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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第六章 再生の音色

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再生の音色 10

 一人は、とても大柄な男性だ。

身長は二メートル近く、体重もしっかりとあって、ヘビー級の格闘家を彷彿とさせる。

細い目は鋭く周囲を見渡していた。

もう一人は黒いマッシュルームヘアに大きい黒縁眼鏡をかけた柔和な男性だ。


 大柄な男性が野太い声を白いテントにぶつけた。


「おい! 詩織……! 来たぞー! 挨拶くらいしろ、不良娘!」


 名前を呼ばれた詩織さんは紙から離した目を輝かせる。


「ひょっとこー! りんじーん!」


 ひょっとこ。隣人。

そうか……この二人が兄さんと組んでいたセックス・ライフルズのメンバー。

兄さんから話は聞いていて数々の逸話がある二人だ。


 ドラマーのひょっとこ。

兄さんの話を聞く限り粗暴ではあるが心優しい人物だ。

大食漢。大酒飲み。喧嘩っ早いことで有名だ。

アマチュア時代、態度の悪い観客をステージに引きずり上げた。

そしてバスドラムに突き刺したことがある。ライブ後に大暴れしたこともあるようだ。

スタッフと仲裁に入った客を一人で相手にしたらしい。

止めに入った数、十五人。打ちのめされた数、十五人。

決して悪い人ではない、と兄さんは笑っていた。


「来てくれたんだねー!」


「不良娘がライブやるなら見に来るしかねえだろ」


 詩織さんは笑顔のままで、もう一人に目を向ける。


「りんじーん! あいかわらず変態な感じが隠しきれてないねー!」


「やめてください。風評被害、誹謗中傷。僕は冷静沈着な紳士なんですからねえ」


 ベーシストの隣人。

バンド活動時は長い金髪を逆立てていたが、今は正反対の髪型をしている。

名前の由来は兄さんが住んでいたアパートの隣室であったことから名付けられたようだ。

楽器演奏が不可の物件で片方はギターを弾いて、片方はベースで建物を振動させる。

お互い素性を知らない時から壁越しにセッションをしていた、と兄さんは笑っていた。


「二人とも元気だったー?」


「まずまずだな。不良娘は不良娘に磨きがかかったんじゃねえか?」


「僕は勤倹力行ですね。あなたは……心の憂いが少しだけ軽くなった印象ですねえ」


 二人と話している詩織さんには幼さを含んだ笑顔があった。

彼女は大きく広げた手を俺たちに向ける。


「一緒にやってるメンバーだよ!

キーボードの美波ちゃん、ベーシストの凛花ちゃん、ドラムの変態垂れ目小僧。

それで……リーダー兼ギターは優詩くん。大詩の……弟だよ」


 みんなが会釈する中で、ひょっとこさんと隣人さんの視線が俺に集中する。


「大詩の弟か……詩織が言ってたのは本当だったんだな」


「合縁奇縁……ですねえ」


「兄が……お世話になりました」


 ぎこちなく頭を下げ元に戻ると二人は笑顔を向けてくれた。


「そうか、そうか。大詩の弟の優詩か。男前だからって調子にのんなよ!」


「ギターは大詩くんの逸品を使っているんですか?」


「はい。俺の腕には不釣り合いかもしれませんけど」


「分不相応はありませんよ。楽器は箪笥の肥やしにしてしまうと傷みますからねえ。

弾かぬなら、死ぬまで弾こう、愛妻家。

と、よくわからないことを彼は言っていましたねえ。

大詩くん……お兄さんも喜んでいますよ」


 俺の前に立った、ひょっとこさんの威圧感は凄まじい。

歴戦の猛者、という言葉がよく似合う。

両肩に手を乗せてきて、ずっしりとした重さが身体に伝わる。

この体格から生み出される重厚なドラミングがバンドを支えていたのだ。


「大詩のことは……残念だ。色々な想いがあるだろうが優詩の兄貴は……すげえ男だ。

他人のために体を張れる立派なやつだ。ケツまくって逃げることなんてしねえ。

世の中には、根暗で陰湿、矮小なやつらは多くいる。

ごちゃごちゃと大詩のことを非難することもあった。

なにもしねえ、なにもできねえ、クソみたいな連中だ。

でもな、大詩は……てめえが決めた正義を真っ直ぐに貫いていた最高の男だ」


「はい……」


「僕のベースに気持ちよく乗ってくれるのは大詩くんだけでしたからねえ。

あのアンサンブルが忘れられませんよ。

他では感じられない音。大詩くんのギターが大好きでした。

あ、そうそう。あなたは、あの稀少価値の高いギターでネックベンドしないでくださいね。

恐ろしい行為ですからねえ……」


 俺も隣人さんと同様の意見だ。ひょっとこさんは詩織さんに目を向ける。


「詩織、やっと歌う決心ができたんだな?」


「うん……みんなと音を出すよ。

ごめんね……二人には、もっと早く言うべきだった」


「お気になさらず。僕のベースで歌ってもらえないのは……少し寂しいですけどねえ」


「はっ……! 立つ鳥跡を濁さず、だ。

俺たちは次世代に引き継げばいいんだ。大詩だって笑ってるだろうよ」


「ひょっとこさんは水面を濁さずというより、水面を爆発させそうですけどねえ」


「うるせえよ……!」


 再会を喜んだ三人は冗談を言い合っている。

セックス・ライフルズのファンである凛花は羨望の眼差しを彼らに向けていた。


「じゃあ、俺らは行くからな。最前で楽しませてもらう」


「そうですねえ。あ……そうそう、ベースのお嬢さん。

あなた……お若いのに素晴らしいですねえ。先程のベース聴こえていましたよ」


 隣人さんが凛花に近付いて右手を差し出す。


「ひ……ひいい……!」


 身を強張らせた彼女の姿にセックス・ライフルズのメンバーは全員笑っていた。



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