再生の音色 17
詩織さんの声を皮切りにカウントが入って演奏が始まった。
ひょっとこさんがキックするバスドラムはとても重い。
俺の背中に音の衝撃を与える。
隣人さんはリズムをタイトにキープして、指板状で指が踊る複雑なフレーズを弾く。
生で聴く堕天使の叫び声は音の厚みも声量も圧巻だった。
「――――――」
観客の手を上げさせる、熱を放出させることは容易だ。
ドラムとベースの音圧が迫ってくる。
ギターを上に重ねていくには経験も技術も不足していた。
ライブ慣れしている人たちのパフォーマンスに圧倒される。
「――――――!」
お立ち台の前に立つ。中音域を強めにした音色でギターソロを弾く。
隣人さんが白塗りの顔に線を入れて近付いてきた。
音数を抜いたベースフレーズを奏でる彼と向かい合う。
ソロ終わりに目線を交換していた。
俺たちの間を飛び出した詩織さんが、お立ち台へ上がって身体を丸める。
「――――――!」
グロウルが響く。急に転調してテンポも緩やかになる。
最後の反動を求め答えを探しにいく。
「――――――!」
重いドラムが打ち鳴らされて独創的なベースラインが渦潮を生み出す。
ギターから生み出す激しい六弦の音を上に乗せる。
お立ち台の上で詩織さんが絶叫し空を見上げた。
楽曲は……セックス・ライフルズ最後の演奏は終わりを迎える。
熱狂する観客の声に野太い声が覆い被さった。
「お前ら! 今日で……これで……セックス・ライフルズは終わりだ。
今まで活動休止にしてたが、今日で解散だ。最後を見届けてくれて、ありがとうな!」
ひょっとこさんの目に薄っすらと涙が浮かんでいた。
彼の名を叫ぶ観客の声に負けまいと、さらなる大声を出す。
「いつまでも忘れんなよ……! お前らの胸に刻んどけ……! このカスどもが!」
舞台袖に戻った俺たちはB.M.Tのメンバーからも称賛を貰った。
ひょっとこさんが強く抱きしめてきた。身体が豆腐のように崩れるほど力強く熱い。
「優詩……ありがとな。最後に一緒に演奏してくれて、ありがとな。
詩織のこと……任せたからな」
「素敵な演奏をありがとうございました。
大詩くん以来ですよ、僕を高揚させてリズムを速くしたのは。
――これからも先を目指してください。
あなたたちは未来ですからねえ。アンコール楽しみにしていますよ」
身体の密着が解かれ俺は二人と固く握手した。
二人の歩んできた道と想いを手のひらから受け取った気がする。
「ひょっとこ……隣人……」
詩織さんはポロポロと涙を流す。
「はっ……泣くなよ。不良娘には似合わねえよ。俺たちは次に託す、それでいいんだ」
「僕は引退する年齢でもないですし、そもそも音楽には引退はないです。
ただ……セックス・ライフルズのアンサンブルは超えられない。
その音を渇望してしまうだけですからねえ。だから、僕も身を引きますよ。
詩織さん……今まで素晴らしい歌声をありがとうございました」
「隣人……いつも一歩引いたところから私たちを見守ってくれてた。
私からすると……お兄ちゃんみたいだった。
一緒にスイーツ巡りしてくれてたこと忘れてないからね。
変態さを隠しきれていないところも大好きだったよ……」
「風評被害、誹謗中傷。僕は冷静沈着な紳士ですからねえ。
あなたは新たなバンドで輝いてくださいね」
「うん……ありがとう」
彼女は、ひょっとこさんへ目を向ける。
「ひょっとこ……親とか大人が大嫌いな私のこと……。
いつも自分の子供みたいに接してくれて……嬉しかったよ。ひょっとこが……。
ひょっとこが、お父さんだったら……よかったのにって……いつも思ってた」
「はっ……う、うるせえな……。そんな別れの挨拶みたいなのはするんじゃねえ。
な、なんだか……娘を嫁にやる気分だ」
「ふふ。ひょっとこさんは情に厚いですからねえ。
――さあ、B.M.Tのみなさん。お客さんが待っていますよ」
俺たち五人はステージへ戻った。
再び大きい歓声が身体に飛んでくる。メンバーと目配せをして最後の曲が始まった。
俺たちが初めて合わせた楽曲。
空と観客に届けようと弦をピックで振り抜く。観客は笑顔で手を振り上げている。
ギター音が空間を引き裂いてドラムの打音が会場を駆け巡る。
「――――――!」
ステージ上を縦横無尽に走り回る詩織さん。
メンバーに絡んでいく彼女は笑顔で声を張り上げた。
この曲は『お前らに未来なんてない』
そう……歌う。
音楽史に残る曲であって影響を与えたことは計り知れないだろう。
詩織さんの歌声が未来を見させてくれる。
歌詞を変えて。
「Your future! Your future!」
「Your future! for you!」
観客を巻き込んで大合唱となった。繰り返されるフレーズは簡易な旋律だ。
詩織さんが観客にマイクを向けたことも理由の一つだった。
「Your future! Your future!」
「Your future! for you!」
大海が轟音を蓄えステージへ跳ね返してくる。身体が後ずさるほどの力を持っていた。
「Your future! Your future!」
「Your future! for you!」
大海の声をなくしたラストフレーズ。詩織さんはメロディを無視した。
「未来は誰にだってあるから! 立ち止まったっていいよ!
休んだっていいよ! 暗くたっていいよ! 暗い中にも微かな光があるから!」
歪んだ音の余韻で作られた空間に浸る。音色、声援、拍手に溺れていく。
兄さん……。これが兄さんが見てた景色なんだね。
みんなと奏でる音楽は気持ちいいよ。詩織さん、美波、凛花、悠馬。
ひょっとこさん、隣人さん。要、尚人。校長先生。あと……室岡も。
色々な人が助けてくれたよ。尋也とも笑えるようになった。
一人では無理なことも多くあって、色々な人の助けで『今』がある。
これから先のことは誰にもわからない。
兄さん……言っていたよね。
『立ち止まったっていい。立ち止まるから次を歩ける』
わかってる。歩んでいくよ。進んでいくよ。
兄さんが託してくれた想い、託してくれた音楽。
繋げていくよ。枯れることのない想いは残るから。
俺たちが『今』この瞬間に感じた『想い』忘れないよ。
『今』しか感じられない想い。『今』しか奏でることのできない音。
忘れないよ。俺たちが奏でた青い旋律と共に。




