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霧の中の先輩

初投稿です。高評であれば続きを書こうと思います。

15年目のブロッサム 魔法少女の残響 第1話霧の中の先輩


 月影(つきかげ)市の夜は、霧に沈む。紫がかった灰色の靄が路地を這い、街灯の光を滲ませる。この街では、霧が濃くなる夜、魔物が現れる。異界の怪物だ。黒い毛皮に覆われた獣、蜘蛛のような脚、赤く爛々と光る目。牙からは血と涎が滴り、爪には肉片がこびりつく。生臭い息が霧に混ざり、人間を喰らう本能だけで動く。言葉も意思もなく、破壊と恐怖を撒き散らす。月影市の住人は、霧の夜には外に出ない。だが、魔物は容赦なく襲う。暗い路地、公園の茂み、廃ビルの影。血の匂いが霧に溶け、悲鳴が響く。それが、月影市の現実だ。


 桜庭桃花(さくらばとうか)、27歳、フリーター。昼はコンビニ、夜は居酒屋。給料は家賃とタバコ代で消える。アパートの窓辺に立ち、メビウス8ミリロングのタバコに火をつける。煙が霧に溶ける。黒髪は肩で切り揃えられ、目は気怠げに曇る。ジャケットの下、首に銀の鎖のペンダント。桜の花びらを模したピンクと白のガラス細工、中心に星型のクリスタルが輝く。星桜のペンダント。15年前、12歳の彼女が選んだ魔法少女のアイテムだ。縁は欠け、血と霧で汚れている。ペンダントを握り、思う。面倒くさい。全部。


 桃花は魔法少女だ。15年前、黒猫の使い魔クロエと契約し、「ブロッサム・ノワール」となった。魔法少女は魔物と戦い、世界を守る存在。使い魔と契約し、変身アイテムで魔法を操る。星桜のペンダントは、桃花を変身させ、桜の花弁を刃に変える。子供の頃、彼女はそれを夢と呼んだ。ヒーローになる、正義のために戦う。そんな幻想だ。今は違う。ヒーローなんて笑いもの。血と痛み、終わらない戦い。それが魔法少女の現実だ。


 桃花は15年間、魔物を狩り続けている。12歳から27歳まで、霧の夜を戦い抜いた。なぜ辞めないのか? わからない。習慣だ。クロエの指示に従い、魔物を倒す。それだけ。15年の戦いは、彼女を魔物以上に強くした。変身せず、素手で怪物を屠れる。だが、心は重い。何かを失った感覚が、胸を締め付ける。昔の笑顔、夢、仲間。取り戻せなかったもの。星桜のペンダントを握ると、12歳の自分が笑う。あの笑顔は遠い。何のために、やってるんだろう。


「桃花、魔物が出た。商店街の裏、いつもの路地」


クロエの声が頭に響く。黒猫の姿はもう見ていない。昔は膝に乗ってきたのに。今は指示係。「はいはい、了解」と気怠げに呟き、ジャケットを羽織る。ペンダントが胸で揺れる。変身はしない。15年の経験は、彼女を化け物にした。霧へ踏み出す。面倒だ。

 商店街の裏、シャッターが錆びた路地。霧が濃く、視界は数メートル。タバコをくわえ、火をつける。煙が霧に溶ける。路地の奥で、黒い影が蠢く。魔物だ。犬ほどの大きさ、蜘蛛の脚、赤い目。牙から涎が滴り、爪が地面を削る。生臭い匂いが鼻をつく。うるさいな。

 タバコを吐き出し、ペンダントを握る。変身は不要。左手を振ると、桜の花弁が舞う。「黒桜の花嵐」。花弁は刃となり、魔物の脚を切り裂く。血が霧に飛び散る。魔物が咆哮し、突進。動かない。右手を振り、拳が頭に直撃。鈍い音。魔物の体が沈む。10秒もかからない。あっさりすぎる。

 終わった。帰ろう。タバコを拾い、火をつけ直す。血の匂いが混じる。ペンダントに血が付く。拭かず、握る。15年間、こんな夜が続いた。魔物を倒す。人が助かる。それで何だ? 世界は変わらない。人生も。クロエの声。「もう一体、公園の方。急いで」


「はぁ、めんどくさい」


ため息をつき、霧の奥へ。煙が背中に漂う。

 

 月影公園、霧が木々を飲み込む。ベンチに腰かけ、タバコを吸う。魔物の気配は遠い。クロエの声が急かすが、無視する。急いだところで、何も変わらない。目は霧の向こうをぼんやり見つめる。昔はこんな夜に胸が躍った。星桜のペンダントを選んだ12歳の自分。あの頃は、どこに行った? 笑えるよ、ほんと。

 ペンダントを握る手が震える。目を閉じる。面倒だ。全部。叫び声。少女の声。目が細まる。魔物の気配が接近。クロエの声。「桃花、早く! 新米がやられてる!」


「新米? 魔法少女?」


立ち上がり、タバコを捨てる。面倒だ。だが、足は動く。霧を切り、公園の奥へ。叫び声が近づく。白と青の衣装の少女。ポニーテール、青緑の瞳、風を操る杖。魔物に囲まれ、風の刃を放つが、乱れる。魔物は小型だが数が多く、マントを切り裂く。

 こんなのに契約させるなんて、使い魔も落ちたもんだ。霧の影に立つ。少女が叫ぶ。「離して! やめて!」

 恐怖に震える声、怯えた表情が昔の自分と重なり胸が締め付けられる。ペンダントを握り、手を振る。桜の花弁が舞い、魔物を切り裂く。血飛沫が霧に溶ける。少女が呆然と見つめる中、気怠げに呟く。「子供は早く帰れ」


少女が叫ぶ。「誰!? 魔法!?」


「うるさい」


背を向け、霧に消える。視線が背中に刺さる。クロエの声。「彼女、天海葵。新米の魔法少女だ」


「知らないよ」


タバコに火をつけ、歩く。葵の青緑の瞳が焼き付く。純粋で熱い。昔の自分に似ていた。面倒な奴が来たもんだ。


 天海葵(あまみあおい)、16歳、高校2年生。学校では目立たない。友達はいるけど、どこか浮いている。普通の高校生、普通の人生。それが嫌だった。特別になりたかった。テレビで見た魔法少女のアニメ。キラキラした衣装、悪を倒す姿、みんなの笑顔。あんなヒーローになりたい。1ヶ月前、青い鳥の使い魔ルナが現れ、言った。「君には力がある。魔物から人を守るヒーローになれる」。心が躍った。やっと、私の居場所が見つかった。魔法少女は、私を特別にする。私はヒーローになるんだ。

 部屋で変身。白と青のドレス、マントが揺れる。風詠の杖を握り、鏡の前でポーズを決める。恥ずかしいけど、胸が高鳴る。この力があれば、誰かを守れる。ヒーローになれる。なのに、心のどこかで不安が囁く。戦いは怖い。血の匂い、魔物の目。ルナは言う。「怖くても、戦うのが魔法少女だよ」。頷く。怖くても、ヒーローになる。特別になるんだ。

ルナの声。「葵、魔物が出たよ。商店街の裏」


「うん、行く!」


窓から飛び出し、霧の街へ。杖を振ると、風が体を軽くする。魔法少女だ。特別だ。心が震える。学校で誰も知らない、私だけの秘密。この力で、月影市を守る。ヒーローになるんだ。商店街の裏、霧が濃い。魔物が現れる。影のような体、蜘蛛の脚。杖を振る。「風詠の刃!」 風の刃が魔物を切り裂く。勝てる、と思った。だが、別の魔物が襲う。風が乱れ、マントが裂け、腕に痛みが走る。

 やだ、怖い。死にたくない。心が叫ぶ。こんなはずじゃなかった。ヒーローは怖がらない。なのに、なぜ震える? ルナの声。「葵、集中して!」 体が震える。魔物が迫る。霧の奥から桜の花弁が舞う。花弁は刃となり、魔物を一掃。血が霧に溶ける。呆然とする。女の人が立つ。黒髪、気怠げな目、タバコの煙。変身せず、手を振っただけ。


「子供は早く帰れ」


投げやりな声。叫ぶ。「誰!? 魔法!?」


「うるさい」


背を向け、霧に消える。心がざわつく。強すぎる。カッコいい。なのに、ムカつく。あんな態度、魔法少女じゃない。ヒーローは、笑顔で、熱くなくちゃ。ルナの声。「彼女、桜庭桃花。伝説の魔法少女だよ」


「伝説…?」


胸が熱くなる。強かった。けど、間違ってる。魔法少女は、みんなを笑顔にする存在なのに。なぜ、あんな冷たい目? 拳を握る。あんな人、認めない。ヒーローとして、追い越してやる。特別な私になるんだ。

 

 数日、桃花のことを考える。気怠げな目、タバコの煙、桜の花弁。強すぎる。けど、魔法少女として失格だ。ヒーローは熱くなくちゃ。学校では、友達の笑い声が遠い。誰も私の秘密を知らない。魔法少女の私は、特別なのに。なのに、桃花の目が頭から離れない。冷たくて、悲しそう。あの人は、どんなヒーローだったんだろう。

 ルナに愚痴る。「桃花さん、嫌い! カッコいいけど、ムカつく! 魔法少女なら、もっと熱くなくちゃ!」 


ルナは笑う。「彼女には理由があるよ。見てみなよ、彼女の戦いを」


「見ても、変わらないよ! 私が本物のヒーローになる!」


意気込む。強くなって、桃花を追い越す。特別になる。ヒーローになって、みんなを笑顔にする。心が燃える。私は、魔法少女だ。


ルナの声。「葵、魔物だ。公園の奥、急いで!」


変身し、霧の公園へ。魔物は狼型、黒い毛皮が濡れ、爪が風を切り裂く。赤い目が爛々と光る。牙から涎が滴り、地面に血だまりを作る。生臭い匂いが鼻をつく。怖い。でも、負けない。杖を振る。「風詠の刃!」 風の刃が肩を切り裂く。血が霧に飛び散る。勝てる、と思った。だが、魔物は速い。咆哮と共に跳びかかり、爪がマントを裂く。肩に鋭い痛み。血がドレスを濡らし、腕が重くなる。


「うっ…!」


後退する。魔物は容赦ない。牙を剥き、生臭い息が顔に吹きかかる。爪に肉片がこびりつき、血が滴る。吐き気がする。心臓がバクバクする。やだ、怖い。死にたくない。体が震え、杖が滑る。こんなはずじゃなかった。ヒーローは、怖がらない。なのに、なぜ動けない? ルナの声。「葵、逃げて!」

足が動かない。爪が振り下ろされる。肩の傷が裂け、血が噴き出す。悲鳴が漏れる。「やめて! 助けて!」 地面に倒れ、杖が転がる。魔物の目が飲み込む。濡れた毛皮、爪の血、牙の涎。私は、ヒーローになれない。自分への怒りが胸を焼く。特別なんかじゃなかった。弱い、ただの女の子だ。涙が溢れる。死ぬ、と思った。心が叫ぶ。誰か。


霧の奥から声。「またお前か」


桃花だ。タバコをくわえ、気怠げに立つ。叫ぶ。「桃花さん、危ない! 逃げて!」


「……」


変身しない。魔物が突進。桃花の手が動く。素手で首を掴み、一撃で折る。鈍い音。魔物の体が崩れ、血が靴を濡らす。タバコに火をつけ、吐き出す。「終わったぞ」


 震える。強すぎる。変身せず、素手で。一瞬で。血の匂いが鼻をつく。肩の傷が脈打つ。自分との差が、胸を締め付ける。私は、魔法少女なのに。涙が止まらない。ヒーローになれなかった。桃花の目。気怠げで、冷たい。でも、温かい。あの人は、ヒーローだ。心が震える。強くなりたい。桃花さんみたいに。特別になりたい。


「死にたくなければ、強くなれ」


背を向け、霧に消える。地面に崩れ落ちる。ルナの声。「彼女、すごいよね」


「うん…すごい…」


悔しい。弱い。血がドレスに滲む。けど、ただ強いだけじゃない。あの目、なにか背負ってる。私は、ヒーローになる。桃花さんを超える。拳を握る。教えてください。強くなりたい。


  数日後、コンビニへ。桃花が働く店。ルナに聞いた。桜庭桃花、27歳、フリーター。魔法少女15年目。伝説って、どんな人生? 肩の傷が痛む。あの夜の恐怖が蘇る。けど、負けたくない。魔法少女として、特別になる。ヒーローになる。桃花さんに、近づきたい。心が燃える。

カウンターに桃花。タバコの匂い、気怠げな目。深呼吸。「桃花さん!」


目が細まる。「何だ、子供」


「私、天海葵! 魔法少女です! 教えてほしい! 魔法少女として、人生の先輩として!」


頭を下げる。心臓がバクバクする。私は弱い。けど、変わりたい。ヒーローになって、みんなを笑顔にする。桃花さんを超えるんだ。桃花はため息。「面倒くさい」


「おねがいです! 強くなりたい! 桃花さんみたいに! ヒーローになりたい!」


桃花の目。青緑の瞳、純粋で熱い。胸が締め付けられる。昔の自分に似てる。いや、違う。あの子は、希望を持ってる。放って置けないな。


「…勝手にしろ」


背を向け、レジを叩く。笑う。「ありがとう、桃花先輩!」


「先輩って呼ぶな」


気怠げな声。葵の笑顔が、桃花の心に刺さる。霧の夜は続く。魔物は現れる。魔法少女は戦う。面倒な後輩が、できちゃったな。


 アパートの窓辺でタバコを吸う。霧が街を飲み込む。クロエの声。「桃花、葵のこと、どう思う?」


「うるさいガキ」


「ふふ、似てるよね、昔の君に」


黙る。星桜のペンダントを握る。胸を締め付ける。葵の瞳が、脳裏に浮かぶ。あの子の希望、守れるのか? 15年間、誰も守れなかったのに。ま、いい。どうせ、続くんだ、この夜は。


煙が霧に溶ける。立ち上がり、ペンダントを握る。霧の先へ、歩き出す。

お読みいただきありがとうございます。よろしければ感想などを書いていただけると励みと学びになります。

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― 新着の感想 ―
なるほどねぇー設定は面白そうだと思ったけど、描き方というか、言語化は難しいんだけど、何かが僕とはあまり合わないなぁ。トウカの気だるげな感じと葵ちゃんの典型的な魔法少女な感じが凄く対比が効いてていいんだ…
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