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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第六章 再生の音色

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再生の音色 9

「創作することって……自分の中にある『なにか』を伝えることだと思う」


「なにか……」


「そう。例えば……自分の想い。

でも、想いを吐き出したからって心が楽になるとかじゃないよ。

創作したことで苦しみになることもあるの」


「どうしてですか?」


「創作したことによって現実と理想の差がわかっちゃうことがあるから。

その狭間に飲み込まれる時があるの。大詩も……悩んでたんだよ」


 兄さんが苦悩していたことを俺は知らない。


「それでも創作していたのは、どうしてですか?」


「誰かに……感じたこと、見てきたこと、想いを伝えたいからだよ。

それは誰かの心に寄り添えるかもって」


 自身の想いを伝えること……。


「伝えていけば……受け取った人が、その想いを繋げてくれるかもしれない。

大詩が言ってたの……人は思いやりがあるから生きていける。

想いや優しさは繋がっていく。

それが『人の輪』になって、いつか『人の和』になる、って」


「そうですね……。そうあればいいです……けど」


「うん……大詩もわかってたよ。

みんなが幸福を得ることは人が人である限り未来永劫ない。

どうしようもない悪意と欲望が平穏に過ごしている人を傷つける。

でも、だからこそ、事実から目を逸らしちゃいけない。

苦しむ人、哀しむ人が、少しでも減る行動をすることが大切だって」


 氷が溶けたカップ飲料を喉に流す詩織さんは続ける。


「私……思うの。

満たされていたら、本当の意味での創作って、できないんじゃないかなって」


「満たされていたら……。幸福よりも不幸のほうがいいってことですか?」


「それは極端だけどね。満たされないから作品に投影する。

そこには、自身の『願い』があるんだよ、きっと」


「――願い、ですか。詩織さんは今……幸せですか?」


「うーん……わからない。

でもね、きみたちと一緒にいる時……音を出している時は幸せだよ。

それは確かなことだって言える」


 彼女の微笑んだ姿は秋の空を散歩する雲と同じで穏やかだった。


 夕方からクラスの片付けを手伝ったり、美波の仕事を手助けして文化祭初日は終了した。



 夜の公園。ベンチに座っている。左手にノート、右手にボールペン。

夜のハーモニーを受けて夜空を見上げた。何を伝えたいのだろう。

想いとは何だろう。いや……本当は、わかっている。

夏を過ごした中で輪郭が明瞭となって揺るがないものに変わっていった。

届いてほしい。ボールペンは左から右へ軽やかに流れていった。


 秋の夜空は……きっと見てくれる。



             *



 文化祭ライブ当日。

多くの観客が集まるであろう運動場のステージ裏で待機する。

午前中に最終的なゲネプロを終えてメンバー各々がライブに向けて心の準備をした。


「なんか、緊張するっすねー」


「そうだな……規模が大きいし、それに初ライブだからな」


「美波先輩も緊張するっすか?」


「あまり緊張していないかな。子供の頃からコンクール……人前に出ることも多いから。

野外で演奏するのは初めてだけど」


「さすがっす! すごいっす!

おい、島崎は緊張するだろ? 一般人以下のメンタルだもんなー」


 椅子に座ってストレッチフレーズを弾いている凛花は見向きもしない。


「おい……! 無視すんなよ! 眼鏡女!」


 スタッカートの音が最後に強く弾かれ音は歌うことを止めた。


「い、いつも……いつも……う……うるさい……」


 丸まった背中から声がして、こちらを向かない。


「ああ……? 緊張してっから声かけてやったんだろ! その態度はなんだよ!」


「い、いつも……口だけ……のくせに……」


「ライブ前にビビってベンベン弾いてるやつはパンクじゃねーんだよ!」


「パンク……だもん……」


 急に立ち上がった凛花は悠馬を睨みつける。


「バーカ! ライブ前に緊張してる時点でパンクじゃねーよ!」


 既視感のある会話が始まった。


「パンク……だもん。いつも……ニヤニヤしてるほうが……パンクじゃない。

漫才……お笑いやってるほうが似合ってる……」


「はいー? 漫才? 俺がやる、お笑いのライブなんて誰が見んだよ!

バーカ! お前はパンクじゃねーんだよ!」


「パンク……だもん! し……知らない……くせに。私……夜の学校でガ――」


「はい、はい。そこまで。凛花ちゃん、落ち着こう。悠馬も突っかかるなよ」


 訝しむ美波の視線が俺に向けられた。

浮気の真偽を確かめる女性のように冷ややかな目だ。

台風が去った日。一階校舎の窓ガラスが割れていると騒ぎになっていた。

普通は違和感に気付きそうなものだけれど、偽装工作が功を奏し問題にはなっていない。

さらに真相を知らない室岡が他の者に見られる前に片付けてくれたようだ。

凛花の小さい見栄で露見するところだ。

メンバーに話しても問題はないだろうが、俺は誰にも言うつもりはない。


 美波は少しばかり口角を上げた。


「島崎さんは……やっぱりすごいね。

私にはできない。少しだけ……ほんの少しだけ羨ましい」


「えっ、なんすか? なにがっすか?」


「善悪は置いといて、すぐに行動できる子ってことよ」


 美波は俺を一瞥すると綺麗な唇を動かし愛ある嫌味で刺す。


「感情を伝える手段が過激よ。外村くんが隣にいたなら止めてあげないと。

バンドのリーダーで先輩なんだから」


――いや、止めたんだけど……。


 口には出さず深く頭を下げた。


 詩織さんは机に向かって一枚の紙に目を通している。微かな歌声も出ていた。

今日の朝、謝罪を口にして白い紙を渡すと朗らかな笑顔で彼女は言い放った。


「大丈夫だよー! ライブ前までに読み込んで、しっかり歌詞の意味も落とし込むから!」


「すみません……ありがとうございます」


「私を誰だと思ってるの? きみのお兄さんが認めたボーカリストだよ」


 机に向かう横顔は微動せず真摯に歌詞と向き合ってくれた。


 凛花はベース練習に戻って、俺たちは緊張を緩和するために談話を再開する。


 そこに予想外の来訪者が現れた。


「おい……邪魔するぞ」


「まずいですよ。関係者以外立ち入り禁止って書かれていたじゃないですか……」


「知るか。俺だって関係者みたいなもんだろ」


 虎柄のロープを越えて二人の男性がステージ裏に姿を見せる。


 ライブの件。美波が以前、木崎に仮定の話としていたことが現実となった。

生徒のボランティアで警備員と誘導員を配置している。

詩織さんが手配した人たちもいるはすだ。それなのに男性二人組はここにいる。

警備員である彼らは、どうしたのだろうか。



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