終章 2
大詩。また……来たよ。
ね、聞いて。あの時とは変わったことがあるの。
前に来た時は塞ぎ込んでいて誰の言葉も耳に入れたくなかった。今は……違うよ。
――大詩が想いを託した子たち。
優詩くん、美波ちゃん、凛花ちゃん、悠馬くん。
大詩が繋げてくれたんだよね。手紙……優詩くんに見せてもらったよ。
いつも私のことを心配してくれてたよね。自分のこと、もっと考えてほしかった。
でもね……すごく嬉しかった。嬉しかったよ。
今度は大きい報告をできるように頑張るから。空の上から見ていてね。
目を開けて振り返ると四人の温かな眼差しがある。
「――みんな……行こっか」
石畳が敷かれた道を歩く。
みんなが私の前を歩いて明るい空が心を照らす。
ライブが終わった後の後夜祭で優詩くんが教えてくれた。
初めて会った時に演奏した楽曲に対する彼なりの解釈を。
『過去は間違いなく存在する。記憶には愛した人が待っていてくれる。
いつでも会えるから大丈夫』
息を小さく吸い込んでワンコーラス歌う。あの時とは違って、まったく怖くない。
「――――――」
「えっ? なんすか? その曲? 新曲っすか?」
「この曲……知らないなんて……音楽やってるのに……」
「うるせえよ……! 広く知ってりゃいいわけじゃねえよ! 眼鏡女!」
「基本……だもん。音楽史に残る名曲。それを……知らないなんて、おかしい……」
「名曲とか音楽ジャンルとか、どうでもいいんだよ!
バンドやる上で重要じゃねえよ! 音楽に詳しいからってなんなんだよ?
専門家にでもなりてえのかよ、バーカ! パンクじゃねえーな!」
「パンクだもん……! これから……もっとパンクになるもん……!」
「パンクじゃねーよ! 大体、パンクってなんだよ!」
「悠馬……静かにしろ。墓で騒ぐなよ」
「優詩先輩。こいつパンクって言葉に酔ってるんすよ。
そういうやつが一番パンクじゃねーんすよ。気にしてる時点で違くないっすか?」
「私……パンクだもん……!」
「金本くん……島崎さんをイジメないでね。
女の子に酷いこと言ったりバカにする人は最低よ」
「はい、すんませんっす……」
「ふざけているのは……わかるけど。校長室では島崎さんのこと庇っていたじゃない。
普段から、もう少し思いやりのある言葉をかけてあげたら?
そうしたほうが良いよ。金本くんは優しい人なんだから」
「わかったっす……つか、俺のこと見てくれてるんすね!
それって気になってるってことっすよね?」
「…………。島崎さんも喧嘩腰になるのはよくないよ。私たちバンドメンバーでしょ?」
「でも……でも……いつも私のこと……バカにしてきます……」
「それは裏返し……ね。照れてるのよ、金本くん。女の子好きだから」
「いやー、それはねえっすよ。島崎は、ねえっす。
根暗で眼鏡じゃないっすか。少しぐらいエロい身体してるからって俺は無理っすね。
優詩先輩もそう思うっすよね?」
「思わないよ。それに……凛花ちゃんは悠馬が思うよりも多くの人に好かれてる」
「なんすか、それ。この間のライブのことっすか? あっ……あれっすか?
最近、教室でやってるギャンブルで島崎が勝ちまくって、人気があるってことっすか?」
「ギャンブル?」
優詩くんと美波ちゃんの声が綺麗に重なった。
背後から風が強く吹いてくる。
持ち帰る桃の甘い香りが微かに上ってきた。先を歩くメンバーの背中を見つめる。
私は……ゆっくりと振り返った。
うん。大丈夫……大丈夫だよ。歩いていけるよ。
過去の痛み、深い傷は二度と消えない。ずっと心に残るものだから。
でも……悲しい記憶だけじゃないんだよ。大切な思い出がある。
私は『大切な思い出』と『今の幸福』を抱きしめるよ。
大詩が私に残してくれたもの。確かに存在しているよ。
時々、相談してもいいよね? その時は、いつもみたいに笑ってくれる?
それと……私のこと愛しているのに一度も直接言わなかったよね?
反省しろ、この変態! バカ……!
………………。
助けてくれたこと。抱きしめてくれたこと。
忘れないよ。私のことをいつも助けてくれて……ありがとう。
身体を前方へ戻すと、みんなが私を待っていてくれた。
「姉さん、行くっすよー」
「悠馬の店で、ご馳走してくれるみたいです」
「詩織さん、行きましょう」
「お、お好み焼き……一緒に食べたいです」
これからも痛いこと、悲しいことはある。
それでも生きていく。
私は一人じゃないから。
彼に……届くかな。
みんなに……届くかな。
届いてほしいな、私の気持ち。
瞬きを一つして声を出す。
明日の空を迎えられるように。
「うん、ありがとう! みんな大好きだよ……!」
あすの空、きみに青い旋律を
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