第三話|送られてきた曲
夏休みが近づく頃、私たちはそれぞれの道へと進み始めた。そう、高校を卒業したのだ。
あの日から、蒼は時々よく分からないことを口にするようになった。私はといえば、その度に振り回されてばかりだった。
あの時の旅行は、たぶん「卒業旅行」ってやつだったのかもしれない。何気なくて、楽しくて、気がついたら、お互いの肩にもたれかかって、いつの間にか眠ってしまっていた。そしてそのとき、私は蒼のバッグに、こっそり自作のカードを忍ばせた。
*
その後、私たちはそれぞれ別の都市の大学に進学し、会うことさえも簡単にはいかなくなった。
あの日は、蒼の誕生日だった。
澄【誕生日おめでとう!!】
澄【プレゼント! 送ったやつ、届いた?】
少ししてから、蒼から一枚の写真が届いた。それは、私が送ったキーホルダーが彼の鍵につけられている写真だった。
蒼【ありがとう、届いたよ】
蒼【……これで、いつでも見られるね】
画面を見つめたまま、私はしばらく動けなかった。顔が一気に熱くなる。
(な、なにそのセリフ!?それって、友達に言うようなこと!?)
*
ある日の夜、突然蒼からメッセージが届いた。
蒼【なあ、お前って、好きな曲とかアーティストっている?】
澄【え? なんで急に?】
蒼【いいから、教えろよ】
澄【うーん……たぶん、《アルビレオ》って曲かな。歌詞がすごく好きなんだよね!】
蒼【へぇ……そんなの初めて聞いた】
澄【だって、聞いてこなかったじゃん】
蒼【そうだな。で、お前、誕生日の日って空いてる?】
澄【え? 空いてるけど?】
蒼【じゃあ、飯行こう】
澄【うん、誰か誘ってるの?】
蒼【誰も。俺とお前だけ】
澄【……あ、うん】
蒼【迎えに行く】
*
誕生日の朝、私は内心ずっとドキドキしていた。やっと蒼と「デート」できる。そんな気持ちだった。寮を飛び出し、待っていてくれた蒼の元へ駆け寄った。
「ごめん、待たせちゃった?」
「いや、別に……行こうぜ」
レストランは私が適当に選んだ店だった。
メニューを見ながら少し悩んで──
「じゃあ、これにしよっかな?」
席を立ってお会計に向かおうとしたとき、蒼が私の手を押さえた。
「……誕生日のやつは、払わなくていい」
「えっ、でも……いいの?」
「うん、座ってな」
そう言って、彼は私の財布をひょいっと奪ってしまった。
*
一番驚いたのは、
あの蒼が、食事中に一度もスマホをいじらなかったことだった。
始まりから終わりまで、彼の視線はずっと──私に向いていた。
*
「送ってくれてありがとう。帰り、気をつけてね」
寮の前でそう言うと、彼は小さな箱を差し出してきた。
「これ、やるよ」
「……これって?」
それは、私がいつも送っていたスタンプのキャラだった。
「お前、これ好きだろ?」
「……うん! 大好き!」
安っぽくて、特別なものじゃないのに、不思議と心があったかくなる、そんな贈り物だった。
「じゃあ、行くわ」
*ピンッ*
スマホの通知が鳴った。
「……ん?」
蒼【まだ、渡しきってないものがある】
続いて、一本の動画ファイルが届いた。
「え、なにこれ? めっちゃ重い……」
じれったくなるほど遅いダウンロードを見つめながら、私はソワソワしていた。
ようやく再生ボタンが押せるようになって、タップする。
「……え? 手?」
画面の中には、ピアノを弾く蒼の手──それは、以前私が「一番好き」と言った、あの曲だった。
蒼【誕生日、おめでとう】
画面を見たまま、私は固まってしまった。
そして、涙が今にもこぼれそうになる。
こんなにも私のために、心を込めてくれた人なんて、今までいなかった。
「ありがとう……こんな誕生日プレゼント、初めてだよ……」
私は画面に指を置き、一文字ずつ、震える手でメッセージを打った。
澄【蒼】
澄【話したいことがあるの】
蒼【?】
澄【……卒業旅行のとき、君のバッグにカード入れたの、覚えてる?】
蒼【……ああ、見たよ】
そのカードには、私の想いをすべて詰め込んだ告白の言葉が書かれていた。
蒼が私の生活にいてくれること。
そばにいてくれた日々。
彼の細やかさ、時々見せる優しさ。
意地悪な言葉を投げかけながらも、結局は私を気にかけてくれる、そんなところが──全部、好きだった。
本当に、大好きだった。
澄【……それで、返事……してくれる?】
蒼は、しばらく沈黙していた。そして
蒼【もし……もし俺が、お前の気持ちに応えられなかったら、お前は、すごく傷つくのか?】
私は、スマホの画面を見つめたまま、時が止まったように動けなかった。
「……え、どういう意味……?」
……それってつまり、私のこと、好きじゃないってこと?あんなに、いろいろしてくれたのに?