第七話|隠して
*
蒼【最近、ちょっと困ってることがあってさ】
蒼【高校の同級生がいるんだけど、やけに俺に優しいんだ。……優しすぎて、正直ちょっと疲れる】
ハク【……どういうこと?】
蒼【何て言えばいいのか、自分でもよく分からなくて……】
ハク【それって、ちゃんと応えたい気持ちはある?それとも、正直あんまり応えたくない?】
蒼【……】
蒼【……分からない】
ハク【多分ね。応えたい気持ちはあるけど、言葉を選ぶのが面倒で、考えるのも疲れて……だから、結局返せてないんじゃない?】
蒼【……なんでそんなに分かるんだよ】
ハク【(笑)蒼くん、どう見ても“面倒くさがり”だもん】
ハク【そういえば、前に話した仕事の件はどう?考えてくれた?】
蒼【……うん。やってみようと思う】
ハク【それはよかった! 頑張ってね】
*
スマホを置いても、しばらくその場から動けなかった。画面は暗くなっているのに、胸の奥だけがざわついたままだ。
「……八年間も、誰が好きだったと思ってるの……」
誰にも届かない声が、静かな部屋に溶けていった。
*
数日後。蒼は少し緊張した面持ちで、会社の扉をくぐった。
「はじめまして。今日からお世話になります……」
「君は蒼ですか?」
声をかけてきたのは、落ち着いた雰囲気の男性だった。
「はい。よろしくお願いします」
「そうか……ハクの曲を手伝ってくれたんだって?すごく良かったよ」
「ハク……会社に来ることはありますか?」
「? 必要があれば、かな。どうして?」
「いえ……ちょっと気になって。どんな人なのかなって……」
その一言に、初はわずかに表情を変えた。
「……?君たち、前から知り合いじゃなかったの?」
「前から?曲を頼まれたときですか? その時も会ってませんよ?」
「…………」
短い沈黙のあと、初は静かに頷いた。
「……そうなんだ。分かった」
その時にはもう、初は気づいていた。私が“別の名前”で、蒼と繋がっているということに。
*
次のカバー曲の打ち合わせの件で、私は会社を訪れた。
「初くん……来たよ———」
声をかけた瞬間、初が素早く距離を詰めた。背中が壁に触れる。
——ドン——
「……!? な、なに……?」
「大丈夫。動かなくていい」
低く、落ち着いた声だった。
「……蒼が来てる。今ここで会うのは、避けたいだろ?」
「え? あ……うん……ハクの名前で連絡してたから……」
「…………そう」
一拍置いてから、静かに続ける。
「どうして、隠してたの?」
「だって……蒼、私のメッセージには返してくれなかったから……」
初は責めることなく、ただ私の手首を取った。力は強くないのに、迷いがない。
「……来て。ここだと落ち着いて話せない」
そのまま導かれるように歩き、会議室へ入る。扉が閉まる音が、静かに響いた。
*
「……座って」
初はしゃがみ込み、自然に視線を合わせる。
「全部、話していい」
私は一度、深く息を吸った。
「蒼は……私の高校の同級生」
「でも、もう七年も会ってない」
「昔から、彼は私を避けるくせに……ちょっとした行動ひとつで、いつも期待させてきた」
言葉にした途端、視界が滲む。
「……私は、蒼が好き」
「……でも、あの日……はっきり拒絶された」
「……そっか」
初は否定もせず、ただ頷いた。
「……つらかったな」
伸ばされた指が、そっと涙を拭う。その手のひらは、驚くほど温かかった。
(……あったかい)
「これからどうしたい?今は、無理に答えを出さなくてもいい」
「……何も考えてなかった」
少し困ったように息を吐いてから、額に軽く触れられる。
「もう……こういうことは、一人で抱え込まなくていい」
「いっ……なにするの!」
「確認。ちゃんとここにいるかどうか」
そう言って、わずかに笑った。
「——仕方ないな」
「しばらくは、俺が隣にいる。考えるの、手伝うよ」




