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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第一章 旋律の邂逅

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旋律の邂逅 7

 下駄箱へ向かうと一人の女子生徒が立っていた。

その人物は学年が違うから三年生の下駄箱にいることを不審に思う。

校内にある生徒の声と相反し、下駄箱の薄暗い雰囲気に溶け込んでいた。

静かに俯いている様子は、ホラー映画の恐ろしさもあり、どこか美しくもある。


「あ……せ、せんぱ……優詩先輩。こ、こんにち……は」


 昨日の公園でフェンス越しに、こちらを見ていた女の子。

島崎凛花しまざきりんか。一つ下の学年で大人しい子だ。

黒の前髪が切り揃えられたポニーテール。

小ぶりな鼻、純粋な目に縁無し眼鏡をかけている。

小柄な体躯で俯いていることが多いから彼女の表情を窺うことは困難だ。


「うん、久しぶり。昨日……いたよね?」


「あ……は、はい。あの……昨日は、すみ……ませんでした」


「え? ああ……別に気にしてないよ」


「あ……あの……」

と、彼女の言葉は次が出てこない。


「どうしたの? なにか……用でもある?」


「き、昨日の人……一緒に……いた、女の人」


 彼女の頭部が静かに揺れている。


「うん……なに?」


「あ、あの……あの人って……」


「せんぱーい! 優詩せんぱーい……!」


 静かな会話が一瞬で奪い取られた。


 振り向かなくても声の主はわかっていた。

声変わりした青年というよりも少年時代の声を多く残している。

黒髪の短髪に垂れた目、鱈子のように厚い唇にアヒル口。

常にニヤけていて女子生徒からの評判と信用が良いとはいえない男子生徒だ。

金本悠馬かねもとゆうま

凛花と同じ学年で俺の中学生時代の後輩だ。

この高校に彼が入れたことは奇跡だと思っている。


「大声出すなよ。うるさい」


「いやー、すんませんっす!

教室に行ったら先輩たちに『帰ったよ』って言われて焦ったっす! やばいっす!」


「それで用件は?」


「先輩! 俺、決めたっす! 文化祭でライブやりたいっす!」


「ライブ……? お笑いの?」


「ちょっと、ちょっとー! 先輩……! 勘弁してださいよー!

俺のどこにお笑いの要素があるっていうんすか!」


――あるだろう。それしかないだろう。


 悠馬は頭に手を当て台風に襲われる樹木のように脊椎を揺らしている。

ボケをかましてツッコミを待ち望んでいる芸人にしか見えない。


「ライブっす! ライブ! バンドを組んでライブやりたいっす!」


「バンド……」


「そうっす。優詩先輩、ギターやってるっすよね?

俺がドラムやるんでバンド組んでほしいっす!」


 ドラム。

悠馬がドラムを叩いているという話は今まで一度も聞いたことがない。

彼は思いつきで行動するタイプの人間だ。

何らかの影響を受けて言っているのだと推察する。

中学生時代は喧嘩に憧れた。

格闘技を始めてみたが三日と続かずに辞めている。

いや……三日どころではない、確か三〇分で辞めたと聞いている。

一年ほど前には有名コーヒー店で働く女の子に近付くため店舗へ向かう。

飲料を口にした後、履歴書を購入したそうだ。

写真撮影を済ませ一時間後には店舗に戻り面接を受けた行動力は認めている。

普通では考えられないが、その場で不採用を言い渡された、と怒っていた。


「ギターは弾いているけど……な」


「そうっすよね! やってるっすよね!?

それなら話は早いっす! バンドやりましょう!」


「なんでバンドやろうと思ったんだよ」


「モテたいからっす! この前、動画でドラムセットを破壊している人を見たっす。

これだ、これだ、って思ったんすよ……! 俺もこれやりたいって――」


 彼の憧れた人物は世界的に有名なロックバンドのドラマーで、ピアニストでもある。

日本における一つのシーンを創ったバンドのリーダーだ。

演奏技術を見せつけるのではない。

その一瞬……生という刹那を切り取る演奏が、とても魅力的だった。

破壊衝動、攻撃的な演奏の中に見える儚い美しさ。

相反する感情を混合し引き裂いたような演奏。

アクリルドラムを導入してパフォーマンスを魅せるドラマーの代表格だ。


「そっか……」


「え……え、えー! なんすか、なんすか、その反応!

お願いしますよ! 俺、バンドやりたいっす!」


「いや……俺は……」

と、言いかけたところで一つの言葉が背後から聞こえる気がした。


 それは凛花の声ではない。


「――――――――」


 その言葉と共に一考した後で悠馬の誘いに乗ることを決意した。

今までは踏み出す勇気と行動に伴う確信がなかった。

そのようなものは自身を防衛するための言い訳だ。

昨日の詩織さんの歌声が脳内に残って夏色に染まる音楽が流れる。

 

「いいよ。バンド……やるか」


「マジっすか? よかったー! 断られたらどうしようかと思ったっす!」


 一人になってしまった凛花に視線を向ける。

彼女は聴覚だけで参加し視覚は誰かの靴が納まる暗穴に向けられていた。

両の手をクラゲのように擦り合わせている。


「あ? てか、なんで島崎がいるんだ?」


 悠馬は俺の隣をすり抜けてニヤけた顔で凛花を覗き込む。

相手の心理を気遣うことのない悠馬は、彼女が戸惑っていることに気付いていない。


「あれ、お前。なに、なに、もしかして……告白か! 告白だろ……!

お前、優詩先輩のこと好きだったの? いやー、なんだよ、早く言えよー!」


 小学生の煽り文句を並べて、凛花の顔は下へ下へ向かっていく。

暴言を止めようとしたけれど深く物事を考えない切り替えの早い男であった。


「あとは……あれっすね。ベースとボーカルっすね! 誰かいないっすか?」


「ベースを弾ける子なら知っている。俺の想像通りなら……ね」


「えー、マジっすか!? 誰っすか!?」



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