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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第六章 再生の音色

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再生の音色 13

 予定では一曲目の流れから二曲目に入る予定だった。

カウントを出すはずの悠馬が額に汗を浮かべ呆然としている。

これほどまでに熱狂してくれると思わなかった、観客に向ける目が、そう言っている。

詩織さんの圧倒的な歌唱力とパフォーマンスもあるけれど演奏が人々の心に響いた。


 眼前を見ていると最前列で隣人さんが手を振っていた。

ひょっとこさんは腕を組み微笑んだ。


――これがステージで演奏するライブ。


 前列の女性が俺を指差し隣の人に耳打ちしている。

いや……俺にではなくてギターだろう。

大詩と同じギターだ、と言われている気がした。

この場に存在するセックス・ライフルズファンの多くが同様の感想を抱いているはずだ。


 詩織さんが軽いステップで俺に近付いてきた。


「ねえ、ねえ。グランド横のフェンス見てみて」


 言われるがままに目を向ける。フェンスで隔離された黒い服を纏う人物と目が合う。


「尋也……」


「入れ墨小僧にもチケット渡したの。要くん経由でね。

あの子は天邪鬼だから、来てくれるか……わからなかったけど」


「ありがとうございます。そこまで気が回らなかったです」


「ううん。途中で気付いて手を振ろうと思ったんだけどさ。

私が手を振ったら、みんなも振り返るかと思ってね。

入れ墨小僧って、そういうの気にしそうじゃない?

あんな見た目でけっこうシャイだから」


 俺たちの視線に気付いた尋也は、ぶっきらぼうに手を上げた。


「さっ! 次いこうよ! 入れ墨小僧が感動で倒れちゃう前に!」


 悠馬に駆け寄った詩織さんは彼の背中を強く叩く。

スティックを打ち鳴らす音が入って美波の楽曲が始まる。

休符を挟んだ豪快なギターサウンド。太いベース音が会場の熱気を盛り上げていく。

軽快なビートの王道ロックチューンだ。


『スマイリーブランケット』


『彼女が佇む 思考揺らぎの中 彼女が佇む 答えを求めて

彼女が佇む 人が行き交う中 彼女が佇む 在るべき姿を探して』


 詩織さんが人差し指を天空へ突き刺す。観客も真似をして縦に飛び上がる。


『誰かのために生きていくこと 訴えることが空虚でも

誰かのために生きていくこと あの人が教えてくれたこと』


『彼女は佇む 心の向かう道 彼女は佇む まるで銀幕の空

彼女は佇む 夕暮れのバス停 彼女は佇む 胡桃色染まる髪探して』


『誰かのために生きていくこと 訴えることが空虚でも

誰かのために生きていくこと あの人が教えてくれた』


『誰かのために生きていくこと 装飾なく笑っていければ

誰かのために生きていくこと あの人が伝えたかったこと』


 間奏部分でイントロフレーズのモチーフを繰り返す。

お立ち台に足をかけた詩織さんが細い首と細い髪を振り回していく。

変拍子が入る中でキーボードから放たれる哀しげな和音が楽曲に深みを持たせた。


『残酷な暗さ 瞬く間に奪う 起こり得るすべて 悲哀に包まれて

無知な人の向こうに 無垢な瞳がある 変えないといけない 日出ずるために』


『彼女は佇む 明るさのバス停 彼女は佇む 宝箱に入れて』


『誰かを愛し生きていくこと 親愛も不信もあるから

誰かを愛し生きていくこと 安寧を見つけていく』


『誰もが幸せを望むこと 零れることがあることも

行動にして声を出すこと あの人は笑って言ったんだ』


 悠馬のドラムが激しく叩かれて、呼応した弦楽器も鍵盤もアタックを強くする。

大きく振り上げた悠馬のスティックが打面を沈ませ楽曲終了の意志が一致した。

ヘッドバンキングによって乱れた頭髪を耳にかける詩織さんが観客に問いかけた。


「二曲聴いてもらいました! どうかなー?

一曲目はベースの凛花ちゃんが作った曲で、今の曲はキーボードの美波ちゃんの曲です。

変なこと言ってた人も黙っちゃうほどカッコいいでしょー!」


 凛花ちゃーん! 美波ちゃーん!と多数の人から声が上がる。


「――次の曲は凛花ちゃんが作ったラブソングです。

恋をしている人……恋をしていた人……思い出して聴いてください」


『あいのガラス玉』


 追加で凛花が提供してくれた。

ミドルテンポでポップさに重きをおく楽曲だ。

静かな歩みで俺はステージ中央へ足を向ける。

アルペジオ風のギターフレーズと歌が一緒に入るからだ。

青い地球を隠していた詩織さんと向かい合う。

お互いが吸い込む酸素に合わせギターと共に歌が始まる。


『真昼 恋心 夏の夜に霞んでいく 晴空

あなた いてくれた 心の陽 いつも忘れないよ』 


『会話 無理なこと 誰も 誰しも一人だから

そんな言葉だけで今 慰めているだけ

日々が過ぎてくこと 一人 独り 望むふり

わたし夏を濡らして ずっとずっと待っていたよ』


『あなたはそのまま 置いていくの

わたし気持ちは 言えないよ 隣にいてよ それだけだよ いつも待っている

抱きしめてよ』


『言葉 言葉には 想い 想いが乗るから

だから そんな簡単に 口にはしない

あなた なんでいつもその 笑顔向けてくれるの

黙る そんな人 人 いらないんじゃないの

優しさいらないから 本当の声聞かせてよ』


『好きの言葉を口にしたら 離れていくかも

怖いから 背中の温もり 忘れてないよ

高鳴りの鈴 届いたかな』


 間奏の入りで俺がコードを響かせる間に詩織さんが凛花の元へ走っていく。

彼女の背中を押して、お立ち台に上がらせる。

丸まった背中と観客に詩織さんは大声を出す。


「ベースソロいくよー! オンベース、凛花ー!」


 困惑した表情でも頭部はリズムを刻み、弦を滑らしてベースが雄叫びを上げる。

譜面で表せないほど繊細さと豪快さを含む。

休符を織り交ぜたブルージーなフレーズが弾かれる。

右手のしなやかな指先は分身を繰り返す。

ソロ終わりに詩織さんが凛花の肩を抱いて、首を左右に動かし歌い出す。


『雨に打たれた夜の中で わたし気持ちは 癒えないよ 隣にいてよ それだけだよ

いつも待っている』


『好きの言葉を口にしたら 離れていくよね そうだよね でもいつでも いいんだよ

そう 都合がいい時 それでいいよ あいしてよ』


 左右に身体を軽く揺らしている観客。

アウトロは美波が奏でる和音にトリッキーなギターフレーズで彩りを与えていく。

悠馬がミスをしてドラムだけが先に演奏をやめた。


 ライブの醍醐味。兄さんの言葉を思い出した。



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