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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第六章 再生の音色

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再生の音色 7

「なんで、お前は馬なんだよ」


 脂を含んだ髪を掻き回し室岡の黒目がギョロギョロとした。


「一応、これでも有名人だからねー。今は顔出しちゃったし。

校内でバレないようにしろって先生に念を押されたから。

それにさー、これ気に入ってるの!」


 下を向いていた凛花に抱きつく。


「ひいい……! いやああ……!」


 シイが文化祭に参加することは校内でも話題になっている。

俺と美波も同級生から散々質問された。おそらく凛花と悠馬も同様だろう。

馬の姿が生徒の目に触れたら逆に怪しむ者がいるはずだ。


「優詩くん、よかったね! きみが集めたバンドが再始動できるよー」


「元々は悠馬が持ってきた話なんですよ。バンド組もうって」


「え、そうなの……? 変態の手柄なんだ。なんでバンド組もうと思ったのー?」


「え? ドラムの動画見て、かっけえなって……あとはモテたかったからっすね!」


「ふーん、そうなんだー。

変態らしく不純な動機だね! でも、悪くないかーバンドマンなら!」


 被り物を外してパイプ椅子の上で足を組んだ詩織さんが嘲笑した。


「いや、いや! 他にもあるんすよ! 去年の夏の初め……だったっすかね。

うちの居酒屋にきたイケメンの人に言われたんすよ――」


『やりたいことを見つけたら、怖くてもやってみなよ。

声を上げれば応えてくれる人はいるもんだよ。

一歩踏み出せば、なにかは絶対に変わるから。俺はいつでも応援するよ』


 悠馬の引用した台詞に美波は小さく首を傾げる。


「金本くん……その人って長い茶髪でセンター分けの人?」


「え、そうっす、そうっす。美波先輩も知ってる人っすか?

あれ以来、会わなかったんすけど、また会いたいっす」


「私も……去年の夏、声をかけられた。バス停にいたら急に声をかけられて……。

少しだけ話をしたの。最初はナンパか不審者かと思ったんだけど――」


『そっか……誰にも頼れないのはつらいね。

でもさ、頼らない方向もあっていいんだよ。

困っている人がいたら、きみは相手に寄り添ってあげる。

その優しさが世の中を回って、いつか……きみのところに返ってくるから。

俺はいつでも応援するよ』


「下心があって話しかけてきた人って思ったけど全然違った……なんだか安心できた。

それから相手に寄り添ってあげられる……人になりたいなって」


 凛花が小さく震える手を上げた。頸椎も正しい位置に戻っていく。


「あ、あの……私も多分……同じ人です。

一年前……CDをたくさん買ってくれた人です。

その中に……セ、セク……セク……ス・ライフルズのCDも入っていて……。

それから大好きになりました。帰り際に――」


『生きていく中で不満があるなら音楽にぶつけてみたらいいよ。俺はそうしてる。

音楽は孤独の人にも寄り添ってくれるよ。みんなのものだからね。

だから、大丈夫だよ。この先も大丈夫だから!

俺はいつでも応援するよ!』


 凛花の話を聞き終えた詩織さんはポケットに手を突っ込んだ。

無理矢理引き出したスマートフォンの画面を指で滑らせる。

右往左往する指先は焦りを孕んでいた。そして、一枚の写真をメンバーに向ける。


 兄さんと詩織さんのツーショットだ。

メンバーはもちろん、室岡までもスマートフォンの画面を覗きこむ。


「あっ! そうっす! そうっす! この人っす!」


「うん、私が会った人です」


「私に……CD買ってくれた……人です」


 みんなに向けられたスマートフォンが震えている。


「大詩……大詩、言ってた。地元に帰った時……託してきたって……。

きっと、大きな花をって……みんなのことだったの……?」

と、一つ一つの言葉を確認するように呟いた。


 スマートフォンを胸と腕で隠した詩織さんの身体は丸くなる。

嗚咽が部室に広がっていく。

兄さんは亡くなる二週間ほど前、地元に帰ってきていた。

俺とは行き違いになって会えなかったけれど。一呼吸置いてからメンバーへ伝える。


「その写真……俺の兄さんなんだ。セックス・ライフルズのギタリスト」


 詩織さんが告白した時に言いそびれていた。


「え……そうなんすか!? マジっすか?」


「ギタリスト……私たちが会った外村くんのお兄さんって……去年の事件で――」


 美波の問いかけを竜巻のように巻き上げていく人物がいた。

写真を見てから微動しなかった生物教師だ。


「いや、待て待て! 待て……! お、お前!

そうか……! 外村って……! お前――」




   

 外村大詩の弟なのか……!?





 室岡が誰よりも驚いているようだ。身体の芯は背後にあるロッカーを支えにした。

丸い目と丸い口は同サイズであるかのように見紛う。


「そうです……よ。兄ですけど……」


「く、くうう……! そうか……あの野郎の弟か! そう言われれば少し似ている……!

あいつだ……! あいつだぞ! 前に軽音部作ったの!」


「え……そうなんですか……? 兄さんが?」


「あ、あの野郎が……! 俺にハニト……いや、なんでもない……!

くうう……! おい、あいつは今どうしてんだ!? 俺を陥れた……あのクソ野郎は!」


「――去年の夏……亡くなりました」


「え……し、死んだ……? あいつ、死んだのか……?」


 先程までの憤怒は周辺の空気と馴染んでいく。

普段のチワワに戻り眼球が振り子となっている。


 詩織さんは声を押し殺して泣いた。

彼女の初めて見せる姿にメンバーは声をかけることができない。


 あれは……いつだったか。俺も兄さんから言われた言葉を思い出す。

悠馬からバンドの話を持ちかけられた下駄箱。あの時、背後からした声と同じものだ。


『音楽をやりたい仲間ができたら怖くてもやってみろよ。

誰だって最初は怖い。なんでも最初は怖いさ。でも、前に進んだら良いことがある。

大丈夫だ、優詩ならできる。俺はいつでも応援するよ』



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