第四話|二度目のはじまりの旋律
──現在──
澄【はぁ……懐かしいなあ……】
―既読―
澄【……返事くらいしてよね?】
「……ほんと、なんでこんなふうにいなくなるの。」
私はスマホのロックボタンを押し、画面を閉じた―が、すぐに再び画面が光る。
マネージャー【ハク、カバー曲のリリース決まったよ〜】
*
今の私は、Vtuberとして活動している。名前は『澄花 ハク』。
最初はただの興味本位だった。「面白そうだな」って思って、軽い気持ちで応募しただけだったのに──まさか、本当に受かるなんて。
今では絵を描いたり、歌を歌ったり、この小さくて安全な世界で、自分の“好き”を形にして過ごしている。
性格も、昔とはずいぶん変わった。今の私は、人見知りで内向的。面と向かっての会話もあまり得意じゃない。だからこそ、あの可愛らしいバーチャルの顔を通して、カメラの前で話しているときだけが、ちょっとだけ安心できる時間だった。
澄【……うん、わかった。】
そう返事をしてから、私はふと、あの時のことを思い出した。
蒼が、私のために弾いてくれた曲。そして、彼が時々SNSに投稿していた、自作のメロディたち。彼は、ずっと音楽が好きだった。職業にしようとは思ってなかったかもしれないけど──私には分かっていた。彼にとって、あの音たちは、誰よりも大切なものだったって。
澄【あ、あの……すみません】
澄【今回の曲、友達と一緒に作ってもいいですか?普段から音楽をやってる子なんです。ちょっと試してみたくて……】
マネージャー【OKだよ──。でも、最終チェックは会社に通してね?】
澄【はいっ、ありがとうございます!】
*
ハク【こんにちは、初めまして。Vtuberの『澄花ハク』です】
ハク【作曲に興味があるって聞いて、お声がけしました。実は今度カバー曲を出す予定なんですが──よかったら、楽曲制作を手伝ってもらえませんか?】
突然届いたDMに、蒼は戸惑った。ただの趣味で、気まぐれに投稿していた音楽。まさか、それを見て声をかけてくる人がいるなんて、思ってもみなかった。
蒼【……?えっと、ほんとに趣味程度でしかやってないので、上手くはないです】
ハク【まずは試してみませんか?それとも、先に私の声を聴いてみます?】
蒼【……じゃあ、その……よろしくお願いします。】
こうして私は、「ハク」という名前で蒼に連絡を取った。配信では変えた声を使っていたから、彼は私の正体にはまったく気づかなかった。いくつかのやり取りのあと、私たちは──無事、第一作目の楽曲を完成させた。
澄【マネージャーさん、歌、録れました!】
マネージャー【OK、それじゃあ編集部に回しておくね〜】
編集部の役割は、最終確認をして、問題がなければ動画をチャンネルにアップロードすること。そのチェックが終わるまでは、まだ世に出ない。
【件名:ハクのデビューカバー曲、よろしくお願いします】
「……新人?」
カチッ、カチッ。マウスをクリックする音が響いた。
茶金色の髪、琥珀色の瞳。『彼』は静かにヘッドホンを装着し、再生ボタンを押した。
「……うわ、すごいな。この新人……めちゃくちゃ歌上手いじゃん。」
そう言って、口元に微かな笑みを浮かべながら、彼は何度もその曲を聴き返した。
「……どんな顔してるんだろうな。」
画面をじっと見つめるその横顔に、やわらかな光が差し込んでいた──その一瞬で、世界が少しだけ動き出す音がした。