表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

12

 その日、教室は剣呑な雰囲気に包まれていた。渦中には自身の席についているジェニア様と腕を組んで彼女をを見下ろすように立っているシノープル卿、そしてその後ろにマリー嬢が縮こまっている。


「王太子の婚約者ともあろう公爵令嬢があのような卑劣な真似を指示しているなど見損ないました!!」


 そうシノープル卿が怒声を響かせたことを発端に和やかであった教室内は静まり返り、彼らに注目が集まった。その声は上級生の教室にまで聞こえていたらしく、廊下から覗き込む野次馬がぱらぱらと現れていた。私とヴィルも他の人と同じ様に彼らに視線を向けその動向を伺っていた。


「藪から棒に、なにを仰っているかわかりかねます」

「昨日、ラヴァン侯爵令嬢が複数の令嬢に囲まれていたのは貴女の差し金でしょう! 自身の手は汚さず気に入らない相手を貶めるとは卑怯極まりない!!」

「は……? 私が彼女を?」


 憤りに任せて片手を机に叩きつける派手な音に思わず身体が竦んだ。間近でそんな暴力的な行いをされたにも関わらずジェニア様は動じた様子もなく、詰め寄るように投げられた言葉の意味が理解できないといった風に眉をひそめそう訊き返した。そして、マリー嬢が慌ててシノープル卿の袖を引く。


「あ、あの、落ち着いてください! わたしはスフォルトーナ様からなにもされておりません! スフォルトーナ様申し訳ありません、わたしがダンスの授業で王太子殿下に教えていただいているのを分不相応だと、スフォルトーナ様も不愉快に思われていると忠告されていて……」

「たまたまそこに出くわしたので間に入りました。彼女を囲んでいた令嬢は普段貴女と一緒におられる顔ぶれだったと記憶しております」

「それで、私の差し金だと?」


 ジェニア様は物怖じせず意見してくる彼を睨みつけるように眼光を鋭くした。身に覚えのない罪を突きつけられているのだから当たり前だろう。

 緊迫した場面を目の前にして、私は場違いだがわくわくしていた。なぜなら、前世で好きだった悪役令嬢ものの定番展開が繰り広げられているのである、無実の罪で糾弾されているジェニア様と例のお茶会後も嫌がらせを受けていたマリー嬢には申し訳ないが魂に刻まれたオタク心は抑えきれない。

 隣から脇腹を軽く肘で突かれ、ヴィルの方に視線だけを向けると耳元で「放っておいていいの?」と問われた。正直に言えば「彼女はそんな人じゃない」と声を上げたいところだが、表立って仲良くしているわけではない私がそんなことを言っても説得力はないだろう。場合によっては状況を悪化させかねない。私はどうすることもできないという意味を込めて小さく首を横に振った。

 いつもジェニア様の取り巻きをしているご令嬢にどうにかしてもらいたいものだが、そっと教室内を見渡してみても彼女たちは遠巻きに青い顔をしているだけで間に入るような素振りは見られなかった。

 そっと教室を抜け出して教員室からグラーノ先生を呼んでくるべきだろうか。


「騒がしいが何事だ」


 やったやらない証拠はあるのか、と平行線になっていた言い合いに割って入ってきたのは王太子殿下だった。静かだった観衆が彼の登場ににわかにざわつき、いち早く動いたジェニア様が席から立ち上がり頭を下げた。


「殿下にご足労をおかけするほど騒ぎ立てて申し訳ございません」


 それに続くように私を含めその場にいた全員が起立し頭を下げる。殿下はそれを一瞥し、頭を上げろと短く言って騒ぎの中心に足を向けた。


「ジェニア、どういう状況だ」

「私が近しい者を使い、ダンスの授業で殿下のペアとなっているラヴァン嬢に言いがかりをつけている、と疑いをかけられておりました」

「で、そんなことをしたのか」

「いいえ、決して」

「殿下! お言葉ですが、スフォルトーナ公爵令嬢の名前を出してラヴァン侯爵令嬢に詰め寄っていた者たちがおります! 彼女たちは確かに公爵令嬢と普段からよく一緒にいた者たちでした」


 唐突に会話に割って入ってきたシノープル卿を見、殿下は片側の口角を上げて嗤った。


「ジェニアがその者たちを唆して所詮授業のペアでしかない女を貶めたと? 笑えない冗談だ。ラヴァン侯爵令嬢、貴様もこの男と同意見なのか?」

「い、いえ! 確かにスフォルトーナ様のお名前は出していらっしゃいましたが、スフォルトーナ様が指示したとは思っておりません! 恐らくわたしに忠告してきた方もスフォルトーナ様のお気持ちを慮ってのことではないかと存じます」

「ハッ、お前よりもイジメられていた本人の方が冷静に物事が見えているではないか。指示を出している現場を押さえたならいざ知らず、名前を出していた、行動をともにしていることが多いなど証拠にもならん。感情的に我が婚約者を首謀者と決めつけて威圧的にしているのも気に食わん」


 思わずそのやり取りに見入っていた。物言いは横柄に感じるが、言葉の端々にジェニア様への信頼が感じられた。先程まで威勢の良かったシノープル卿は見事に沈静化しており、正義感に駆られていたのだろうが、自身の浅慮を恥じているように見えた。マリー嬢はまだ若干の緊張感はあるようだが、だいぶん表情が緩んでいるように感じる。お茶会後の会話から、彼女は王太子殿下とジェニア様のセット推しのようだから、殿下がジェニア様をかばうのを間近で感じられて役得だと思っているかもしれない。

 緊張感が解れてきたところで咳払いが聞こえて、教卓の方に視線が集まる。いつの間にかグラーノ先生がそこにいた。


「お話が終わられた様でしたら教室にお戻りください殿下、お気づきになられていないようですが始業の鐘は鳴っております」

「わかった。しかし、お前の担当学年の諍いごとの種はきちんと管理しておけ」

「肝に銘じておきます」


 気がつけば廊下の野次馬もいなくなっていて、殿下が教室を出ていくと何事もなかったかのように朝礼が始まり、その後の授業もつつがなく過ぎていった。




「おはようございます、リネア、ヴィルフレード様」


 翌朝、登校してきたジェニア様が挨拶をしてきて思わず目を丸くした。お互いのためにとこれまで教室では関わらないようにしてきたのに一体どういう風の吹き回しだろう。


「おはよう、ございます」


 私はなんとか挨拶を返せたが、ヴィルは言葉までは追いつかなかったのか会釈だけを返した。


「私、信頼できる方とだけお付き合いすることにしましたの」

「は、はあ……」

「だから、これからは遠慮なく話しかけますし、話しかけてくださいませ」


 晴れやかな表情でそう宣言してジェニア様は自身の席に歩いていった。ヴィルと顔を見合わせ、昨日のことで考えが変わったのかなと話しながら彼女のことを観察していた。確かに、これまで愛想笑いで接していたご令嬢に話しかけられても素っ気なく接しているように見えた。


「だって、私の名前を嫌がらせの大義名分に使われていたなんて気分が悪いじゃない」


 昼食に誘ってくれたジェニア様が肉料理のプレートランチを食べながら言う。

 昨日の放課後、私は知らなかったが女子寮であの騒動に対してマリー嬢がジェニア様の取り巻きに叱責されている現場に遭遇したそうだ。話を聞いてみれば、ジェニア様を思ってとか下賤な者が王太子殿下とペアを組むなんて身の程を知った方がいいなどと聞いていて気分の良い話ではなかったから、その場にいた全員に今後関わりたくないと告げ、マリー嬢には不愉快な思いをさせたことを謝ったらしい。


「嫌な思いはさせられたけれど、これで表立ってリネアと仲良くできるのだから僥倖だったのかもしれないわ」


 また、王太子殿下に呼び出されるのではないかと内心ヒヤッとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ