第59話 二度目の異世界
――帰還術式で送られて、どれくらいの時間がたったのだろう。
時間も空間も意味をなさない、色も音もない、真空の揺り籠に揺られている。
永遠のような、もしかしたら瞬きほどの一瞬のような空白。
無重力の光の中を彷徨っていた意識が、一点に収束していく。
そして――
「…………っ」
不意に背中に重さが戻ってくる。
目覚めるとそこは見覚えのある場所だった。
テレビにはゲームのセレクト画面が映し出され、聞き覚えのあるゲーム音楽が繰り返し流れている。
テーブルの上を見ると食べ途中のお菓子類に飲み物が入った2つのグラス、そしてたこ焼き器が置いてあった。
「……こやきの部屋? ……オレたち、帰ってきた? そうだ、こやきは!?」
自分の隣で横になっているこやきをゆさゆさと揺さぶり、親友の安否を確かめる。
「うーん……、おうり〜?」
「こやき! 大丈夫!?」
「おうりがジャージ姿ってことは〜、うちら無事に戻ってこれたんだね〜」
「ほんとだ。こやきも学校の制服だね。なんかこの格好、久しぶりな気がする」
ふと視線を落とすと無造作に置かれている自分のスマートフォンが目に入った。
手に取り画面を見ると、日付はあの世界に喚ばれた日のわずか数分後を示していた。
「畳の感触懐かし〜、自分の部屋の匂い安心する〜。ふかふかクッションもただいま〜」
「……ステータスも出ないし、魔法も使えないや。こやきは?」
「うちも同じく〜」
「まあ、これが当たり前なんだろうけど。なんか、夢だったみたいだ」
「夢じゃないよ〜。全部うちらの思い出だよ〜」
「そうだね、思い出、だね」
「そうそう、チートステータスで異世界を無双したっていう女子高生二人組の豪華な思い出!」
こやきが胸を張って誇らしげに言ってきた。
それがあまりにもいつも通りで、じわじわと笑いが込み上げてくる。
「ふふっ、豪華な思い出っていうの、凄くいいね! 確かにあの体験を夢で済まされたら割に合わないし!」
「絶対夢では片付けられないよ〜! 魔王の倒し方だって、あんまりにも適当だったし!」
オレたちは顔を見合わせ、堰を切ったように笑い出す。
視界が涙で滲み、小刻みに身を震わせる程笑いすぎて言葉にならない我々二人。
その時、オレのスマホの画面がパッと明るくなり、聞き慣れた着信メロディが爆笑の渦に割って入る。
「知らない番号からなんだけど……」
「出てみたら〜」
「う、うん。……はい、もしもし?」
画面に表示されている連絡先に登録されていない見覚えのない番号に、恐る恐る出る。
「――え、空叶!? 空叶なの!?」
電話をかけてきたのは空叶だった。
そういえばこっちに戻った時に連絡取りたいって言われて、電話番号聞かれたことがあったな。
本当に連絡くれて、素直に嬉しいんですけど。
あ、こやきがによによ顔になってる。
その顔で温かく見守ってるっていうのは、どう考えても違和感しかないぞ。
「うん、うん、明日大丈夫だよ。時間と場所はそれでオッケー。うん、ありがと。それじゃあまたね」
空叶との通話を終えて一息つく。
いつの間にかベッドでひっくり返っているこやきに明日空叶と会うこと伝え、一緒に行かないか聞いたけど断られる。
「天宮くんはおうりに会いたいんだよ。うちは元気って言っといて〜。それから明日学校帰りならジャージじゃなくて制服にしなよ〜」
「なんで制服?」
「うちらの女子校ってブランドイメージが高いから、そこの制服を着てるだけで好印象を持たれやすいんだよ」
「へー、そうなんだー。りょーかいりょーかい」
「天宮くんの周囲に群がっている女子は牽制しとくから任せて任せて。うちはおうりを守りし者なんだから〜」
「あはははっ、こやき何それー」
我々はまた顔を見合わせて声を上げて笑い合う。
その後オレたちは異世界での思い出を胸に、当たり前が当たり前にあるこの世界での日常を変わりなく過ごしていくのだった。
過ごしていたのだった、のだが――
「「二度目の異世界召喚ー!」」
当たり前が当たり前の日常が、わずか1年で粉砕されたのだ。
どうやら世界はオレたちが思うほど、オレたちのことを放っておいてはくれないらしい。
いや、今回は世界というより魔導書に封じ込めた魔王がだけど。
もしかして我々が散々煽り散らかしたこと根に持ってたのか?
魔導書からどうやって出てきたのかは知らないけど、500年前の雪辱をを果たすためって執着しすぎでしょうに。
しかも勇者に仲間がいたことをペラペラと喋りやがって。
勇者よりも遥かに強い力を持つ小娘二人っていう暴露の仕方も許せん。
「「魔王はフルボッコけってーい!」」
魔王のことは大人しく封じられていれば良かったって思うくらい、完膚なきまでに叩きのめしてやりたい。
500年っていう長い期間、反省するどころか個人的な遺恨でお姫様を攫うなんてマジで終わってるね。
不老不死だけど、精神年齢は500年前の勇者に負けた瞬間で止まっているのだろう。
なんかもはや魔王というより、500年越しの粘着質なストーカーに近い。
でも国の伝承には勇者一人で魔王と戦って世界に平和を取り戻したってなってるみたいだし、しっかり根回しされていたようだ。
凱旋後の魔王討伐報告の時に、オレとこやきの存在は絶対に伏せるっていう約束を空叶は守ってくれてたね。
さっきはほんの少しだけ疑っちゃって申し訳ないや。
空叶が約束を守らないなんてことないのに、疑うなんて自分どうかしてたな。
今度会った時、いつもより多く撫でてあげよう。
「そうだよ、こやき、あの時のオレらの肩書きは、『勇者を守りし者』だったよね……」
今回のオレたちの肩書きは『喚び出されし者』となっている。
前回は『勇者を守りし者』だったけど、肩書きが変わったのは今のこの世界には守るべき勇者は特にいないからってことなのかな?
スカイ王子が勇者と呼ばれていたけど、初代勇者の正当な血筋だからってことみたいだし。
……あれ、初代勇者の血筋ってのはどういうことだ?
まさか空叶の子孫ってことじゃ⋯。
「こ、こやきぃ……、うううっ……」
「お、おうり! 急に涙目になってどうしたの〜!?」
「ま、前は空叶が、勇者でぇ……、スカイ王子が、初代勇者の、せ、正当な、ち、血筋ってことは……」
「あー、おうりってば、もしかして初代勇者が天宮くんって思っちゃったの?」
「だってだって、実際勇者だったじゃん……」
「そうだったけど、初代勇者はシリウスさんだよ」
「……うぇっ?」
こやきはオレの背中をゆっくりさすりながら話してくれた。
初代勇者のことはこやきも気になったらしく、スカイとフェリシアに直接尋ねるとどうやらシリウスさんのことだった。
「天宮くんは異世界から召喚した勇者で、初代勇者に力を貸した後、自分の世界へ帰っていった幻の勇者って伝わってるみたい。勇者は勇者だけど初代勇者とは別物だから安心して〜」
「な、なんだ、もう……。いらない心配しちゃった……」
「勘違いしちゃったのもしょうがないよ。だって知らなかったんだから」
物凄い勘違いをした情けなさと恥ずかしさで、顔が火が出るほど熱くなる。
けど、こやきが真相を解き明かしてくれたおかげで誤解の霧が晴れ、どん底の気分が嘘みたいにスッキリした。
「うわー、今更ながら勝手に一人で絶望した自分ヤバいー、ヤバいー」
「いいネタができたじゃん。それじゃあ今回はパーっとやってパーっと帰ろ〜」
「そうだね。たこ焼きパーティー開催したいし、サクッっと終わらせちゃおう!」
明日には魔王の所へ行ってコテンパンにのしてやろう。
そして速攻で元の世界へ帰るぞ。
喚ばれた二度目もチートステータスなのだから、なんとでもなる。




