表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第三話|送られてきた曲

 夏休みが近づく頃、私たちはそれぞれの道へと進み始めた。そう、高校を卒業したのだ。

 あの日から、蒼は時々よく分からないことを口にするようになった。私はといえば、その度に振り回されてばかりだった。


 あの時の旅行は、たぶん「卒業旅行」ってやつだったのかもしれない。何気なくて、楽しくて、気がついたら、お互いの肩にもたれかかって、いつの間にか眠ってしまっていた。そしてそのとき、私は蒼のバッグに、こっそり自作のカードを忍ばせた。


 *


 その後、私たちはそれぞれ別の都市の大学に進学し、会うことさえも簡単にはいかなくなった。


 あの日は、蒼の誕生日だった。


 澄【誕生日おめでとう!!】

 澄【プレゼント! 送ったやつ、届いた?】


 少ししてから、蒼から一枚の写真が届いた。それは、私が送ったキーホルダーが彼の鍵につけられている写真だった。


 蒼【ありがとう、届いたよ】

 蒼【……これで、いつでも見られるね】


 画面を見つめたまま、私はしばらく動けなかった。顔が一気に熱くなる。


 (な、なにそのセリフ!?それって、友達に言うようなこと!?)


 *


 ある日の夜、突然蒼からメッセージが届いた。


 蒼【なあ、お前って、好きな曲とかアーティストっている?】


 澄【え? なんで急に?】


 蒼【いいから、教えろよ】


 澄【うーん……たぶん、《アルビレオ》って曲かな。歌詞がすごく好きなんだよね!】


 蒼【へぇ……そんなの初めて聞いた】


 澄【だって、聞いてこなかったじゃん】


 蒼【そうだな。で、お前、誕生日の日って空いてる?】


 澄【え? 空いてるけど?】


 蒼【じゃあ、飯行こう】


 澄【うん、誰か誘ってるの?】


 蒼【誰も。俺とお前だけ】


 澄【……あ、うん】


 蒼【迎えに行く】


 *


 誕生日の朝、私は内心ずっとドキドキしていた。やっと蒼と「デート」できる。そんな気持ちだった。寮を飛び出し、待っていてくれた蒼の元へ駆け寄った。


「ごめん、待たせちゃった?」


「いや、別に……行こうぜ」


 レストランは私が適当に選んだ店だった。

 メニューを見ながら少し悩んで──


「じゃあ、これにしよっかな?」


 席を立ってお会計に向かおうとしたとき、蒼が私の手を押さえた。


「……誕生日のやつは、払わなくていい」


「えっ、でも……いいの?」


「うん、座ってな」


 そう言って、彼は私の財布をひょいっと奪ってしまった。


 *


 一番驚いたのは、

 あの蒼が、食事中に一度もスマホをいじらなかったことだった。


 始まりから終わりまで、彼の視線はずっと──私に向いていた。


 *


「送ってくれてありがとう。帰り、気をつけてね」


 寮の前でそう言うと、彼は小さな箱を差し出してきた。


「これ、やるよ」


「……これって?」


 それは、私がいつも送っていたスタンプのキャラだった。


「お前、これ好きだろ?」


「……うん! 大好き!」


 安っぽくて、特別なものじゃないのに、不思議と心があったかくなる、そんな贈り物だった。


「じゃあ、行くわ」


 *ピンッ*

 スマホの通知が鳴った。


「……ん?」


 蒼【まだ、渡しきってないものがある】


 続いて、一本の動画ファイルが届いた。


「え、なにこれ? めっちゃ重い……」


 じれったくなるほど遅いダウンロードを見つめながら、私はソワソワしていた。


 ようやく再生ボタンが押せるようになって、タップする。


「……え? 手?」


 画面の中には、ピアノを弾く蒼の手──それは、以前私が「一番好き」と言った、あの曲だった。


 蒼【誕生日、おめでとう】


 画面を見たまま、私は固まってしまった。

 そして、涙が今にもこぼれそうになる。


 こんなにも私のために、心を込めてくれた人なんて、今までいなかった。


「ありがとう……こんな誕生日プレゼント、初めてだよ……」


 私は画面に指を置き、一文字ずつ、震える手でメッセージを打った。


 澄【蒼】

 澄【話したいことがあるの】


 蒼【?】


 澄【……卒業旅行のとき、君のバッグにカード入れたの、覚えてる?】


 蒼【……ああ、見たよ】


 そのカードには、私の想いをすべて詰め込んだ告白の言葉が書かれていた。


 蒼が私の生活にいてくれること。

 そばにいてくれた日々。

 彼の細やかさ、時々見せる優しさ。

 意地悪な言葉を投げかけながらも、結局は私を気にかけてくれる、そんなところが──全部、好きだった。


 本当に、大好きだった。


 澄【……それで、返事……してくれる?】


 蒼は、しばらく沈黙していた。そして


 蒼【もし……もし俺が、お前の気持ちに応えられなかったら、お前は、すごく傷つくのか?】


 私は、スマホの画面を見つめたまま、時が止まったように動けなかった。


「……え、どういう意味……?」


 ……それってつまり、私のこと、好きじゃないってこと?あんなに、いろいろしてくれたのに?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ