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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第六章 再生の音色

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再生の音色 6

「彼とは?」


「私に大切な……大切なものをくれた人です!」


「そうですか……」


「校長、軽音楽部は廃部です。

この子たちにも厳正なる処分を下さないといけません!

社会を甘く見ているんですよ! この子たちは……!」


 木崎の眼光は変わらない。校長先生は目を閉じて周りの空気を取り込む。


「そうですね……わかりました。それでは――」


 何かの意思決定をしたと思われた時、少しばかりの吐息に言葉を乗せる人物がいた。


「お……かしい……です。私たち……そんなに間違っていますか……。

そんなに……ひどいことをしましたか……。

ひ、人を……傷つけましたか……人を……殺しましたか……」


 小さい身体と小さい声を震わせている。


「なに言ってるの……? 犯罪と校則を一緒にしないで……!

そういう考え方! 根本からおかしいのよ!」


「間違いって……誰にでもあります……。

でも……取り返しのつかないことをして……笑って生きている人もいます……」


 小さい拳が力強く握られている。


「だから、なに? 話を逸らさないで。犯罪者がいるからどうしたの?

それに、あなたは間違いって認めているじゃない」


「チャンスをください……チャリティーライブ……成功させるから……。

チャンスを……ください」


「あなたたちが勝手に決めたことでしょう? 学校側は頼んでないわ。

チャリティーなんて認めない。それに……成功したからなに? それがどうしたの?

人を救えたつもりになって満足? 自分のためにすることが善意なのかしら?

自己満足の救済なんて押し売りみたいな真似よ!」


 凛花の目から涙が溢れた。


「わ、私……音楽で救われました……。

い、いつも一人だったけど……音楽は隣にいてくれました。

それから……みんなと出会えて……みんなと笑って……。

だから……他の人にも音楽を届けたい……一人でいる人に届けたい……です」


「それがどうしたの? それはあなた個人の問題でしょう? 学校に持ち込まないで」


 震える凛花の肩の動きを美波が緩やかにした。

彼女は相変わらずの真っ直ぐな瞳と堂々とした声で木崎に伝える。


「チャリティーライブをすることで世の中に目を向ける生徒も増えるはずです。

学生の時に社会に関心を持つことは大切であると思います。

たった一つの出来事が一人の関心や態度を変えることもあります」


「四宮さん……変な連中の口車に乗せられたのかしら?

どうしちゃったの? あなたらしくないわよ」


「あの、すんませんっす。間違いとか間違ってねえとか……わかんねえっす。

よくわかんねえっす……けど。でも、うちのベースを泣かすのは違くねえっすか? 

いつも……いっつも下向いてるやつが必死に言ってんのに」


 悠馬の言葉の後で校長先生が口を開く。


「――そうですね。校則違反を……していますが、今回は文化祭への参加を認めましょう」


 その場にいた全員が朗らかな顔に目を向ける。一人は敵意を剥き出しにして。


「ちょっと、校長……!」


「なにかあった時の責任は私がすべて取ります。

彼女が言う炎上もそうですが、校内に火炎瓶でも投げ込まれたら大変ですからね」


 古いですかね、と、校長先生は笑っている。


「そ、そんなの権力の横暴じゃありませんか……!」


「そう思われるなら、そう思っていただいて結構です。しかし、私は思うのです。

木崎先生……この子たちが校則違反をしてしまった理由を考えましたか?」


「理由……ですか? 文化祭へ参加するための嘘に理由なんてありませんよ!

人を欺いて己の利を得ようとする、愚かな生徒たちです!」


「違います……信頼関係ですよ」


「信頼……関係?」


「私たち教育者と生徒の間に信頼関係があれば、今回のような自体にはならなかった。

そう思いませんか? 信頼関係が築けていれば話してくれたとは思いませんか?

生徒がすべて悪いのだと判断することは愚の骨頂です。

私たちも自身を省みなければなりませんね」


 柔らかな喉の動きが俺たちに向ける視線と同調していく。


「――見てください。この子たちは互いのことを思いやっています。

人のために訴えること、人のために戦えることは素晴らしいと思いませんか?」


「そんなものは詭弁です……! 校則を守らない生徒を肯定してはいけません!

他の生徒に示しがつきません……!」


「この子たちを多角的に見てほしいのです。

詩織さんが言ったように一部分だけを切り取らずに。

数年前……ある人物に叱られたことがあります。

生徒が家出をして迎えに行った時のことです。

『大人なら子どもに恥じない生き方を示せ。

子どもが助けを求めているなら、その声をしっかりと聞け。

今が一生のことになると理解しているのか』とね。

――彼は真っ直ぐな瞳をした……とても勇敢な青年でした、ね。

この子たちの道を奪うことがあってはいけません。我々、教育者として……ね」


「そんなことをしていたら生徒がつけあがるだけです!」


「押さえつけることが教育ではありませんよ。共に学び苦楽を共にする。

主従の関係では決してありません。

どうも、そこのところを勘違いしている教師が世の中には多いようですな。

大人は先に生きているから子どもに伝えることができます」


「私は押さえつけてなどいません! 生徒が道を外さないように監督しているのです!」


「それならば過ちをおかした生徒を道に戻すため共に歩んでくれませんかね」


「そ、それは……」


「――すべての責任は私にあります。文化祭ライブ、チャリティーライブを認めます。

外村くんと四宮さんは最後の文化祭ですね。思いっきり楽しんでください。

応援していますよ。それと――」




 みなさんは全員、停学となります。




 学校側の了承を得ずに部外者と部活動をしたとして三日間の停学処分となった。

前回は処分されなかったが「今回が正式な処分です」と、校長先生は微笑んだ。

処分したという名目。木崎の溜飲を下げるために停学としたことは明白だった。

もっとも停学といったところで鬼の形相を崩さない木崎の目尻は痙攣していたけれど。


 俺たちは校長先生の笑顔に深く頭を下げる。脂が光るチワワの目にも涙が滲んでいた。


 停学期間中は自宅にいて暇だ、ということにはならない。

通常の勉強であったり、反省文と課題、やることは山のようにある。

一日は生徒の目につかないように登下校し別室にて課題や指導を受けたりした。



             *



 停学が開けた日。

俺たちは部室で談話していた。詩織さんの姿もある。

部活動のコーチという扱いで正式に校内へ入ることを許された。

それも校長先生の図らいだ。

俺たちの輪の中に、なぜか室岡も参加していた。詩織さんは馬の被り物をしている。



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