光と影
「……あいつがいたなぁ。」
寝そべって見る青空は皮肉な程に美しい青だった。
「まさかあいつがいるなんて……。いや、そうだよな……俺がこちらにつくならあいつは……ぐっ!」
口からどす黒い血が吐き出される。ヒューヒューと言う耳障りな呼吸音。そうだ、俺、銃で肺を撃たれたんだっけ。
「兄ちゃんあまり喋るな……苦しくなるだけだぜ。……まぁどの道俺らは死んじまうがな……。」
隣で倒れていた男がか細い声で呟く。
「なぁ……兄ちゃんは見かけない顔だが……。」
「俺は……傭兵だ……。」
「傭兵だったのか……。何故……革命軍に……。」
「……何となく、さ……。」
ああ、一服がしたかったなぁ。町中から革命軍を殲滅したぞ!と言う声が上がり始めた。ああ、国軍が……あいつが勝ったのか……。
国軍の歓声を聴きながら俺はそのまま眠るように息を引き取った―。
はずだった。
**********
「……?」
何故か裸でベッドに寝ていた俺は急いで胸部を確認する。おかしいな、国軍に撃たれたはずが穴が無いぞ。
「……突然どうしたの。」
隣で寝ていた女が気だるそうに尋ねる。
「……いや、なぁお嬢さん、今はいったい何年何月なんだ?」
「あら、昨日の夜が激しすぎて全てお忘れに?今日は18××年5月じゃない。」
「……そうか、そうだったな。」
俺はベッドの脇に置いてあった煙草に火をつけると味わって吸う。撃たれた穴から煙が出なくて良かった。
「……てっきり最期の一服が心残りで化けて出たと思ったが……俺はタイムリープしたみたいだな。」
「ちょっとあんた、大丈夫?あんたは昨日私を買ったんじゃないか。」
またよろしくね、あんたみたいな色気のある男はいつでも大歓迎だよ。と女はキスマークを残して出て行った。
「……さて、タイムリープした俺は違う人生を歩もうか。」
俺は煙草を咥えながら相棒であるライフル銃の手入れを始めた。
*********
俺には小さい時から親が居なかった。貧しくて危険な国だ。親は死んでるのか生きてるのかも分からなかった。
子供が1人で生きていくにはいろんな事をしなくてはいけない。それがいくら危険で人から蔑まされる事でも。そう、人より度胸があり銃の扱いが上手い俺は傭兵になった。
―そこで会ったのがあいつだった。
俺とそう変わらない年齢だろう。まるでどこかの王子様が紛れ込んでしまったのかという程美しい容貌の彼は傭兵の中で明らかに浮いていた。
まだ俺と変わらない子供なのに全てを悟ったような、いや、全てを諦めたような瞳は大嫌いだった。
賑やかで楽しいことが好きな俺とは違い、あいつは1人で静かに過ごすのを好んだ。
好きな食べ物も、好きな女のタイプも、人の殺し方も、あいつとは何から何まで正反対だった。
「お前らはまるで光と影だな。」
他の傭兵達が俺たちを見てはいつもそう笑った。
ある日、俺たちは壊滅的な襲撃を受けた。
生き残ったのは俺とあいつを含めた数名だった。
「この先どうする?」
生き残った傭兵達が話し合う。
一人気ままな旅をしたくなった俺は、一人西に行くと言った。
あいつはそれを聞いて、なら自分は東に行くと言った。
光と影はそこで永遠の別れをしたはずだった。
「まさか……また会うとはなぁ。」
紛争地帯であった国に流れ着き、特に意思もなく革命軍についたころ、あいつは敵である国軍の傭兵として戦っていた。
「……せっかく戻った人生、俺は歴史を変える側になるぜ。」
俺はそういうと手入れを終えケースにしまったライフル銃を手に町に繰り出した。
********
町には武装した防衛軍がそこかしこに立っていた。
そうだよな。もうすぐ国軍と革命軍の戦いが始まるから緊張状態だよな。未来を知っている俺は謎の優越感に浸る。
「あら、今日はどうかしら?」
先週買った女が声をかけてくる。
「悪いな、俺は忙しいんだ。」
俺は散髪をし身なりを整えると国の中心へと歩いて行った。
「よし、今日から君は国軍の傭兵だ。」
厳しいチェックを終え、俺は晴れて国軍の傭兵になった。……やっぱり寄せ集めをしている革命軍と違い国軍は審査が厳しかったな。身なりを整えなかったら門前払いだっただろう。……あいつは……身なりが良いからすんなり傭兵になれただろうな。
だけど今回の人生では俺は国軍の傭兵だ。
俺と光と影の関係であるお前は……革命軍につくはずだ。
「前回の人生では俺は負けてしまったが、今回は勝たせてもらう。」
俺は煙草に火をつけるとあいつにレクイエムを捧げた。
*********
「何故だ!何故こうなる!」
敗走を続ける国軍を見ながら俺は叫んだ。
おかしい……タイムリープをしたなら同じ結果になるはずだ。なら何故国軍が負けている?このままでは革命軍が……あいつが勝ってしまう!!
「……首都はやられた!1度撤退するぞ!」
国軍の指揮官の怒鳴り声が聞こえた。
「撤退!?革命軍はもうそこまで来てるぞ!今背中を向けたら殺られる!殺るしかないんだ!」
俺はそう怒鳴るとライフル銃を構えた。
「ぐっ……!?」
突然後方から撃たれ膝を着いた。
「な……なんでお前が……。」
涙を流した国軍が震える手で俺を撃った銃を持っていた。
「……怖い!撤退するんだ!撤退するんだ!」
男はそういうと奇声を上げて走って行った。
「くそっ……!戦場が怖い坊ちゃんは国軍に志願するなっつうの……。」
俺は撃たれた足を引きづると壁にもたれかかって座った。
「今度こそ勝てると思ったんだけどなぁ。……俺は負ける運命だったのか。」
なら何故やり直させたんだ、神様よ。そんなことをボヤきながら煙草に火をつける。
「……こんな時でも煙草ですか。貴方は相変わらずですね。」
「……お前…。」
咥えていた煙草が落ちる。目の前には革命軍となったあいつが立っていた。
「まさか……お前が直々に殺しにくるなんてな。」
一服が終わるまで待ってくれないか?と俺は新しい煙草に火をつける。
「何ふざけた事を言っているのですか?私は貴方を救いに来たのです。」
「は……?お前が何言っているんだ?」
「……昔私達は光と影と言われてたことを覚えていますか?言霊と言うのは怖いですねぇ。私達は本当に光と影になってしまったんです。」
「な……何を言っているんだ?」
「分かりませんか?光と影は対になる。そしてどちらも欠けては存在できない。」
「あっ……!」
「前回の人生で貴方は革命軍として命を落としましたね?対になる私は国軍として命を落としました。大嫌いな貴方と心中したようであんまりだと、神様に恨みつらみをずっと言っていたんですよ。」
「ふざけんな、俺だってお前が大嫌いだよ。」
「なるほど、気持ちは対にならないのですね。」
あいつはそう言って俺の肩に腕を回し立ち上がらせる。
「おい、俺をどうする気だ。」
「貴方は馬鹿なんですか?貴方が死んだら私も死ぬと言ったでしょう。……ここに居たら2人とも殺られます。安全な場所へ逃げるんですよ。」
「相変わらず口が悪いやつだな。……当てはあるのか?」
「さぁ。とにかくこの国は出ます。……ああ、煙草の煙が顔にかかるから消してくれると助かるのですが!」
しょうがねぇなと煙草を消す。
「俺は北に行きたいが……お前は南に行きたいか?」
「そうですね、南に行きたいですが貴方に死なれたら困るのでご一緒しますよ。」
「そりゃどーも。」
光と影になった男達は荒れた地を歩き続ける。
今後彼らは離れることが出来たのか?
……それは、神のみぞ知る――。