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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第六章 再生の音色

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再生の音色 8

            *



 文化祭前のリハーサルを迎えた。

惜しむ日々は林檎が落ちる速度のように流れていく。


 ライブに関する問い合わせが多く、体育館で演奏することは困難とみられた。

セックス・ライフルズのシイ。彼女の威光をまざまざと見せつけられる。

美波の提案によって運動場を開放する野外ライブへ変更された。

学校側と協議を重ねてくれた美波はマネージャーの役割も担ってくれる。

オーバーワークになっていても弱音一つ吐かない彼女に尊敬の念しかない。


 謎の業者が運動場に野外ステージを作成した。

簡素なものではあるが、しっかりとした作りだ。

音響スタッフ等、警備員や誘導員の手配、無料チケットの発行、謎の業者。

詩織さんの業界の繋がりに助けられている。

彼女を慕って作業する人たちはチャリティーライブだから無償で良いと言ってくれた。

しかし、彼女は断る。

「プロはタダで仕事したらダメだよ! ライブが無料なだけ!」と、笑い飛ばす。

彼女がポケットマネーで彼らの賃金を支払い、俺たちがしたのは機材搬入くらいだった。

 

 リハーサルで各自のセッティングが完了する。

ドラム、ベース、ギター、キーボード、ボーカルの順番でサウンドチェックをしていく。


「あ……そんなに、やらなくて大丈夫ですよ! 大丈夫ですから……!」


 ダブルタイムで激しく叩き出した悠馬にスタッフさんが苦い顔で腕を上げている。

俺は特殊なエフェクトを多用するギタリストではない。

スムーズにサウンドチェックは完了した。

バンド全体のサウンドチェックをした後で楽曲のリハーサルを行う。

これほど広い野外ライブに四曲しかないのは寂しい気もするな、と考えてしまう。

元々は三曲であったが再始動してから凛花が新たな楽曲を提供してくれた。


 緑の生命が点在する運動場には、いくらか生徒の姿がある。

セックス・ライフルズのシイを一目見ようと文化祭準備を放棄し見に来ていた。


 リハーサルは順調だ。

あとは文化祭を迎えるだけ……そう、前向きに捉えることは滑稽に感じた。


 二日前で歌詞ができていない。


 何を書いたら良いかわからなかった。何度か書いた紙はゴミ箱へ誘拐される。

王道の恋愛ソング。高校生らしい青春ソング。木崎に向ける反骨精神ソング。

どれにも当てはめたくないのか、向こうから歩み寄ってくれることもなかった。



           *



 文化祭初日は多くの人で賑わっている。

校舎の前に飲食の出店が立ち並び、校舎内にはクラス毎の出し物があった。


「次、あれ食べよー!」


 詩織さんが……いや、馬が大声をあげている。


 セックス・ライフルズのシイが文化祭を回るなど騒動にしかならない。

馬の被り物をすることを条件に学校内を軽やかに駆けていた。

文化祭という状況が功を奏する。

馬の被り物をした変質者に対し写真を共に撮ってほしい、という者さえいた。

馬も不気味なポーズでサービスをして依頼者も楽しそうだ。


 俺と美波のクラスはフランクフルトを販売している。

前日までに店の装飾などを手伝い、当日は数人で回していた。

凛花と悠馬のクラスはカフェを催している。

キャビンアテンダントのコスプレをした凛花。どこかの街で暗躍する白塗りの悠馬がいた。

他にも色々な出し物や体育館で行われていた劇や自主映画を観る。


 一通り回ってから詩織さんと部室へ向かう。

彼女は準備室に引きこもっている室岡の肩を強く叩いた。

たこ焼き、フランクフルト、メロンソーダを手渡す。

室岡は気怠そうに受け取り「男子が作ったやつじゃないだろな?」と睨んだ。


「あー、楽しかったー!」


 詩織さんは仰向けになって両手足を広げた。


「床……直接、寝転ぶと汚いですよ」


「小さいことを気にしないでよー。私……初めて文化祭に参加したからさー、嬉しくて。

本当にね、初めてなの! 中一の時は文化祭っぽい文化祭じゃなかったし。

こういうのってさ、学生の時にしか経験できないじゃん、だから嬉しい」


 彼女の過去が言葉の一端に表れた。


「まあ……そうですね」


「みんな……きらきらしていて、すごく楽しそうだった。

私もさ……普通の家に生まれて、普通の暮らしがあったら。

普通に学校に行っていたら友達と笑って行事に参加していたのかなって。

普段の生活、修学旅行、体育祭、文化祭。青春って……いいなって思うよ」


 天井に青い瞳を向けている。過去を振り返っているのだろうか。


「明日……できますよ」


「え……?」


「一緒にライブできるじゃないですか。

過去には戻れないけど……明日が詩織さんにとって青春の日になればいいです」


 青い瞳と俺の瞳が合致する。


「え……えー、なに、なに? 慰めてくれるの?」


 起き上がった詩織さんが隣のパイプ椅子に腰を下ろす。


「心配してくれるの? 泣かせたくないと思った?」


 いつだって気にしている。いつだって笑っていてほしい。


「別に……そういうわけじゃないですけど」


「なーんだ。流れで告白してくるのかと思ったよ。

――ところでさ、歌詞はできたの? もう明日だよ?」


「まだ……です」


「普通のボーカルだったらキレてるよ!」


 詩織さんは腹を抱え笑った。


「なにを書けばいいのかなって……。

大規模なライブになって多くの人が聴きに来るから 余計にわからない……というか」


「人数や規模は関係ないよ。

優詩くんが感じていること、伝えたいことを歌詞に出せばいいんだよ」


「伝えたいこと……」


「うん、伝えたいこと」


 時々、彼女は静かな声で俺を後押しする。それは次に紡がれた言葉も同様だった。 



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