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第二話|名前のない付き添い

日々がゆっくりと過ぎていく中で、進学試験もついに終わりを迎えた。


「や──っと終わったぁ!」


澄は大きく伸びをしながら、後ろの席に座っている少年に手を振った。


「ねえ、蒼。覚えてる?あの約束。」


「うん、覚えてるよ。」


蒼が覚えていたのは、澄が以前言っていた言葉──試験が終わったら、ちゃんと返事をすると言っていたこと。

そして、自分がその時うなずいた瞬間、彼女の瞳に宿った光。忘れてなんかいない。あの「既読ー」な日々は、もう二度と繰り返さないって決めた。


蒼は志望していた大学に無事合格し、最近では学校にもあまり顔を出さなくなった。

一方の澄は、これから本格的に進学試験へ向けて準備を始めるところだった。


放課後、澄がふいに蒼のもとへ歩み寄る。


「明日のお昼、ひとりで図書館に行こうと思ってて。なんか、家だと集中できなくてさ……」


「ん?なんでひとりで?」


「え?ダメ?」


「いや、友達誘えばいいのに……」


「えーやだよ、ひとりのほうが気楽じゃん。」


「……ちょうど明日、学校に来る予定あるんだ。オレも一緒に行くよ。」


「えっ、いいってば!」


「うるさい。」


(……たぶん、ただの社交辞令でしょ。)



翌日のお昼。


蒼が教室に現れたのは、昼休みもそろそろ終わる頃だった。

澄はすでに昼食を済ませていて、静かに教科書とノートをカバンに詰めていた。誰にも声をかけることなく、そのまま一人で教室を後にする。


(蒼、誰かと話してたし……まあいいや。どうせ本気じゃなかったんでしょ。)


そう思いながら足を止めることなく、図書館の窓際の席に腰を下ろした。イヤホンを耳に差し、教科書を開く。


「……よし、始めよう。」


——コン、コン。


机を叩く小さな音に顔を上げると、視界に入ってきたのは、見慣れた指先。

その手の先には―蒼がいた。

彼は無言で椅子を引き、澄の正面に座る。


「……来るなら一言言ってよ。」


澄は慌てて片耳のイヤホンを外し、少し驚いた顔で彼を見つめた。


「だって、誰かと話してたでしょ……だから呼ばなかっただけ。」


蒼はスマホを手に取り、画面を見ながら淡々と答える。


「付き添うって言ったじゃん。」


(……え、ただ座ってるだけ?退屈じゃないの?)

(……ほんとに、なんで来たの?意味わかんない……)


蒼は特に何をするでもなく、ただ時折、ちらりとこちらを見ただけだった。


我慢できずに、澄がぽつりと口を開く。


「……ヒマじゃないの?」


蒼はその問いには答えず、小さな声でこう言った。


「集中しな。」


互いに何も多くを語らない。一人は教科書をめくり、もう一人はスマホをいじる。

そんな静かな時間の中で──不思議と、澄の心も少しずつ穏やかになっていった。


——キンコンカンコーン。チャイムの音が図書館に響く。


「終わったね。帰ろっか。」


澄は本を抱えて立ち上がると、蒼と並んで教室への道を歩く。

途中、すれ違ったクラスメイトが、からかうような視線を送ってきた。


「えっ、ちょっと、ふたりって……?」


「ち、ちがうから!そういうんじゃないって!」


澄は慌てて手を振り、頬を少し赤らめた。


「……」


蒼は何も言わなかった。表情も変えず、ただ静かに、澄の隣を歩いていた。

その沈黙には意味があるのか、ないのか──少なくとも、彼女にとっては、それだけで十分だった。

それはまるで、言葉にしない「特別な付き添い」のようで。

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