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 興奮した様子の公爵令嬢をいつまでも廊下、しかも私の部屋の前に放置するわけにもいかず、一先ず私の部屋に移動した。室内は領地の屋敷の自室よりも狭いがベッドと来訪者をもてなせる程度のテーブルセットに自習用と思われる天板が折り畳める机、それにクローゼットとドレッサーが備え付けてあった。華美な装飾はなく、必要最低限のシンプルな部屋だ。


「どうぞおかけください。こちらに到着したばかりで何のお構いも出来ませんが、どうかご容赦ください」

「こちらこそ気を揉ませてしまってごめんなさい、そんなつもりはなかったのだけど、うまくいかないものね」


 スフォルトーナ嬢は片頬に手を当てて、はあとため息をついた。そして、傍に控えていた侍女を呼ぶ。


「お茶を淹れてきてくれる」

「そんな、お気遣いなく」

「こちらが押しかけたのだもの、これくらいさせて頂戴。それにこれから貴女にお願いしたいこともあるし」


 ね? と微笑んだ雰囲気は最初に受けた威圧的な印象はなかったものの拒否することが不敬に思えて頷くしかなかった。お願いの内容はなんとなく察しがついている。


「そんなに難しいお願いではないのよ。だからそんなに警戒しないで。とはいえ、何も知らない状況で言われても、はいそうですかとはいかないわよね」

「そうですね、私個人ではなく〝ヴィルフレード・アルムストレームの婚約者〟にご興味があるようですが」


 察していると提示したほうが切り出しやすいかと言葉を選んだつもりだったのだけど、直接的すぎたのかスフォルトーナ嬢は私が不快感を示したと捉えたらしく慌てた様子を隠さずに


「違うの、いえ違わないのだけど、リンドステット嬢と仲良くなりたいのは本当なの、でも確かにだしに使おうとしたことに変わりはなくて、その、ごめんなさい」


と弁明しようと言葉を連ねたが結局項垂れてしまった。


「すみません、警戒を表したつもりではなかったのですが単刀直入すぎました。ヴィオレッタ様と仲良くなりたい、のですよね」

「ええ、ええ! 仲良くとまではいかなくてもお近付きになりたいと、でも私は接点がありませんから弟君の婚約者であるリンドステット嬢と仲良くなればワンチャンあるんじゃないかと! こんな打算的な近付き方失礼でしたよね、それでもこんなことくらいしか思いつかず、自分からヴィオレッタ様に話しかけるだなんて出来るわけがないし、ああ、でも、先程は声をかけていただいたのよね……夢みたいヴィオレッタ様とお話できるなんて。本物はゲームの立ち絵より美麗だったし、お声も素敵だった……」


 テーブルに勢いよく手をつき身を乗り出すように立ち上がって説明し始めたかと思えばいつの間にか自分の世界に入り込んで言葉を連ねていた。その熱量に思わず身を引いてしまったが、それよりも「本物は」とか「ゲーム」とか引っかかる言葉があった。うっとりと先程ヴィオラお姉様と喋ったときのことを反芻しているであろうスフォルトーナ嬢に声をかけようとしたところ、扉を叩く音が聞こえた。私の傍に控えているアンに目配せをすると小さく頷いて扉の方に向かう。細く扉を開いて来客を確認したかと思えばそのまま招き入れられたのはストルフォーナ嬢の侍女だった。その手にティーセットを携えているからお茶の用意を申し付けられたあと出ていったのだろう。全く気付かなかった。


「お嬢様、お茶をお持ち致しましたのでお座りください」

「あら、リュナおかえりなさい、ありがとう」


 主人が着席したのを確認してリュナと呼ばれた彼女の侍女が私と彼女の主人の前にカップを置いてお茶を注ぐ。淡いオレンジ色から立ち上る湯気に乗って爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。

 興奮した様子だった彼女は今、上品にカップを傾けている。黙っていたら本当に完璧がそこに座っているようにしか見えない。タイミングを逃した言葉をどう発すればいいか考えあぐね、カップを手に取った。素朴そうに見えるこのカップも注がれた紅茶もきっと私が想像するするよりも遥かに上等なのだろう。口にした紅茶は程よい温度でピンと張っていた緊張の糸が緩むのが自分でもわかった。カップを置いて膝の上で手をぎゅっと握る。


「あの、突拍子もない話で恐縮ですが、スフォルトーナ嬢は前世というものを信じられますか?」

「前世、ですか?」

「別の世界で生きていた記憶をふとしたときに思い出す、とか」


 ほぼ確信を持って紡いだ言葉に完璧であった彼女が子どものように目を輝かせた。


「もしかして貴女もですか!」

「先程、気になるお言葉がありましたので、もしやと」

「嬉しい! 私以外にも同じ境遇の方がいたなんて。あ、私のことはジェニアと呼んで、言葉遣いももっと気楽に、ああどうしよう、神様ありがとう」


 スフォルトーナ嬢は手を組んで天を仰いだかと思えば、今度は前のめりになった。


「リネア嬢もプレイしてたんですか!? 誰推しですか!?」

「あ、いえ、私は……」


 ちらっと見た彼女の侍女はこの会話に動じていないようで静かに控えていた。彼女は自身がいわゆる異世界転生をしていることを話しているのだろうか、いや、具体的に話していなかったとしても、興奮すると周りが見えなくなるようだし慣れているのかもしれない。

 私はそういった話は一切してこなかったからアンがどう思うだろうか、と自身の侍女に目を向ける。困惑と緊張を綯い交ぜにしたような表情をしていた。今繰り広げられている会話になのか、公爵令嬢と同じ空間にいるからなのか判断はつかなかった。アンとは後で改めて話をしようと意識を正面で目を輝かせる少女に改めた。


「よろしければ、スフォルトーナ嬢がご存知の内容を教えていただけないでしょうか、私はスフォルトーナ嬢ほど詳しく理解していなくて」

「ええ、もちろん! でも、代わりにジェニアと呼んでください」

「……かしこまりました、ジェニア様」


 喋り方ももっとフランクでいいのにとやや不服そうにしながらも彼女は語り始めた。最初は冷静に説明していたが、徐々に熱が入っていき、たまに高揚しすぎてリュナさんが諌め、それがなんだか懐かしく感じた。前世の私もきっとこんな風に友だちとオタクトークで盛り上がっていたのだろう。

 聞いた話をまとめると、この世界は前世のジェニア様がハマっていた乙女ゲームの世界らしい。教会育ちの少女がある日、侯爵家に引き取られ貴族学校へ入学することになる、そこで出会った様々なイケメンたちと恋に落ちるという内容で、エウジェニア・ネグロ・スフォルトーナは攻略対象である王太子及び腹違いの兄のルートでライバルキャラとして登場するそうだ。


「そのゲームでジェニア様は最終的にどうなるのですか?」


 悪役令嬢ものの定番は国外追放や処刑、よくても修道院に入る。今、こうして話している彼女がそういう結末を辿るのではと考えると気が重くなって思わず聞いていた。


「どうなのでしょう、ヒロインと攻略対象がいい感じになったらフェードアウトでしたので、王太子ルートの場合はヒロインと結ばれるので婚約解消にはなるのでしょうけど、お兄様のルートはどうだったかしら」


 あっさりとした物言いに拍子抜けした。しかし、本当に彼女の処遇は描かれていないらしく、プレイしていたときも大して気にしていなかったとあっけらかんと話していた。私が生前読んでいた悪役令嬢モノのような切羽詰まった状況ではないようで安心したが、彼女の口から「悪役令嬢転生」といった単語は出てこなかったところをみると恐らく知らないのだろう。

 もしかすると、私と彼女は似て非なる世界から転生してきたのかもしれない、彼女は彼女の好きな乙女ゲームの世界、そして私は彼女が主人公の悪役令嬢転生モノ――彼女の説明からすると悪役ではなくライバルだそうだが――の世界に転生している、そんな仮定が生まれた。

 そして、彼女が憧れるヴィオラお姉様は誰とのフラグも立てられず最初の舞踏会に到達すると壁の花状態になっているヒロインに声を掛けてくれるキャラクターらしい。お姉様ならぽつんとひとり寂しそうにしている人を見たら確実に声をかけるだろうなと容易に想像がついた。


「この世界に転生したと気付いたときに思ったの、サイラス殿下がヒロインと恋に落ちる可能性があるなら私だってヴィオレッタ様とお近付きになってもいいんじゃないかって。それから色々考えて、リネアさん、貴女に辿りついたのよ」


 在学中だけで構わないの、そう切実に言う彼女に私はひとつ頷きを返した。何が出来るかわからないけれど、この都合の良い前世の記憶は彼女の境遇をすんなり理解するために残されたのだろうと思えた。

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