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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第一章 旋律の邂逅

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旋律の邂逅 8

「悠馬の後ろにいる子」


「え? 島崎……? 島崎っすか? マジっすか?」


 首を瞬時に回し悠馬は凛花の姿を確認した。その背後から声をかける。


「なにか楽器やっているよね?」


「あ……わ、私……そんな……」


 顎を引いた状態で胸の前に手を突き出している。


「前に手を握った時さ、指の腹が隆起して固かった。

指の先端じゃなくて、指の腹だったから。

ベースか……弦楽器をやっているのかなって」


 某名探偵のように自身の見解を明かした。


「あ……あの……はい……ベース……です」


「いや、いや、その前に重大な発言でてるっす! なんすか!? 手を握ったってなんすか!?

そっちのほうが重要っすよ! ちょっと待ってほしいっす……」


 悠馬はドラマに出てくる刑事のように思案するパフォーマンスを怠らない。


「もしかして、二人は付き合ってるんすか? おい、島崎付き合ってるのか?」


「えっ……えっと……」


「付き合ってないから、いちいち騒ぐなよ」


「いや、おかしいっすよ! 付き合ってもないのに手を繋ぐとか……ないっす!」


 悠馬の肩に手を置いて凛花に穏やかな口調で問いかける。


「ベース……やってくれないかな? 嫌だったら無理しなくて大丈夫だけど」


「え……で、でも……私……私なんか……メンバーになったら迷惑……」


「そんなことないよ。やろうよ、バンド」


「島崎、お前……優詩先輩と付き合ってるのか?

どこまで? どこまでだ? どこまでやってるんだ?」


「おい、名も無きドラマー。しつこいから」


「め、迷惑じゃなかったら……あの……やりたいです。バンド……」


「じゃあ……一緒にやろう。ベースでよろしく」


「はい……よろしく……お願いします」


 凛花が丁寧に頭を下げると優しい香りが鼻腔へ入ってきた。


「いや、そんなことはいいんだよ……! 優詩先輩との関係を詳しく教えろよ!

どこまでやってるか言えよ……!」


 俺は悠馬の縮れた短髪に手のひらをめり込ませる。

バンドを組むことになってメンバーが即座に決まる。

高校生であればギター人口は多いだろうし、この学校にも何人かいるはずだ。

ドラムとベースは人口が少ないから簡単に見つかるものではない。

今のところは順調な滑り出しだ。


「あとはボーカルか……」


「ボーカルは、すぐに見つかるんじゃないっすか?

歌うだけだし、目立ちたい奴とか……モテたい奴とか。すぐ見つかるっすよ」


「――ボーカルの件は、俺に任せてくれ」


「え、誰かいるんすか?」


「まあ……生徒じゃないから文化祭に参加していいのかわからないけど」


「いいんじゃないんすか? 関係ないっすよ。

じゃあ、ボーカル探しは優詩先輩にお願いするっす!」


 明日から夏休みが始まる。

明日の午後、俺の教室に集合して、今後のバンド活動について話すことにした。

楽しみと不安が入り乱れて帰り道が普段よりも綺麗に見える。

音楽が何をしてくれるのか、という期待を胸に秘めて。



             *


 

 集合時間の少し前に廊下を歩いていると教室の前に凛花の姿があった。

扉の間を行ったり来たりしている。

急に顔を上げて歩く。急に顔を下げて歩く。それらを繰り返している。

顔を上げたタイミングで彼女に向かって手を上げた。


「あ……こ、こんにちは」

と、黒髪の頭頂部が見える。


「うん。中に入って待ってたらよかったのに」


「あ……で、でも……」


 発言した後で意地の悪い言葉だ、と自身を叱責した。

おとなしい凛花が三年生の教室に入り一人で待っていることは難しい。

目の前に立つと不安の色を隠しきれない上目遣いを向けられた。


「いいよ、入って。ほら、誰もいないし。

それに、うちのクラスには後輩に睨み利かせる暇人はいないよ」


「あ……失礼します……」


 教室は無人だ。 

夏休みに入ったことで机と椅子が寂しく並んでいるだけである。

彼ら彼女らにとっても束の間の休息だ。

黒板には誰が書いたのか『夏は永遠の青春』と、ピンク色のチョークで記されている。


 自席前の椅子を引き凛花に座るよう促す。彼女は前の黒板に視線を向けて座った。

今後の活動を話す場であるのに背を向けてしまうところが彼女らしい。

同時に対話を拒否されているようで悲しくもある。

彼女から垂れているポニーテールを見ていると、教室に入ってくる者がいた。

誰もいないと思っていたのだろう。

俺たちの姿を確認すると大きな目をさらに見開いた。

同じクラスで学級委員の女子生徒。

四宮美波しのみやみなみだ。


「外村くん、どうしたの? 部活か……なにか? その子は誰?」


「この子は二年生の島崎凛花ちゃん。俺、部活やっていないから。

美波は、どうしたの? 夏休みだけど」


「文化祭の実行委員。今日は初めての集まりなの」


「そっか。大変だな……学級委員、実行委員、生徒会も。

その上、いつも一番の成績が当たり前と思われている。

目指す大学も日本トップのところだし」


 俺は大きく両手を上げて背中を伸ばした。


「好きでやっているから。それに誰もやらないなら誰かがやるしかないでしょ?

別に……つらいと思ったこともないから」


 表情を崩さない美波は真っ直ぐに俺の目を見て答えた。


「相変わらず……だね」


 美波は小顔に大きな目が特徴的で綺麗な茶色のショートカットだ。

身長は一六〇センチ前半くらいだろうが足が長くモデル体型である。

才色兼備とは彼女のためにある言葉だ。

高嶺の花である彼女に何人もの生徒が告白しては振られている。

校外も合わせると何十人から告白されているらしい。

あまり笑みを浮かべないから、クラスメートに冷徹な人間であると思われている。

中学校時代から彼女を知っている俺からすれば、ずいぶんと印象に相違がある。

動物が大好きであったり、他人の気持ちに寄り添うことができる優しい人物だ。


 机から資料らしきものを取り出して、学生カバンに入れた美波は俺に質問を続けた。


「それで……なにをしているの?

なにもしないのに夏休みに教室へ入ったらダメよ」


「ああ、文化祭で……バンドで出ようかってことで話し合いするからさ。

あと一人いて。まだ来てないんだけど」


「そうなんだ……文化祭に出演するなら早めに参加する旨を伝えてね。

まだ間に合うと思うから」


「ああ、わかった」


 後ろの扉が大声をあげて洗顔したような水滴を垂らす悠馬が現れた。


「すんませんっす! 遅れたっす!」



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