としていた。


「……なんですって……?」


「ははは。瑠華るか妃も、他の者も、皆わしの掌の上。

 毒殺事件も火事も、きっかけにすぎぬ。」

薄暗い中、玄嵩げんすうの口元がゆがむ。

「まさか貴様が、薬師の知識で毒を見抜き、

 火の中からも生き延びるとはな。

 薄っぺらい知識で中々やるじゃないか。」


怒りが、胸の奥からこみ上げてきた。

こいつのせいで、瑠華るか妃も、花玲かれんも、

罪なき人々も巻き込まれた。


——ふざけんな、絶対許さん。


しかも薄っぺらい知識だとぉ!?

薬剤師は立派な国家資格だぞ!!!!

私がどれだけ薬学を愛してるかしらんのか!?

 

花玲かれん、下がってて。」


私は、転生前の記憶を呼び覚ます。

薬局勤務の合間に通ってた道場。

週三回の柔道と、大学時代の空手。

この身体でも、動けるはずだ。


「ふん、女一人で何ができる。捕らえろ!」


玄嵩げんすうが命じると、影から屈強な兵士たちが三人、現れた。

 

私は深呼吸して、足を一歩引く。


「来るならどうぞ。ただし、手加減はしないからね。」


一人目が剣を抜こうとした瞬間、

私は体をひねり、肘で受け流す。

 

次の瞬間、腰を落として——

 

「せいやっ!」一本背負い!

雪瑶せつようの身体がくるりと回転し、玄嵩げんすうの一人目の部下が

宙を舞い、背中から地面に激しく叩きつけられた。


「おらぁっ!」続けて、正拳突き!

突き抜ける拳が、二人目の顎を正確に撃ち抜き、

盛大にひっくり返る。


「くらえっ!」最後に、巴投げ!

相手の下にもぐり込み、蹴り投げる。三人目の部下は大きく宙を舞い、木に激突していった。

 

全員が呻き声を上げ、動かなくなる。


玄嵩げんすうの目が見開かれる。

「貴様……!なんだその戦い方は——!」


「言ってもわからないでしょうね。」

私はにやりと笑い、玄嵩げんすうに近づいていく。


「くっくそ!!」


玄嵩げんすう。お前は絶対に許さん——!」

 

私は袖に隠しておいたものを取り出した。

 

硫黄と硝石、木炭——転生前の蘭雪瑶らんせつようが生成し、

薬棚に隠していた、


“黒色火薬”をーー。


「成敗!!!」

 

火花を散らすように小さな火打石を弾く。

パチッ——。

瞬間、眩い閃光と爆ぜる煙。

 

玄嵩げんすうは叫ぶ暇もなく、衝撃波に弾き飛ばされた。


「——悪者め、思い知ったか。」


夜風が吹き抜け、残ったのは、気絶して

倒れた玄嵩げんすうと、静かに光る火の粉だけだった。

 

(みんなぁ〜!!火薬は人に向けて

 発火しちゃいけないよ!

 絶対真似しちゃダメだからね!)

 

「お姉様……!お怪我はありませんか!?」

花玲かれんが駆け寄り、私の腕にすがる。

「大丈夫よ。」

くう〜〜!疲れが癒やされる〜!

花玲ちゃんからいい香りがする〜!



その後、火事と玄嵩げんすうの件の騒ぎは大きくなり…。

私は重要参考人として、再び、皇帝・黎蒼れいそう陛下の前で釈明することになった。


「では、この度の騒動、全て玄嵩げんすうの企てだというのか。」

 

「はい。後宮を混乱に陥れ、権力を手に入れると…。」

 私は黎蒼れいそうに深く頭を下げて答える。

 

「言葉は巧みだ。だが——お前の言葉を、誰が信じる?」


そのとき、広間の扉が開いた。

絹の裾を引いて入ってきたのは、

瑠華るか妃と花玲かれん小蓮しょうれんだった。


「陛下! 雪瑶せつようこそ、我らの命の恩人です!」

瑠華るか妃が進み出て膝をつく。

 

「火災の夜、私を救ってくださったのはこの方。

もしお姉様がいなければ、私は今ここにおりません。」

花玲かれんは涙を浮かべながら声を張った。

 

「私は雪瑶せつよう様を罠にかけるよう脅されておりました!」

小蓮しょうれんも声を震わせながら発言する。


広間に静寂が降りる。

黎蒼れいそうの視線が、ゆっくりと雪瑶せつようへと戻った。


「……ふむ。お前たちの言葉を、無視するわけにもいかぬな。」


安堵が広がるその刹那——

影が動いた。


「うわァァァァ——!」

叫びと共に、宦官長の腹心が飛び出した。

手に光るのは、短く鋭い刃。

ーー狙いは雪瑶せつようの胸元。


蘭雪瑶らんせつよう、地獄へ行け!」


その刹那、雪瑶せつようの身体が自然に動いた。

「はッ!」

まるで蝶が舞うように鮮やかにー…

見事なジャーマンスープレックスをお見舞いしていた。


(学生時代、プロレス同好会に入ってて良かったなぁ)

 

唖然とする廷臣たちを他所に、

瑠華るか妃、花玲かれん小蓮しょうれんはキラキラした瞳で

雪瑶せつように見惚れていた。


「……見事だ、蘭雪瑶らんせつよう。お前の潔白、余が認めよう。」

黎蒼れいそうが目を細め、微笑む。

 

「ありがたき幸せにございます、陛下。」

雪瑶せつようは深く一礼した。

「後宮の闇を、少しでも清められたなら本望です。」


宮殿に焚かれた香炉の煙が、

天井へとゆるやかに昇っていく。

それはまるで、過ぎ去った夜の闇を清める

祈りのようだった。

 

なんていいシーンなの…。

ゲームだったら最高のBGMがかかるんだろうなぁ。



 静けさを取り戻した後宮。

あの日の火事がまるで幻のように、庭の梅は再び香りを放っていた。


「いい天気ねー。」

私――蘭雪瑶らんせつようは、のんびりと薬室の縁側であくびをした。

穏やかな風が頬を撫で、乾いた薬草の香りがふんわりと漂う。


あれから、私は後宮の薬室に勤める“薬師姫”として第二の人生を送っている。

玄嵩げんすうの陰謀は暴かれ、後宮の秩序は戻り、

妃たちも平和を取り戻した。


事件のあと、皇帝陛下からは――まさかの“側室”の

お誘いをいただいた。

「余はお前を側に置きたい。お前のような存在が、余には不可欠だ。」


……って、いやいやいや!

 

「いえ、結構です! 殿下は花玲かれんと結ばれてください。

 推しカプなんで!」

と、私は満面の笑みでお断り申し上げた。


 代わりにお願いしたのは、新しい薬室の設立。

私の自室兼、薬室燃えちゃったしね!

後宮の妃たちが安心して使える薬と香を作るための、

清らかな工房を作りたいな、と思ったから。


皇帝陛下は苦笑しながらも「好きにせよ」と許してくださった。


そんな平穏な日々の中で、ひとつだけ予想外だったのは――


雪瑶せつよう様! 次は私に桔梗湯ききょうとうの調合法を教えてください!」

 侍女の小蓮しょうれんが元気よく駆け寄ってくる。


小蓮しょうれんさん、ずるいです!

 お姉様、私にも教えてください!」

続いて、花玲かれんが頬をぷくっと膨らませる。

あれから小蓮しょうれん花玲かれんは私に弟子入り志願をし、

毎日一緒に薬作りをしているのだ。

 

雪瑶せつよう。それよりも、私と都で流行りの

 甘味をいただきましょう?」

さらには、あの瑠華るか妃までが私の薬室に頻繁に

訪れるようになってしまった。


なんか…百合+友情の関係みたいになってない……?

新しいルートになったのかしら。

私は笑いながら、生薬の束を机に置く。

 

暖かい日差しの中、笑い声が薬草の香りに混じってゆく。


本来なら誰からも嫌われて

処刑されていたはずの“悪役令嬢”が、

今はみんなに囲まれて、笑っている。

この世界で、蘭雪瑶らんせつようが幸せになるなら、それで十分。

 

雪瑶せつよう様!」

「お姉様!」

雪瑶せつよう!」


ふふふ。悪くない。


〜完〜

読んでいただいてありがとうございました!

百合になってしまって作者も困惑しています。

こんなハッピーエンドでもいいか(*'▽'*)


*ちょこっと豆知識

⚫︎「神仙太乙膏しんせんたいつこう

 軟膏の漢方薬。切り傷から皮膚炎、

 軽度火傷まで様々な応用がきく万能軟膏。


⚫︎「苦杏仁くきょうにん

漢方薬における代表的な鎮咳・去痰・

止喘(ぜんそく抑制)生薬。

使用の際には毒素を弱めて使われる。


体内の酵素によって分解されると、

微量の青酸が発生し、気管支狭窄、嘔吐、

意識障害、頭痛等の症状が現れる。


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