再生の音色 7
「なんで、お前は馬なんだよ」
脂を含んだ髪を掻き回し室岡の黒目がギョロギョロとした。
「一応、これでも有名人だからねー。今は顔出しちゃったし。
校内でバレないようにしろって先生に念を押されたから。
それにさー、これ気に入ってるの!」
下を向いていた凛花に抱きつく。
「ひいい……! いやああ……!」
シイが文化祭に参加することは校内でも話題になっている。
俺と美波も同級生から散々質問された。おそらく凛花と悠馬も同様だろう。
馬の姿が生徒の目に触れたら逆に怪しむ者がいるはずだ。
「優詩くん、よかったね! きみが集めたバンドが再始動できるよー」
「元々は悠馬が持ってきた話なんですよ。バンド組もうって」
「え、そうなの……? 変態の手柄なんだ。なんでバンド組もうと思ったのー?」
「え? ドラムの動画見て、かっけえなって……あとはモテたかったからっすね!」
「ふーん、そうなんだー。
変態らしく不純な動機だね! でも、悪くないかーバンドマンなら!」
被り物を外してパイプ椅子の上で足を組んだ詩織さんが嘲笑した。
「いや、いや! 他にもあるんすよ! 去年の夏の初め……だったっすかね。
うちの居酒屋にきたイケメンの人に言われたんすよ――」
『やりたいことを見つけたら、怖くてもやってみなよ。
声を上げれば応えてくれる人はいるもんだよ。
一歩踏み出せば、なにかは絶対に変わるから。俺はいつでも応援するよ』
悠馬の引用した台詞に美波は小さく首を傾げる。
「金本くん……その人って長い茶髪でセンター分けの人?」
「え、そうっす、そうっす。美波先輩も知ってる人っすか?
あれ以来、会わなかったんすけど、また会いたいっす」
「私も……去年の夏、声をかけられた。バス停にいたら急に声をかけられて……。
少しだけ話をしたの。最初はナンパか不審者かと思ったんだけど――」
『そっか……誰にも頼れないのはつらいね。
でもさ、頼らない方向もあっていいんだよ。
困っている人がいたら、きみは相手に寄り添ってあげる。
その優しさが世の中を回って、いつか……きみのところに返ってくるから。
俺はいつでも応援するよ』
「下心があって話しかけてきた人って思ったけど全然違った……なんだか安心できた。
それから相手に寄り添ってあげられる……人になりたいなって」
凛花が小さく震える手を上げた。頸椎も正しい位置に戻っていく。
「あ、あの……私も多分……同じ人です。
一年前……CDをたくさん買ってくれた人です。
その中に……セ、セク……セク……ス・ライフルズのCDも入っていて……。
それから大好きになりました。帰り際に――」
『生きていく中で不満があるなら音楽にぶつけてみたらいいよ。俺はそうしてる。
音楽は孤独の人にも寄り添ってくれるよ。みんなのものだからね。
だから、大丈夫だよ。この先も大丈夫だから!
俺はいつでも応援するよ!』
凛花の話を聞き終えた詩織さんはポケットに手を突っ込んだ。
無理矢理引き出したスマートフォンの画面を指で滑らせる。
右往左往する指先は焦りを孕んでいた。そして、一枚の写真をメンバーに向ける。
兄さんと詩織さんのツーショットだ。
メンバーはもちろん、室岡までもスマートフォンの画面を覗きこむ。
「あっ! そうっす! そうっす! この人っす!」
「うん、私が会った人です」
「私に……CD買ってくれた……人です」
みんなに向けられたスマートフォンが震えている。
「大詩……大詩、言ってた。地元に帰った時……託してきたって……。
きっと、大きな花をって……みんなのことだったの……?」
と、一つ一つの言葉を確認するように呟いた。
スマートフォンを胸と腕で隠した詩織さんの身体は丸くなる。
嗚咽が部室に広がっていく。
兄さんは亡くなる二週間ほど前、地元に帰ってきていた。
俺とは行き違いになって会えなかったけれど。一呼吸置いてからメンバーへ伝える。
「その写真……俺の兄さんなんだ。セックス・ライフルズのギタリスト」
詩織さんが告白した時に言いそびれていた。
「え……そうなんすか!? マジっすか?」
「ギタリスト……私たちが会った外村くんのお兄さんって……去年の事件で――」
美波の問いかけを竜巻のように巻き上げていく人物がいた。
写真を見てから微動しなかった生物教師だ。
「いや、待て待て! 待て……! お、お前!
そうか……! 外村って……! お前――」
外村大詩の弟なのか……!?
室岡が誰よりも驚いているようだ。身体の芯は背後にあるロッカーを支えにした。
丸い目と丸い口は同サイズであるかのように見紛う。
「そうです……よ。兄ですけど……」
「く、くうう……! そうか……あの野郎の弟か! そう言われれば少し似ている……!
あいつだ……! あいつだぞ! 前に軽音部作ったの!」
「え……そうなんですか……? 兄さんが?」
「あ、あの野郎が……! 俺にハニト……いや、なんでもない……!
くうう……! おい、あいつは今どうしてんだ!? 俺を陥れた……あのクソ野郎は!」
「――去年の夏……亡くなりました」
「え……し、死んだ……? あいつ、死んだのか……?」
先程までの憤怒は周辺の空気と馴染んでいく。
普段のチワワに戻り眼球が振り子となっている。
詩織さんは声を押し殺して泣いた。
彼女の初めて見せる姿にメンバーは声をかけることができない。
あれは……いつだったか。俺も兄さんから言われた言葉を思い出す。
悠馬からバンドの話を持ちかけられた下駄箱。あの時、背後からした声と同じものだ。
『音楽をやりたい仲間ができたら怖くてもやってみろよ。
誰だって最初は怖い。なんでも最初は怖いさ。でも、前に進んだら良いことがある。
大丈夫だ、優詩ならできる。俺はいつでも応援するよ』




