1 よろしくない噂
帝国の中堅貴族であるオルデラ伯爵の長女、ミアには、「よろしくない噂」があった。
それは、ミアが婚約すると、婚約の相手が不幸になるという噂だ。
今から2年前、ミアが18歳のとき。ミアは、とある侯爵家の嫡男と婚約した。
侯爵家の嫡男は、甘いマスクに洗練された優雅な所作。ミアを優しくもてなし、侯爵家の広大な美しい庭園を案内してくれた。
「ミアさん。私は貴女を大切にします。お互いにこの侯爵家をより良いものにしていきましょう」
「……はい!」
家同士の結び付きを強めるための縁談ではあったが、ミアは、婚約相手に一目惚れをした。
しかし、その婚約から半年後、侯爵家の嫡男が手掛けていた交易が大失敗したらしく、婚約は破棄されてしまった。
「どんなに生活が苦しくても構いません。結婚させてください!」
ミアはそう頼みこんだが、両親だけでなく侯爵家からも結婚は諦めて欲しいと言われてしまった。
それから半年後、失意のミアに新たな縁談が舞い込んだ。
お相手は、とある辺境伯の嫡男だった。
辺境伯の嫡男は、長身で逞しく、武芸に秀で、近衛師団のホープ。帝都にある辺境伯の豪奢な別館にミアを案内し、馬術や槍術の腕前を披露してくれた。
「ミアさん。私はどんなことがあっても貴女を守り通します。一緒に領地を守り育てていきましょう!」
「……はい!」
この縁談も、家同士の結び付きを強めるためのものではあったが、ミアは、今度の婚約相手にも一目惚れだった。
しかし、それから半年後、辺境伯の嫡男は軍務で大失態をしでかしたようで、近衛師団の要職を解任。婚約は破棄されてしまった。
「失敗をしない人間なんていません。私は気にしません。結婚させてください!」
ミアはそう頼みこんだが、今回も、ミアの両親だけでなく、辺境伯家から結婚は諦めてくれと言われてしまった。
それ以降、ミアは「不幸を呼ぶ伯爵令嬢」として帝都ですっかり有名になってしまった。
† † †
「何が『不幸を呼ぶ伯爵令嬢』よ! そんなの偶然に決まってるわ。ね、ティオ?」
2度目の婚約破棄の翌年、とある昼下がり。伯爵家の馬車の中で、ミアが向かいに座る従者のティオに尋ねた。
「おっしゃるとおりです、お嬢様。お嬢様が人を不幸にすることなど絶対にありません」
「そこまで断定的に言われると逆に心配になるわよ、ティオ。あと、馬車の中で他に誰もいないんだから、『ミア』でいいよ」
真面目な顔で答えたティオに、ミアが苦笑しながらそう言った。
ティオは20歳。ミアと同い年で、赤い巻き毛に丸縁メガネが印象的な青年だ。伯爵家の館近くの商家の次男で、ミアとは幼馴染み。
ミアは、気が合うと貴賤分け隔てなく仲良しになる性格で、幼い頃、両親の反対を押し切り、仲良くなった近所の子ども達を伯爵家の庭園に誘い、いつも一緒に遊んでいた。
その子どもの一人がティオだった。そして、4年ほど前から伯爵家の従者として働くようになっていた。
そんなティオが、笑顔でミアに言った。
「ミア様、今回の縁談が『三度目の正直』になればいいですね」
「そうね。『二度あることは三度ある』にならなければいいけど」
ミアがそう言って笑うと、馬車の窓の外に目をやった。
「今回は大丈夫かな……」
「きっと大丈夫です! ミア様」
ティオがそう言って強く頷くと、メガネがずり下がってしまった。
ティオが慌ててメガネの位置を直す。
「……何だか余計に心配になってきたわ」
ミアが苦笑しながらそう言ったとき、馬車が今回の縁談相手である宮中伯の嫡男の住む別荘に到着した。