第56話 帰還への希望
「それで元の世界に帰るための手掛かりが今はこの魔導書だけなんだ〜」
「爺様なら何か分かるかなーって思って来たんだけど、どうかな?」
魔王との戦いのことを話し終えて、引き続きオレとこやきは爺様に目的のことを伝えた。
特にもう隠さなくてもいいかなって思い、自分たちの素性も含めて打ち明ける。
ただチートステータスのことだけは伏せておいたけど。
「これが不老不死の魔王を封印した魔導書じゃな。ふむふむ……」
「空っぽ状態だったけど、魔王を封じ込めたらどんどんエネルギーが溜まってきてるよ」
「ううむ……」
爺様は眼鏡の奥の目を細め、時折白い顎髭を捻りながら深く唸り、手にした魔導書を調べている。
その様子を皆黙って見つめていた。
しばらくして魔導書をテーブルへ置き、爺様はため息をつきながら話す。
「確かに、この魔導書にはこの世界の理とは異なる概念が記されておる。中のエネルギー量次第で存在召喚の術式は可能じゃな」
「存在、召喚?」
「えー、それ何〜?」
「簡単に言うと、何らかの力を使い物理的に存在そのものを別の場所から喚び出すということですね」
「理解しました〜。え、でも喚び寄せられたってことは〜……」
「もしかして一方通行だったってこと!?」
存在召喚なんて言葉は初めて聞いたけど、レナードさんが分かりやすく説明してくれたおかげで理解はした。
そういえばローダン国のリーシャ王女にも、帰る方法は分からないって言われたっけ。
「お主らを呼び寄せた時の術式ではそのようじゃな。帰還の記述は今の所見当たらん」
「そんなぁ……」
「諦めるのはまだ早いぞ。今の所と言ったじゃろうて。帰還の術式が記されておる可能性は十分にある!」
「お爺ちゃん本当〜?」
「うむ、解読に時間がかかるが、必ずお主らを元の世界へ帰してやるぞ! その為には協力が必要じゃ!」
「帰れるんならオレ、超頑張るよ!」
「うちも手伝う〜!」
「お、俺も協力します!」
爺様の言葉でオレの心に再び希望の光が灯る。
こやきに言ったことはないけれども、正直本当に帰ることが出来るのか不安だったんだ。
実は一人の時に泣いたこともあるんだが、これは絶対内緒にしよう。
元の世界に帰れる希望が湧き上がったことで、この見知らぬ世界の景色が少しだけ違って見えるよ。
不安の象徴だった当たり前が当たり前じゃないこの場所が、今では一時的な滞在地に感じられる。
「わしの残りの人生を懸けても、この魔導書の術式を解き明かしてみせようぞ!」
「お爺様! 私もご協力致します!」
「俺もソラトたちが故郷へ帰れるように力を貸すぜ! 何をすればいいんだ?」
「そうじゃな、解読はレナードとアルガーと共に進めるとして、コヤキとオウリ、そしてソラトの存在そのものが帰還の術式を導き出す鍵になるじゃろう。ひとまず……」
「ひとまず?」
「ひとまず今日はゆっくり休むがよいぞ。魔王との戦いを終えた身体を労ることも大事じゃ」
そういえば魔王と戦ったのは今日だったね。
元の世界に帰るという希望を得たことで心は軽くなったけど、確かに身体は疲労を訴えている。
「この魔導書との戦いは長丁場になるかもしれんが焦りは禁物じゃ。今後はここに泊まり込みになるじゃろうて、それぞれに部屋を用意しておこう」
「お爺ちゃんありがと〜。ここでお世話になるね〜」
「ありがとね爺様。じゃあいる間の家事は分担制にしようか」
「俺も移動魔法は使えるから買い出しにも行けるよ」
「……いや、空叶は……」
「おうり?」
「シリウスさん、明日にでも魔王を倒したことを伝えに国へ戻った方がいいです。その時空叶も一緒に連れてって」
魔導書の解読は長期になるかもだし、その間ずっとここにシリウスさんを留めておくことは申し訳ないよね。
それに魔王を討ち取ったことを国中に伝え広めて貰わないといけないし、何よりご家族に早く顔を見せて安心させて欲しい。
そして第一に凱旋には勇者が必要だ。
「分かった。だがそれなら魔王と戦った皆と一緒に戻りたいのだが、いいかな?」
「あ、うちとおうりは良くないです〜」
「なぜだい?」
「あー、えーっとー、もう終わったことですがー、気を悪くしないで聞いてもらえればー」
空叶が旅立った日、オレとこやきの存在が消されたことを色々誤魔化しながらシリウスさんに話した。
シリウスさんは色を失い、わなわなと震え始める。
「そんなことがあったとは……。オウリ、コヤキ、我が国の者が大変申し訳なかった。謝っても許されないと思うが本当にすまない!」
「シリウスさんは悪くないですよ。そういうわけで、オレとこやきのことは何一つ残さないようにお願いしますね。空叶もそれ約束よろしくー」
「うん、大丈夫だよ。このことは前からおうりが言ってたからね」
「俺たちも遠慮させて貰うぜ。勇者と一緒に旅をしたってだけで充分だ。な、レナード」
「そうですね。私たちは勇者様と旅ができて共に戦った、それだけで満足です」
「そうか……、皆の意思を尊重するよ」
あ、シリウスさん悲しそう。
でもこれでいいんだ。
レナードさんたちはともかく、オレとこやきはイレギュラーなんだし。
「話がまとまったところで、そんじゃ今夜は収納魔法の食材全部使ってご馳走作るぜ!」
「うちも手伝いまーす! うちの収納魔法にも材料たくさんありますよ〜!」
「夕食作り、私も手伝うよ」
「シリウス王子、申し訳ないですよ!」
「いいんだ、是非手伝わせて欲しい」
「いいぜ、王子の腕前見せて貰うぜ!」
「アルガー! だから言葉遣いを!」
「俺と王子の仲だからいいじゃんよ。それよりレナードは部屋を用意しに行った爺さんの方を見に行ってくれよ。ほら、前に空間拡張の魔法で広すぎる部屋作ったことあるだろ。心配だぜ」
「ああ、あの時は部屋の中に森を……、分かりました」
「部屋の準備オレも手伝いまーす!」
「あっ、俺も手伝います!」
各々役割が決まり、それぞれ動くことになった。
爺様は泊まる部屋を用意しに行ってるけど、空間拡張の魔法を使うんだね。
レナードさんがぼやいてた部屋の中に森をってどんだけよ、考えると恐ろしいわ。
「ではソラト様、オウリさん、お爺様の所へ行きましょうか」
レナードさんに促されて立ち上がり、ふと窓の外を見ると空は深く濃密な夕暮れに支配されていた。
その穏やかで美しい夕景に少しだけ見惚れた。
部屋の用意はレナードさんのおかげで快適に過ごせそうな居住空間が出来た。
最初爺様が作り上げていた部屋のひとつを開けてみたら、そこには物理的な制約を完全に無視した広大な森があった。
小鳥のさえずりや小川のせせらぎが聞こえてきてマジでびっくりしたよ。
爺様は満足げに笑っていたが、レナードさんは頭を抱え爺様に説明をし、一緒に修正と微調整をして一般的な部屋に作り替えて貰った。
更にベッドや水回りなど生活に必要な設備も備えられ、オレも生成スキルで寝具を作り空叶が整えるなど手伝いをした。
素晴らしい居住空間が完成し、戻るとテーブルの上には所狭しとご馳走が並べられている。
「おかえりなさ〜い。夕ご飯できたよ〜」
「すっごいご馳走だね! 見ただけで絶対美味しいやつって分かるよー!」
「シリウスさんとアルガーさんの手際がもの凄く良くって、うち、本気出しそうになっちゃった」
「いやいや、本気出さなかったんかい!」
「だって本気を出すには第二形態にならないといけないじゃん」
「いや知らんし。ていうか第二形態って何やねん!」
「あはははっ、何か二人の掛け合い久しぶりに見た気がするよ」
空叶が笑っているけど、これは掛け合いじゃなくてただの日常のやり取りなんだけどな。
言わないでおこう。
笑うことは良いことだからね。
日常のやり取りにお笑いの視点や振りを意識した返しを突然取り入れることでアドリブに強くなれるらしい。
でもこれは、信頼関係が出来ている相方のこやきとだからやれることだけど。
何ごとも精進精進。地道な努力は大事だからね。
そういえば元の世界へ戻った時にこちらにいた時間通り進んでたら困るな。
だって今年も漫才グランプリに出場するんだから。
大会は半年後だけど出場に向けてネタ作りや練習のスケジュールを既に組んでいたし、時間絶対無駄にしたくないぞ。
帰還の時間軸調整のこともしっかりお願いしないと。




