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第六話|小さなときめき

蒼に最初のカバー曲をお願いしてから、ずっと「ハク」という名前で彼とやり取りをしていた。彼の好きなことだからなのか、蒼の返信はいつも驚くほど早い。——それとも、もともと知り合いだったからだろうか。話していても、ほとんど距離を感じない。


私と蒼は、そんなふうに携帯を挟んで、自然と会話を重ねていった。


【ハク:ねえ、ここ、もう少し足してくれる?】

【蒼:……なあ、君って前にもこういうのやったことある?】


私は一瞬固まり、画面を見つめた。


【ハク:え? ないよ? どうかした?】

【蒼:いや……なんか、やけに慣れてる感じがした。】

【ハク:私は好きな歌しか歌わないから。歌詞もちゃんと見るんだよ。】


確かに、私が歌を聴くときは、いつも好きな歌詞を探して、その意味を考えるのが好きだった。


【蒼:……じゃあ、俺たち、好きなもの似てるな?】


——はあ……?何それ。冗談でしょ……?彼がそんなことを言ったのは、初めてだった。


震える指で、なんとか返事を打ち込む。


【ハク:はは、そうなのかな!】

【蒼:君の歌……すごくいいね。】

【ハク:え? 誰かにそう言われるの、初めてだよ。】


ベッドの端に腰を下ろし、私はその言葉を見つめた。


「……」

「ハクの声なんて、作り物だよ……」

「歌う声だって、練習して作ったもの……」


「ハク」として蒼と話していると、どこか現実感がなかった。彼は気づいていないかもしれない。けれど私にとっては——ただ「蒼が好きになりそうな自分」を演じているだけだった。


ちょうど画面を閉じようとしたその時——

ピロン_

スマホがすぐに光を放った。


【初:澄、今時間ある?】

【初:あ、ちょっと新しいマイク試してほしいんだ。】


……どうせ暇だし、行ってみようかな。ちょうど歌の練習にもなるし。


【澄:うん……分かった。】



街を吹き抜ける風は涼しくて、秋の匂いが少しずつ混じってきていた。私の一番好きな季節。寒すぎず、暑すぎず。人と人の距離みたいに、ちょうどいい隙間を保っているのが心地よかった。コンビニの前を通ると、コーヒーがセールになっていたので、ついでにもう一杯買った。


「初さん、コーヒー飲んでたよね……前に見た気がする。」


会社に入って、コーヒーを初のデスクに差し出した。


「その……初さん、これどうぞ。ちょうどセールだったから、二つ買っちゃって。」


初は少し驚いたように顔を上げ、眉を寄せた。

「……初でいいよ。俺、そんなに歳変わらないし。」


「えっ? そうなの?」

「そうだよ……ありがと。……ん?」


初はカップを見下ろした初が首をかしげた。

「俺がいつも無糖だって、知ってた?」

「えっと……当てただけ。」


本当は、彼のそばを通るときに分かる。砂糖が入っているかどうか、香りで。


「へえ……勘がいいね(笑)」


初が笑った瞬間、顔が一気に熱くなるのを感じた。


「な、なんでもないよ……」思わず視線を逸らす。

「じゃあ、行こうか。」


立ち上がった初は、私を連れて録音室へと向かった。


「ちょっと休憩しようか。」


録音を終えた初の声が耳に届く。私は外に出て、朝から持ってきたコーヒーを口に含んだ。——けれど思わず止まる。

「コーヒー……冷たくない。」


初がこちらを見る。

「?冷たいのが好きなの?」


私は大きくうなずき、本気で大事なことを伝えるみたいに言った。

「うん! 氷がないと死んじゃうくらい大好き!」


なのに、初は眉を寄せる。

「……体によくないんじゃない? 女の子がそんなに冷たいものばかり飲むのは。」

「え〜……氷がないと無理だよ。」思わずむくれる。


すると初は、ふっと優しく笑った。近すぎず、遠すぎず、安心できる距離で。

「喉と体、大事にしなきゃだめだよ。」


そして、少し間を置いてから言った。

「俺、好きなんだ。」

「……君の声。」


——ドクン。


心臓が一気に跳ね上がる。ただの忠告のはずなのに、「好き」という二文字が、頭の中で意味を勝手に変えてしまった。勘違いだよね?分かってる。でも、顔も鼓動ももう止められない。


私は慌ててうつむいた。「う、うん……分かった。」


初は何も言わず、ただ静かに笑っていた。その穏やかさが、余計に私を落ち着かなくさせた。



夜道を歩いていると、涼しい風が頬を撫でた。


「帰り、気をつけてな。俺はもう少し残るから。」初はポケットに手を突っ込んだまま言った。

「うん、またね。」私は手を振り、角を曲がった。


その時、スマホが震えた。画面に浮かぶのは、見慣れた名前。


【蒼:今、話せる?】


——足が止まる。


それは、私へのメッセージじゃなかった。「澄」へのものじゃない。「ハク」へのものだった。指先が画面の上で止まり、動かない。胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


「……もし私がハクじゃなかったら。蒼は、私を探してくれるの?」


返事は打たなかった。ただ、その文字を見つめていた。


頭の中で、二つの声が重なる。


一つは蒼——「俺たち、好きなもの似てるな。」

一つは初——「俺、好きなんだ。君の声。」


私は拳を握りしめる。


「……何を勝手に期待してるんだろう、私。」


その「ときめき」は、本当に小さなもの。でも、確かにここにあった。


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