9
街の広場は中央に喫食スペースと思われるテーブルと椅子が設置されていて、それを取り囲むように飲食系の露店が多く並んでいた。そこかしこから美味しそうな匂いが漂ってきて、お腹が鳴りそうになる。それを見透かしたようにお姉様が「一度休憩しようか」と提案した。
お姉様とヴィルとアンが食べるものを調達、ジェニア様とリュナさんと私が座席の確保を任せられた。そう割り振りをしてからトラブルに巻き込まれる懸念に気付いたお姉様に、ジェニア様が「リュナは私の護衛も兼ねていますから問題ありませんわ」と胸を張り、本人も「お二人の御身はお任せください」と続けて、お姉様も納得したようだった。
六人分の席を確保して一息つく。
「まさか、ヴィオレッタ様が二年の攻略対象と親しくしているなんて……」
「驚きましたね」
「愛称でお呼びするような距離感なんてズルいわ、形に残るものをというアドバイスはよくやったと思うけれど」
私は悪印象は持たなかったけれど、ジェニア様は自分が好みじゃなかったキャラが推しと仲良くしている状況を受け入れがたいのだろう。実際、顔に「複雑だ」と書いてある様に見えた。
「思い出したのだけれど、花祭りってあの攻略キャラのフラグ立てイベントの一つだったわ。ヒロインが一人で花祭りに行く選択をすると酔っぱらいに絡まれて」
話を遮るように少し離れたところから喧騒に紛れて「やめてください!」と聞こえ、思わず視線を向けるとペールピンクの髪の少女が男に絡まれているところが見えた。ジェニア様の「そう、あんな風に」という言葉が耳に届いてから、先程見たばかりのオレンジ髪の青年が彼らの間に入り、何やらやりとりをして少女を連れていった。
しばらく彼らの立ち去った場所を呆然と見ていた。
「つまり、今のが」
「ええ、ゲーム内のイベントです」
顔を見合わせる。私はジェニア様のいうゲームを知らないけれど、貴重なものを見たという感覚はあった。きっと彼女もそうだろう。私たちの知らないところでゲームのストーリーは確実に進んでいるようだ。
間もなくして、お姉様たちが様々な食事を持って戻ってきた。
「お待たせしました、って二人ともぼんやりして大丈夫? そんなに疲れてた?」
「あ、いえ」
「思ったよりお腹が空いていたみたいです、たくさん買ってこられましたね」
「公爵令嬢様の好みがわからなかったから、とにかく色々買っていこうって。……あと、リネアにはこれも」
ヴィルはテーブルに持っていたものを置いて、服の裾で適当に手を拭って、アンから受け取った小さなドライフラワーの花束を私に差し出した。
「生花よりもこっちの方が日持ちするし、手間がかからないかなって」
「確かに、ありがとう」
受け取ろうとしたら、引っ込められて首を傾げると「今は見せただけ、あとでちゃんと渡すから」と言われた。隠しておけるものではないから先にプレゼントだと教えてくれたらしい。
「こちらを、受け取っていただけますか?」
「は、はいっ、ありがとうございます」
「装飾品はたくさんお持ちかと思いましたが、ジェニア嬢の黒髪に似合うと感じたので、アクセサリーケースの隅にでも場所をいただければ」
私たちのやり取りとは別にお姉様もジェニア様に贈り物を渡していた。
横目に見るとジェニア様が簡素な箱を開けているところだった。中には植物をモチーフにした銀の髪飾り、花の部分にはめられた宝石のような赤と青は恐らく色ガラスだろうが、細工は細かくきっと腕のいい職人が拵えた品だと思えた。感極まっているのか、箱を持つジェニア様の手がわずかに震えている。
「あの……今つけてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
お姉様の了承の言葉とともにリュナさんがどこからともなく櫛を取り出して、あっという間にジェニア様の髪をまとめて、最後に髪飾りを貴重な品物を取り扱うように丁寧に刺した。お姉様の見立て通り、ジェニア様の黒髪によく映えている。
「思った通り、よく似合っています」
お姉様が柔らかく目を細めて、そう伝えるとジェニア様は頬を赤らめて蚊の鳴くような声で「ありがとうございます」と言った。
そんな空気を読まずにヴィルが「続きは食べながらにしない」とテーブルに並んだ食事を示した。思い出した様に私のお腹が鳴いて、お姉様が「そうだね」と笑った。あまりにタイミングがよくて恥ずかしい。
テーブルの上には肉の串焼き、ソーセージの盛り合わせ、フィッシュフライとポテトフライにラップサンド、飲み物はおすすめされたそうでフルーツジュースだ。領地の収穫祭ではパンにチーズを乗せて焼いたものもあったなと懐かしさを覚えた。高貴な身分であるジェニア様は本来テーブルウェアのない食事は慣れていないだろうが、そこは転生者である、なんの抵抗もなく手を伸ばしていた。
「リュナさんはあんなに手早く素晴らしい髪結いができてすごいね」
「お褒めの言葉を賜り恐縮です」
「わ、わかります……! リュナさんはお仕事も丁寧で手早くてすごいんです! それとなくコツを教えてくださったりして優しいですし」
お姉様が先程のリュナさんの技術を褒めていると、普段あまり自分から口を挟むことをしないアンが同調の声を上げたのに驚いた。前に、リュナさんとはうまくやっているのかをそれとなく聞いたときによくしてくれているというようなことを言っていたが、相当慕っているようだ。私から見れば、アンも仕事ができる方だと思うけど、慣れない環境で手間取ることもあるのだろう、そんなときにフォローしてくれたら好感度が上がって当然、それが同室のよしみなのかジェニア様から言われているのかはわからないけれど。
ジェニア様も乗っかってリュナさんを褒めだすものだから、私が知る範囲で顔色を変えたのを見たことがない彼女の頬がほんの少しだけ赤く染まった。
そういえば、と隣で黙々と食事をするヴィルに思い浮かんだ質問を投げる。
「ヴィルは使用人は連れてきていないの?」
「僕は一人で出てきたから部屋の掃除とかは王城の人がやってくれているみたい。姉さんは僕らの乳母だった人を連れてきてるから連れ回すのは可哀想だからお休みにしてるんじゃないかな」
「そうなんだ、ヴィルらしいといえばらしいけど」
「兄さんも確か使用人は連れてなかったし、男は女の人ほど身だしなみに手はかからないしね」
「ヴィルは身なりに頓着してないだけだろう、リネアが他の男に目移りしないとは言い切れないんだから」
お姉様に口を挟まれてヴィルは口をへの字に曲げた。他の男に目移り、ねえ。考えてみる、これまでに一番お近づきになったのはダンスの授業のパートナーであるジェニア様の兄君だけど、思わず唸ってしまいそうになる。長身で冷たい印象ではあるがジェニア様と半分は血縁者なだけあってとても整った顔立ちをしている、のだけど、別に浮ついた気持ちにはならない。
くいっと袖を引かれて顔を上げる。
「リネアも、着飾った方がいいと思う?」
彼のためには肯定するべきなのかもしれない。でも私は――
「普段は今のままでいいかな。大事なときにちゃんとしてくれれば」
「うん、そのときは期待してて」
生暖かく見られているのがなんだか恥ずかしくて、この話はこれでと打ち切った。
食事を終え、十分休憩もできたとまた露店を見て歩きながら、ジェニア様が兄君につけペンを、殿下には赤色の花束を購入していた。殿下から花祭りの誘いは受けたことはないが、一応毎年花束は届けられるからそのお返しらしい。
殿下はお姉様の爪の垢を煎じて飲んだ方がいいと思う。そんな花祭りであった。