再生の音色 5
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「どういうことなの!? これは……!」
ライブ配信のアーカイブを見て木崎は絶叫した。彼女の声が厳かな校長室に響き渡る。
配信を見ていた者たちから多数の問い合わせがあったようで怒りに震えていた。
「すみません。その映像の通りです」
俺はリーダーとして悪態をつくでもなく淡々と答えた。
「勝手にライブすることを告知するなんて! だいたい中止になったでしょ!
活動停止……! 文化祭ライブは中止……!
どこまで勝手なことをすれば気が済むの!」
夕方の校長室には校長、木崎、室岡、美波、凛花、悠馬の姿がある。
詩織さんはいない。
「正しくはないです。間違っている行為だと自覚しています。
それでも……みんなと演奏して、聴いてくれる人に届けたいんです」
「な、なんて自分勝手なの……!?」
「まあ、まあ、木崎先生。大声を上げなくてもよいじゃありませんか」
「校長! この子たちはわかっていません! 自分たちの行動がいかに愚かであるか!
規律を乱しておきながら、自分たちさえ良ければいいと……!」
怒声が響く中で校長室の扉が静かに開いた。振り返ると馬が左右を確認し入室する。
速やかに被り物をとってホワイトアッシュの頭を下げた。
「なんなの!? 部外者のあなたが入ってくるなんて! 警察呼びますよ……!
出ていきなさい……! 早く出ていきなさい!」
「待ってください、木崎先生。
私が外村くんに頼んで彼女に来てもらったんですよ。当事者ですからね」
校長先生の朗らかな表情は木崎の怒りを増長させる。
相変わらずの鋭い視線を詩織さんに向けた。
「あなた……! 勝手なことして! なにがチャリティーライブよ!
金儲けのために学校と人の善意を利用して! そんなこと許されることじゃないわ!」
詩織さんの出現によって木崎の顔は生成りから般若へ変貌していく。
「違いますよー。収益は寄付しますから」
「それなら他の場所でやりなさい! 本校を巻き込まないで!
なにがチャリティーライブよ……!
大義名分を得るために考えたことでしょ! この偽善者……!」
血圧も高くなる木崎の顔は般若から天狗へ色味を変えた。
「偽善でも……なんて言われてもいいです。この子たちの夢は消させません」
「学校でやるな、と言っているんです……!」
「私は……学校に通っていませんでした。
だから、この子たちには最後まで経験してもらいたいんです」
「経験ですって……? なにを? 不良行為を?」
「今しか……できないことです」
「それがバンド? ライブ? あなた、ふざけてるの!?」
「学生時代の『今』という時間を友人や恋人と過ごすことです。
この時にしか感じられない感情。
二度と戻らない時間だからこそ……今を大切にしてほしいんです」
木崎の形相とは対極にある、雨に濡れたチワワのような男が手を上げた。
「あ……あの……よろしいでしょうか……」
「室岡先生は黙っていてください! 顧問である、あなたの監督不備ですよ……!」
既視感がある。しかし……以前とは違っていた。
室岡の汚れた白衣の袖口が俺たちに向けられる。
「こいつら……頑張って練習していました……よ。四宮も島崎も外村も。
金本なんて朝から晩まで下手くそなドラム叩いて……とにかく下手くそでしたよ。
確かに過ちは犯したかもしれませんが……。そんなやつらの気持ちを無下にしな――」
「黙りなさい……! なにを偉そうに言っているんですか!?
あなたのような者は教師ではありません! 準備室を私物化して……!
生徒にセクハラまがいのことまで! 本来なら、あなたは――」
室岡の黒い瞳に怒気が宿る感じがした。
「う、うるせえんだよ……! このクソババアが!
論点をずらしてんじゃねえ! 今は俺の話なんかしてねえんだよ、ババア!
わかるか!? 俺の話じゃねえんだ……!」
木崎は口を開けたまま静止する。
「人の話は最後まで聞け! ガキじゃねえんだ!
俺の話に被せるな! いいか、被せるなよ!?
黙れ! 今すぐ黙れ! 黙って最後まで聞け!
口を開くなクソババア! 加齢臭と口臭を俺に向けるな! 虫酸が走るんだよ……!
このクソババアが……!」
校長室はロックコンサートからクラシックコンサートへ様変わりした。
木崎は口に手を当てて後退りする。
一同が驚愕している中で詩織さんだけが小さく頷いて微笑んだ。
「どうか、お願いします……」
ピットブルからチワワへ戻った室岡は校長先生の前で両膝を絨毯へ吸い込ませた。
両の手を丁寧に並べ埃混じりの繊維に額を擦りつける。
「こいつら……校則違反をしました。
ですが……一つの目標に向かって、みんなで努力していました。
そして……他人を想いやる気持ちを持っています。
私には……無縁なものです。こいつらの――」
夢と目標を消さないでください。
絨毯を舐めるように言葉を出した。
静かに震える彼の背中を見ているとトイレから現れた姿とカツサンドの一件などが蘇る。
醜悪な部分も……誠実な部分もある。
室岡の背中は『多くの人間』というものを語っている気がした。
彼が黒であった場合、その行為が許されることは決してないけれど。
「頭を上げてください。室岡先生」
と、校長先生は彼の肩を優しく掴んで身体を起こした。
「なんと言ったところで文化祭ライブはやらせません! な、なんなの!?
さっきの態度は……! バ、ババア? 私はババアではありません……!
それに、ここは学校よ! 規律を重んじるの!」
「でもねー、先生。中止にすると困ることになりますよー」
と、詩織さんが一歩前に踏み出した。
「困ること……?」
強力な接着剤で貼られた木崎の眉間は微動だにしない。
「強制的に中止にされた、と言ったら……炎上するかもしれませんね」
「え……炎上ですって!?」
不敵な笑みから生まれる言葉は止まらない。
「それに私は正直に全部言いますよー。
私がメンバーに入ったことは校則違反だったけど……。
チャリティーライブのことを金儲け、偽善、大義名分、善意の利用って、言われたって」
「な……きょ、脅迫するの!?」
「――落ち着きましょう。感情的になっては……ね」
校長先生は詩織さんに目を向けた。
「校則は……とても大事です。風紀が乱れないように存在するものですから。
物事は綻びが生じると、どんどんと瓦解していきます。
そうならないように……ルールを守ることによって維持されますね。
校則と学校、法律と国家も同様です。あなたは学校が崩壊しても良いとお考えですか?」
「そんなことは思いませんよー。ただ……一点の過ちだけを執拗に攻撃する。
なんでもダメと決めつけること。
それって誰にもできることですし、それって教育って言えるんですか?
人は過ちがあるから成長すると思います! 私は自分たちのことを正当化します!
だって……この子たちのがんばりを見て見ぬ振りする大人なんてカッコ悪い。
子どもたちの眼をちゃんと見ろ! そう……彼も言ったと思います!」




