第58話 さよなら異世界
「どこへ行っても勇者の話でもちきりだったぜ。俺の町ですらあんなに盛り上がっているなら、他の所もお祭り騒ぎだろうぜ」
ルジアスの塔で生活して五日ほど経った頃、自宅から戻って来たアルガーさんが話してきた。
アルガーさんは魔導書の解読に必要な資料をレナードさんに頼まれて自宅へ取りに一時帰宅してきたのだ。
「もう魔王に怯えていた日々は消えたんだ。皆、ただの日常を喜ぶ顔になっていたぜ。当たり前の未来を疑わずに語れるのは幸せなことだよな」
当たり前の未来が語れること、なんだか道徳の教科書の時間に聞きそうなセリフみたい。でも、この世界の人たちはそれをようやく取り戻せたんだよね。
元の世界では、明日何をするか、来週どこへ行くかとか普通に言っていたけど、それは明日も来週もちゃんと来ると信じてたから言えたこと。
また明日ねって笑って言えることは、どれだけ贅沢で、キラキラしたことだったのか、ちょっとだけ考えさせられた。
「家に帰ったらリリーナがソラトに会いたい会いたいって、すげーしつこくて参ったぜ」
「「あー」」
「魔導書のことは親父たちにも言ってないから安心してくれ。もちろんリリーナにもな」
「妹さんがこの塔に来る可能性があったりしますか〜?」
「今のところは無いな。あいつ、移動魔法使えないから」
「それなら良かったで〜す」
あの手のグイグイ系女子はぶっちゃけ苦手分類に入る。
初対面で足を踏まれたこと、忘れていないからな。
もし移動魔法を修得してここに来たとしても、こやきが返り討ちにすると思うし、特に心配する必要もないか。
世界を救い英雄となった勇者に言い寄る女子は多いだろうな。そうでなくとも、旅の道中も女の子たちからよく声を掛けられていたし。
空叶、ビジュも良いけど性格もすっごく良いもんね。
真面目で真っ直ぐで、気弱な所もあるけど優しくて一生懸命さがあること、オレは分かっている。
前にこやきに他所でやるなって注意されてたイケメンスマイルは本人無意識に発動させちゃうから、この世界にも勘違い女子たちが大量発生しているんだろうな。
中学の時にファンクラブがあったっていうのも今なら頷ける。
でもあいつが実は甘えたがりで子犬系男子ってことを知っている人はいるんだろうか?
……知られたくないな。
正確には知って欲しくない。
そう思うのは独占欲からなのかな。
自分は独占欲とは無縁だと思っていたんだけど、それだけ今は空叶のことが大切なんだな。
「天宮くん、おうりの所へ早く戻ってくればいいね〜」
「何でオレの所限定なん?」
「だっておうり寂しそうにしてるから」
「別に、そんなことないよ。空叶は勇者として色々忙しいだろうし」
「こんな時スマホがあれば連絡の取り合いできて、おうりが寂しい思いしなくて済むのにね。5日間も音信不通とか、元の世界じゃ考えられないよ〜」
この世界には便利な魔法はあるけども、想いを瞬時に伝える通信手段は存在しない。
こやきとオレ限定での通信魔法はチートステータス持ちの我々二人だから使うことができていた。
今まで当たり前に使っていた便利な道具がない不便さには慣れたつもりだったけど、こういう精神的な部分での不便さがもどかしく胸に迫る。
「なる早で元の世界に帰れるように、うちもお爺ちゃんたち手伝ってくるね〜。おうりは天宮くんを待ってる間、何か気分転換してて〜」
そう言うとこやきは部屋を出て行き、オレは一人残される。
気分転換と言われても、と思ったけど、きっとこやきなりにオレの心を解したかったのだろう。
何をしようかと思案し始めた時、不意に魔力の変動を感じ取った。
移動魔法が使われこの塔の屋上へと誰かが辿り着いたのだ。
意識の全てを一点に集中させながら屋上への階段を上がっていく。
「……おかえり」
冷静を装って声を掛けるが、5日分の不安と寂しさ、そして安堵が混ざり合った感情が一気に押し寄せてくる。
心臓が早鐘を打ち、喉の奥がツンとして、涙腺が緩むのを感じた。
「おうりただいま! 俺、おうりに凄く会いたかった!」
「うわっ! ちょっ、ちょっと空叶!」
まるで飼い主を見つけた子犬のように満面の笑みで駆け寄って来たかと思えば、強い力でぎゅっと抱きついてくる。
そしてオレの首筋に顔をうずめながら、拗ねたような、甘えた声で言ってきた。
「おうりと5日も会わないなんてもう二度と無理! 本当に無理! 俺の充電切れそう!」
「ええー、大袈裟だなぁ。オレがいなくてもちゃんと生きてるじゃん」
「生きてたけど心が満たされてなかったよ。おうりは……?」
「…………空叶と同じ気持ち、だよ」
「本当に!? 俺だけが寂しかったらどうしようってちょっと不安だったんだ。良かったぁ、おうりも同じ気持ちだったなんて、最高に嬉しいなあ」
空叶は安心したのか無邪気な声でそう言いながら抱きつき直す。
更に力を込められて若干苦しい。
なんだか甘えたがりが加速してる気がするぞ。
空叶の話ではシリウスさんと城へ凱旋後は、国を挙げての緊急祝宴や魔王討伐の詳細な報告、民衆との交流を滞りなく行っていた。
無理のないスケジュールをシリウスさんが組んでくれていたのだが、見ず知らずの女性たちに言い寄られたり付き纏われしんどくなったとのこと。
連日の異常なほどの熱狂と付き纏いに精神的限界を感じ、シリウスさんに相談してオレたちの所へ戻って来たんだって。
シリウスさんは根回しをしっかりしておくと言い、空叶を快く送り出してくれた。
勇者としての務めを果たし、英雄という重すぎる役割を手放すと決め、城へは二度と戻る気はないと言い切った。
「はぁ~、おうりの匂い、やっぱり落ち着く……」
「空叶がいいならなんでもいいよ、もう」
「ふふっ、おうりと一緒で俺幸せだなー」
「幸せならなによりー」
抱きしめたまま嬉しそうにぶんぶんと軽く体を揺らす空叶。
そんな空叶の背中を撫でながら、5日ぶりに感じる温もりにオレは自然と笑みがこぼれるのだった。
爺様たちが魔導書の解読を始めてから早三か月、ついに元の世界へ返すことができる術式を見つけたとの話を聞いた。
レナードさんから帰還術式について、特異点やら座標軸やら難しい単語で説明されたが、自分はあまり理解が出来なかった。
解読作業に携わっていた空叶は割と理解していたようだけど。
空叶みたいに頭脳では手伝えなかったけど、オレとこやきは魔導書へエネルギーを溜めることへの協力をしている。
空間を抉じ開けて、そこからオレたち三人をねじ込んで送り出すことには物凄いエネルギー量が必要とのこと。
その為に魔導書の中へエネルギーを溜め込めるだけ溜め込んでおこうとのことだった。
もしかしたら解読には年単位の時間がかかるのかもって一人で心配していた時もあったが、爺様が時空の歪みについて研究をしていたようで、そのおかげもあり短期間で解読することができたようだ。
改めて爺様って凄い人なんだと思ったよ。
前に言ってた地道な努力が一番って言葉は胸に刻んでおくことにしよう。
そして帰還する為に、今オレたちは魔王と戦った神殿に来ている。
前に散策した時、魔王が何かしようとしていた魔力の痕跡がある祭壇を見つけていた。調べるとその祭壇で魔王が別次元のゲートを開こうとしていたことが分かった。
爺様の話ではあまりよろしくない者をこの世界へ呼び寄せようとしていたのかもしれないとのこと。
だが、今回の帰還術式を発動させる場所としては一番最適な場所らしい。
「では今からお主らを元の世界の座標へと送るが、覚悟はよいか?」
「うちは準備オッケーだよ。おうりも天宮くんも大丈夫〜?」
「オレも大丈夫」
「うん、俺も覚悟できてるよ。ルーファスさん、レナードさん、アルガーさん、本当にお世話になりました」
「こちらこそです。ソラト様、オウリさんコヤキさん、元の世界でもお元気で」
「一緒に旅をして楽しかったぜ、三人とも向こうでも元気でな!」
「「お世話になりましたー!」」
しんみりするのはオレもこやきも苦手なので、声を張り上げて挨拶をした。
術式を完成させる為に何度も戻る場所と日時や時間を確認している。
そして帰還術式の成功には、この世界の住人ではないという強い自己定義も鍵として必要だ。
――大丈夫、大丈夫。オレたち三人とも絶対絶対元の世界に帰ることができる。
必ず戻ることができるよ、信じてる!
「ルーファスさん、よろしくお願いします!」
「うむ、さらばじゃ! 異邦の迷い子たちよ!」
魔導書を手にした爺様を中心に、レナードさんとアルガーさんも魔力を放出させている。
一瞬で眩い光に包まれると、視界が白濁し足元から感覚が消えていく。
浮遊感に全身が支配され、体が上か下かも分からない虚空へと引き抜かれる感覚に襲われる。
そしてゆらゆらと揺られながら、意識を手放した。




