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花祭り以降、穏やかな日常が続いていた。ダンスが相変わらずうまくならないことを除いて。ステップを間違えないようにすると音楽とズレ始めるし、音楽に気を向けるとステップを間違える、ペアのスフォルトーナ卿はこちらを責めることもなく根気よく相手をしてくださっているが、内心呆れられているのではないかとダンスの時間は常に気が重い。
そんなある日、三年生の伯爵令嬢からお茶会の招待状が届いた。貴族令嬢や女主人はお茶会を催したり参加したりすることも仕事の一つであるから、経験として申請すれば学内でお茶会を催せることは知っていた。ただ、交流しても大して有益でもないであろう私をどうして? と思ったが家柄も学年も上の相手からの誘いを断れるわけもなく参加の返事を出した。
当日、学内のお茶会に使える一室に足を運んで、私が呼ばれた理由を理解した。一年生はラヴァン嬢と私、あとはジェニア様に取り入ろうとしているご令嬢が一人と残りは三年生ばかり。入室した際、軽蔑の色を含んだ視線を向けられて好意的に招かれたのではないと察した。
末席で紅茶をいただきつつ会話に耳を傾ける。内容は大体井戸端会議のようなもので、話題が授業に関するものに変わった頃、こちらに話題が振られた。
「ダンスの授業でラヴァン嬢は王太子殿下とリンドステット嬢はスフォルトーナ公爵公子様とペアを組まれているそうですね」
「はい、恥ずかしながらダンスの嗜みがなかったものですから、お上手な公子様にお相手いただけて幸いです」
「わ、わたしも王太子殿下にご教授いただくのは恐縮ですが、学校からのご配慮をありがたく思っています」
「そうなのですね、恐縮に思われるのでしたらお相手を変えてもらってはいかがですか、もしわたくしがラヴァン嬢の立場でしたら平然と殿下にお相手いただくなんて恐れ多いですもの。リンドステット嬢もご身分が近い殿方の方が気を遣わなくてもよろしいでしょう」
他のご令嬢がくすくすと笑う声が聞こえる。大方予想はしていたがこういう環境だと人気のないところへの呼び出しではなくお茶会に招くという手段になるのかと感心した。しかし、私の場合は裏で手を回しているのが当の公爵公子様の妹君なわけだから私が変更を申し出るのは失礼に当たるのではないか。そう言い返すわけにもいかず、考えが至りませんでしたと愛想笑いを返した。正直、私に対する牽制の言葉よりラヴァン嬢に「私生子のくせに生意気」という内容を明確な言葉を避けて伝えているのが聞いていていい気はしない。当のラヴァン嬢は苦笑い以上の言葉が出てこないようだ。
「ですが、先生が各々の能力を見た上で采配を考えてくださっているものですし、今更ペアの変更を申し出るのは逆にパートナーの教え方に問題があると思わせてしまうのではないでしょうか。ご本人が思われなかったとしても周りの方が穿ち過ぎた見方をされるのではないかと」
頬に手を当てて不安そうな表情を作った。普段はこんなことまで考えないし、私の場合はジェニア様に今回のことを伝えればペアの変更自体は問題ないだろう。でも、彼女たちの思う通りに行動するのは癪に思えた。
誰かが「確かに……」と小さくこぼす。適当な言い訳だったが納得は得られたらしい。
「ラヴァン嬢は侯爵家のご令嬢ですし、私のように身分の気兼ねはそれほどされないでしょう」
なにも知らない振りをしてにっこりと正面に座るラヴァン嬢に微笑んだ。実際、ジェニア様からゲームの設定を聞いていなければなぜ彼女が批難されるのかわからなかっただろう。そんな私の言葉に彼女は「そう、ですね」とまだわずかに引きつった笑みを返した。
それを機にお茶会はあっさりお開きとなった。主催の伯爵令嬢に軽く挨拶をしてさっさとその場を後にする。うまく言いくるめることはできたが、気分が良くなるどころか未だに鳩尾のあたりがムカムカしている。どうせ部屋で読書でもしているヴィルを呼び出して愚痴でも聞いてもらおうか、そんなことを考えていると後ろから名前を呼ばれて振り返る。
早足でラヴァン嬢が追いかけてきていた。
「あ、あの、先程はありがとうございました」
「ええと、お礼を言われることはなにも」
「いえ! わたしはなにも言い返せなかったので、庇ってくださったつもりはないのでしょうけど嬉しかったです!」
「そ、うですか、よくわからないですがどういたしまして」
「どうしてもお礼が言いたくて。これから女子寮に戻られるのでしたらご一緒しても?」
断るのも憚られて頷くと、なるほどこれはヒロインだと思い知らされるような笑みが咲いた。まさか、ラヴァン嬢とも話す機会ができるとは思わなかった。
私は彼女のことを一方的に知っているが、彼女は改めて私に自己紹介をした。私も同じ様に名乗ると「リネアさんとお呼びしてもいいですか?」と聞かれて了承する。
「わたしのことはマリーって呼んでください、ずっとそう呼ばれてきてマビリアって呼ばれるの慣れないんです」
「わかりました」
今後、呼ぶ機会があるかはわからないが。
「リネアさんはご存知なかったみたいですけど、わたし、侯爵様の私生子なんです、だからああいうこと言われるの仕方ないんです。実際、侯爵様からはチャンスがあれば王太子殿下やスフォルトーナ公爵公子様とのご縁を望まれていますし」
「あの、それ、私が聞いてしまっていいのでしょうか……?」
「大丈夫です、わたしが言わなくても皆さんご存知ですし。あ、でも! 別に王太子殿下の婚約者の座を奪おうなんて思ってません! 王太子殿下はわたしにご興味ないみたいですし、たまに足を止められてどうされたのか様子を窺うとスフォルトーナ嬢を険しい顔で見ていらっしゃいます」
彼女は微笑ましいものを思い出すように笑みを浮かべる、相思相愛だと思っているのかもしれないが、視線を向けられている相手は愛されているなんてつゆほどにも思っていないのだからなんともいえない話だ。
マリー嬢は授業の最初に披露されたお二人のダンスがとても素敵だった、とてもお似合いだと熱弁し、入学式のときのジェニア様の式辞も素晴らしいものだったとべた褒めしていた。少し、ジェニア様がお姉様の話をしているときと重なって感じた。
女子寮のエントランスに入るとばったりジェニア様とはちあった。出かけていたのだろうか、つばの広い帽子をリュナさんに渡しているところで、隣にマリー嬢がいるのに気がついて眼光が鋭くなり、睨みつけるように私を見、ツカツカと歩み寄ってきた。ただならぬ雰囲気を察してか、マリー嬢は挨拶も「わたしはこれで」と小さな声で断ってそそくさと立ち去っていった。状況は違うが、最初に会った日のことを思い出す。
「少しお話よろしいかしら」
「はい、もちろんです」
「では私の部屋に。リュナ、お茶の準備を」
「かしこまりました」
ジェニア様の部屋に入って、彼女の第一声は「どういうこと!?」だった。まあ、そうなるだろう、なんせ関わるはずのないヒロインと仲良く話していたのだから。本当は今日呼び出されたことは話さないでおくつもりだったが、こうなってはそこから話さなければいけない。興奮状態のジェニア様をなだめてひとまず椅子に座らせ、私も許可を得て向かい側に座った。
「――というわけで、三年生の伯爵令嬢主催のお茶会に参加しておりました」
かいつまんで事情を話すとジェニア様は「一体何様のつもりかしら!」と憤慨した様子を見せた。
「ダンスの授業のペアは確かにお相手と親密になるチャンスではあるけれど、裏でそんな風に言ってくるような方と殿下やお兄様がペアを組むようなことあって欲しくないわ。やっぱりもっと表立って私たちが親しいアピールをしていくべきかしら」
「そうされると、スフォルトーナ卿に取り入るためにジェニア様に近付いているように見えませんか?」
「そうかしら……? 貴族って何でそんな打算的な考え方をするのかしら、いっそのこと最初からリネアとだけ仲良く振る舞っておけばよかったわ」
アハハと乾いた笑いをこぼす私に、ジェニア様は今後もし同じような呼び出しがあったら必ず報告することを約束させた。今回は私が頑なに個人名を出さなかったので諦めてくれたが、次はなにをしてでも突き止めて同じ過ちを繰り返させないからと言うジェニア様の目は少し怖かった。
先週は話がまとまらず、個人的な用事も重なったため無断休載してしまいすみませんでした…!




