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「週末、一緒に花祭りに行かない?」


 昼休み、珍しく教室まで来たお姉様に誘われて食堂で昼食をともにしているとそんな提案をされた。咀嚼していたバゲットサンドを飲み込む。


「花祭り、ですか?」

「そう、花で彩られた城下町にいろんな出店が並ぶんだよ。婚約者と一緒に行く人たちが多いようだけど、ヴィルもリネアも誘わないとわざわざ行かないだろう?」


 手にしたフォークでこちらを指すお姉様にヴィルが「行儀が悪いよ」と嗜め、お姉様はすました顔でくるりとフォークを回し「はーい」と答えると白身魚のソテーを口に運ぶ。

 しかし、お姉様の指摘は正しくて、私はそれほどでもないけれどヴィルはあまり人混みを好まないから知っていたとしてもあえて誘うことはなかったと思う。お姉様は私が「行く」と言えばヴィルもついてくることがわかっているから二人まとめて誘える場を設けたというわけだ。

 トマトソースのパスタをフォークでくるくると巻いているヴィルに目を向けると視線を感じたのか、彼と前髪越しに目が合った。


「リネアが行きたいならいいよ」

「いつも付き合ってくれてありがとう」

「決まり! あ、リネアはアンも誘ってあげて、気晴らしにちょうどいいだろう」

「お気遣いありがとうございます、聞いてみますね」


 ヴィルやアンもいるとはいえ、お姉様と花祭りに行くと話したらジェニア様の羨ましがる顔が目に浮かぶようではあるが、婚約者とのデートの定番ということは王太子殿下と行かれるかもしれない。ただ、あの王太子殿下が誘うものだろうかという疑問もある。どちらにせよ後々このイベントを知られるのは面倒な気もして、一応話をしておいた方がいいように思えた。




「殿下はお忙しいからこれまで誘われたことはないわ」


 早速、誘われた日の放課後、ジェニア様を訪ね、花祭りのことを伺ったところ先の返答を得た。ジェニア様は元々王都暮らしだから当然花祭りのことはご存知だった。

 それにしても、とジェニア様はため息を吐く。


「ヴィオレッタ様と花祭りなんて羨ましい……でも混ざりたいというのは図々しすぎるわよね、気付かれないようにあとをつけて、いや、それは犯罪では……?」

「あの、友人を誘ってもいいか聞くだけ聞いてみましょうか?」

「よろしいのですか!? んんっ、でもヴィオレッタ様や弟君に気を遣わせてしまうのでは」

「二人とも大して気にしないと思います」

「本当に? でしたら、ダメ元でよろしくお願いいたします!」


 そんなやり取りを経て、花祭りにはお姉様とヴィル、私、アンに加えてジェニア様とリュナさんも同行することになった。


「あの、本当に私もご一緒してよろしかったのですか?」

「もちろんです、お祭りは賑やかな方が楽しいでしょう。それに、以前頂いた贈り物のお礼もしたいと考えておりましたので、よい機会をいただけて光栄です」

「そんな……! あれは私が勝手に用意したもので、お礼だなんて」


 ジェニア様には快く了承を貰ったと伝えていたのだが、女子寮のエントランスで落ち合ってからも自身の立場上断れなかったのではと気にされてか申し訳なさそうにお姉様に訊ね、にこやかに歓迎の言葉を受けると顔を赤らめて傍に控えていたリュナさんの腕を掴んだ。

 お姉様にそれじゃあ行こうかと促されて女子寮を出る。門と校舎を繋ぐ通りの中央にある噴水でヴィルと合流して街へ出た途端、そこかしこに飾られた花の彩に圧倒された。


「昨年も思ったけど、この様変わりには驚かされるね」

「いつもは石造りの落ち着いた街並みですから、余計にそう感じられるのでしょう。花祭りは地方から学校に通うため出てこられている貴族子女を歓迎する意味も込められていると聞いていますからヴィオレッタ様のように感じていただけているのであれば街の方々も喜ばれると思います」

「なるほど。ところで、ジェニア嬢は花祭りに出向かれることはありますか?」

「ええ、お兄様と何度か。今年はお友達と一緒に行くとお伝えしてあります」

「兄君と仲がいいんですね」


 前を歩くジェニア様とお姉様が和やかに会話している様子を見て、胸をなでおろした。何か問題を起こすような二人ではないけれど、ジェニア様は推しにエスコートしてもらっている状況でテンパってしまう可能性は捨てきれなくて若干の心配があった。


「よかったね」


 隣から内緒話のように囁かれてそのまま手を握られる。ジェニア様がお姉様に憧れていることを知っているヴィルは私が二人に接点をもたせるために彼女を誘ったと思っているのだろう。そこまで考えていたわけではないけれど、彼の言葉を否定する余地もないので素直に頷いた。

 花祭りのメイン会場は街の広場であるらしく、近づくに連れ通りにも露店が増えてきた。衣服、食器、アクセサリーや小物、どれも貴族にとっては安っぽい品だが全てに花のモチーフがあしらわれており、目を引かれつい立ち止まってしまう魅力はあった。小さな花束を扱っているお店が多いのは、ジェニア様曰く、男性がパートナーの女性に贈る習慣があるからとのこと。


「なるほど、では今日のパートナーとしてジェニア嬢には私からお似合いのお花をお贈りすればいいかな?」

「えっ、その」

「ヴィオラ嬢、そこは枯れてしまう花より思い出に残る物の方がいいんじゃない」


 突然割って入った聞き慣れない男の声に全員一斉に振り返るとオレンジ髪のいかにも軽薄そうなタレ目の男性がひらりと手を振った。


「アシェル卿、キミも来ていたんだね」

「愛でるべきものが多い場所に僕が出てこないわけがないだろう。今日のヴィオラ嬢は、両手に花どころではないね」

「ああ、今日は弟とその婚約者、あと彼女の友人と使用人の二人に同伴しているんだ」


 ジェニア様に目配せをすると小さく頷く。派手な髪色で察してはいたが、彼女があまり覚えていなかった二年生の攻略対象というのが彼らしい。同学年とはいえこれほどお姉様と仲が良いとは思わなかった。


「ご挨拶が遅くなりましたが、アシェル・オランジュでございます、このような場所でスフォルトーナ公爵令嬢、並びにアルムストレーム子爵令息とそのご婚約者様にお目通りが叶うとは幸甚の至りにございます」


 恭しく礼をしたと思えばその姿勢のまま顔だけを上げて、パチンとウインクをするものだから、丁寧なのかふざけているのかわからない。結局、そのあとはこちらからの挨拶を聞くこともなく「あまり邪魔をしても悪いから」と人混みに消えていった。単純に見知った相手の姿が見えて挨拶に来たということか。


「あ、あの方とはどういったご関係なのですか!?」


 ジェニア様が身を乗り出して訊ねるとお姉様が「そうですね」と答える。


「彼は異性だと一番仲のいい友人です。本人曰く女性限定だそうですが、気配りのきく男です。私も重い荷物を運ぶときに手伝うと声をかけてもらいました。まあ、私の場合は他のご令嬢と違い鍛えているので手伝いは必要なかったので断りましたが、彼にとっては物珍しかったのか、それからたまに話をするようになって、今は座学でわからなかったところを教えてもらっています。ここだけの話ですが、教師の講義より彼の説明の方がわかりやすいときがあって助かっています」


 お姉様から個人的な交友関係の話を聞くのは初めてでなんだか少しくすぐったい。ジェニア様もお姉様が穏やかに説明されるのを聞いて落ち着いたようだ。ヴィルに至っては「姉さんにも友達いたんだね」「安心した?」「まあね」と軽く言い合っていた。

次週へ続きました

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