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 最近は雨の日が増えて、気温も日ごとに上がってきた。雨季が過ぎ、少しすると夏季休暇が始まる。しかし、その前にこの世界でも期末試験というものが存在する。座学はそれなりにできると思うが、念の為ヴィルと勉強会をしようと話していたらジェニア様も混ぜて欲しいと言ってきた。断る理由もなく受け入れると、ヴィルが「姉さんも呼ぶ?」と冗談半分で言い、なんやかんやあって、試験前の勉強会は自習室を貸し切って、私とヴィル、ジェニア様に加えて先の一件から話すようになったマリー嬢、そしてお姉様とオランジュ卿、更には王太子殿下とスフォルトーナ卿が集まっていた。


「ヴィオラ嬢、ここ計算ミスしてるよ」

「本当だ、ありがとう。あと、ここもわからないのだけど」

「ああ、そこは……」

「エウジェニア様の説明とてもわかりやすいです!」

「そ、そう、ありがとう」


 ジェニア様から聞いたゲームの登場人物がこれだけ集まっているのは壮観だ。マリー嬢は元々ジェニア様への好感度は低くないようだったが、恐らく女子寮で起こった騒動をきっかけにお慕いモードに入っているように見えた。今もわからないところがあればわざわざ声をかけて教えてもらっている。当のジェニア様はよりどりみどりの攻略キャラに囲まれていながらどうして私に聞くのとでも思っていそうだ。二人は気付いていないようだが、王太子殿下とスフォルトーナ卿は彼女たち――主にマリー嬢に厳しい視線を向けていた。

 そんな複雑な雰囲気とは裏腹に、お姉様とオランジュ卿は和やかに試験対策を進めている。お姉様はケアレスミスが多いタイプなのか、オランジュ卿がそういうところを指摘しているのが度々聞こえてきている。ヴィルは読書家だし、アルムストレーム家の長兄も在学中は成績優秀な方だったと聞いており、お姉様も当たり前に勉強は得意だと思っていたから意外だった。


「アシェル様のノート、すごくきれいですね」

「そう? マリー嬢もよくまとまっていると思うよ」

「そんな……! わたしは字が拙くてお恥ずかしいです」


 会話が気になって彼らの手元に視線を向ける。確かに、オランジュ卿のノートはとても見やすく整理されており、マリー嬢のノートはポイントがわかりやすくまとめられているが文字自体はたどたどしく感じた。彼女の境遇を考えれば書き文字をきちんと習い始めたのが侯爵家に引き取られてからだとしてもおかしくはない。

 自分のノートに目を落とす、板書を写しただけの特徴のない筆跡が並んでいた。


「僕は可愛いと思うけどな。スフォルトーナ嬢もそう思いませんか?」

「え!? そう、ですね、読めないわけではありませんし、拙いと感じるのは向上心があってよろしいのではないでしょうか」

「あ、ありがとうございます……!」

「ジェニア嬢は写本のように整った文字を書かれていますね」

「はぇ!?」

「わかります! エウジェニア様御本人のように美しい文字で素晴らしいです!」


 お姉様とマリー嬢に褒められたジェニア様は澄ました表情が維持しきれず頬を赤く染め視線をそらして「一応、王太子殿下の婚約者ですので」と呟いた。スフォルトーナ卿は同意するように腕を組んで頷いているし、王太子殿下は「婚約者」だと言われたことに満足気にしている。


「そういえば、リネアはダンスの試験は大丈夫ですの!?」


 話題を変えたかったのだろう、突然こちらに振られて驚いたと同時に考えないようにしていた話題を差し向けられて思わず苦虫を噛み潰したような表情をしてしまった。


「リネアはダンスもすぐにできるようになると思っていたけど、苦戦しているんだね? ヴィルみたいに体を動かすのが嫌いなわけではないのに」

「私自身、こんなに相性が悪いとは思いませんでした」

「お兄様、どうにかなりませんか?」

「一学期の期末はステップが踏めていれば大して問題はない。落ち着いて臨めばステップは出来ている。問題があるとすれば、他より遅れていることに焦りを感じているのではないか」

「焦り、ですか?」


 指摘されて、確かにと思うところはあった。私と同じく初回の授業でできない側だったマリー嬢も気がつけば他の人と変わらないくらい踊れるようになっている。それはきっと彼女が王太子殿下に迷惑をかけないようにと自主的に練習をしていた賜物ではないかと思うが、その努力を直接目にしているわけではないから自分だけができないという劣等感を抱かないわけがなかった。


「じゃあ、夕食後でよければ私が練習相手になろうか? お姉様は男性パートも踊れるんだよ」


 そう言ってお姉様がウインクを投げてきた。予想外の申し出に私は目を丸くして言葉は出てこなかった。


「焦りが上達を妨げているのであれば、一人で練習するのは非効率だからね。私が相手なら気負いもないだろう。楽しめるようになれば、すぐに上手になるよ」

「それでしたら私も男性パートを踊れますわ!」


 ガタンと椅子を鳴らして立ち上がったジェニア様も声を上げる。私は思わず、ふはっと声を漏らして笑ってしまった。想像しただけでもお姉様とのダンスは楽しいだろう、本当にちょっとしたことでも褒めてくれそうだ。ジェニア様も私と二人だとオタク的な一面が強く出がちだが、遠目で見ている公爵令嬢らしい振る舞いを近くで感じられると思うと胸の高鳴りを感じる。


「ヴィオラ嬢は愛しの義妹君と踊れることにテンションが上って回りすぎないようにね」

「それは気をつけないといけないね、練習相手のつもりがリネアが目を回してしまっては大変だ」

「ありがとうございます、お二人のお心遣いに甘えて練習相手よろしくお願いします」


 ヴィルが隣で「僕も頑張らないと」と小さく漏らした。彼のダンスの技量も聞いてみたかったけれど、学年末にあるパーティでパートナーになったときの楽しみに残しておきたくて問いかけを飲み込んだ。


 お姉様とジェニア様の個人レッスンのお陰でダンスへの拒否感が薄れ、後日行われた実技試験はなんとかクリアすることができた。スフォルトーナ卿にも随分良くなったとお褒めの言葉を賜り、練習相手をしてくれた二人に頭が上がらない思いだった。

 筆記試験の方はというと、それなりにできたと思っていたが、私は学年で真ん中より少し上くらいの順位だったが、ジェニア様は順位表の一番上に堂々と名前が書かれていて、ヴィルとマリー嬢も上位層に名前があった。一緒に勉強したはずなのに、と悪い成績でもないにも関わらず肩を落とす結果だった。


 気がつけば、続いていた長雨も終わり、鮮やかな水色の空に大きな雲が立ち上る季節が訪れていた。

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