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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第六章 再生の音色

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再生の音色 3

            *



 翌日、メンバーを公園に招集した。

美波、詩織さん、凛花の順番でベンチに座っている。

汗だくの悠馬が現れたタイミングで詩織さんは口を開いた。


「あのね……みんなに伝えないといけないことがあるの」


 昨日と同様に普段の快活な人物から逸脱した物静かな声色だ。


「私……セックス・ライフルズのボーカルなんだ」


 美波の大きく見開いた目は彼女の横顔を真っ直ぐに捉えた。

凛花は一点集中の目で地面を焦がしている。悠馬だけが場を和まそうと声を出す。


「えっ! マ、マジっすか!? ね、姉さんが!?」


 身体を前傾させた後で腰を左右に振っている。

詩織さんの言葉を半信半疑で受け止めた彼に「本当だよ」と、俺は肯定した。


「え……マジなんすか?

でも、俺……名前は、わかるっすけど。曲は聴いたことないっすね……」


「私は何曲か聴いたことがあります」


「うん……みんな、黙っていてごめんね」


「いや、いや! 別に謝る必要なくないっすか? 

有名人とバンドやれるって最高じゃないっすか! マジなんすよね?」


「一般人の歌唱力じゃないとは思っていました。でも、詩織さんの素性は関係ないです。

私は一緒に演奏できたこと。みんなと過ごせたこと。

初めて……夏休みが楽しかったです」


「うん……ありがとう」


 二人とも詩織さんの気持ちを汲んでくれる。凛花だけは下を向いて声を出さない。

それは彼女の性格もあるだろうが、今の心理状態が強く影響している。


「凛花ちゃんも……ごめんね」


 詩織さんが凛花の顔を覗き込むと下を向いていた彼女が口を開く。


「わ、私……私……知っていました……」


「え……?」


「私……セッ、セク……セ、クス……ライフルズのシイ様だって……知っていました」


 凛花は知っている。


 花火大会の帰りだ。

詩織さんはセックス・ライフルズのボーカリストか、と聞いてきた。

その時は隠さずに肯定した。俺は彼女が知っている理由を問いただしていない。


「え……凛花ちゃん、知ってたの……?」

と、詩織さんは目を丸くする。


「堕天使のシイ様……私が大好きな……バンドの……ボーカリスト……です」


 台風の日。凛花が学校のガラスを割った日。

詩織さんに対する好意の有無を俺に問いかけた時だ。

勇気を出してくれた彼女に対し誠実に答えたいという思いに駆られた。

それは彼女の望む返答からは外れていたけれど。

セックス・ライフルズのギタリストが兄さんであること。

詩織さんがシイであること。そのことを俺が詩織さんに話せていないこと。

凛花は俺の言葉に反応することなく黙って話を聞いてくれた。


「どうして私のこと知ってるの?」


「そ……それは……二年前に……見たことがあるからです。

その時は……セッ、セク……セクス……ライフルズを知らなかったんですけど――」


 二年前の夏。凛花は母方の実家に帰省していたらしい。

海沿いの道を一人で散歩していた。

イベントのあるスタジアム近くまでくると、砂浜から大声がして恐る恐る覗いてみる。

ひょっとこの面を着けた大男や顔面を白塗りにした二人の男性がいた。

その人たちが女性を追いかけ回している。

追われている女性がメイク前の詩織さんだった。


 後にセックス・ライフルズの存在を知る。

海で戯れていた人物たちがバンドメンバーであると一致したようだ。


「あ……確かにライブ前に、みんなと海で遊んだことがあった」


「そ……それで……知って……いるんです。早く……準備しろって……。

フロントマンがいないと……ライブができない……って。

ボーカルなんだな……って、その時は思って」


「あー、ひょっとこが言ってたんでしょ、どうせ」


「あ……はい。わ、私にとって……神様みたいなバンドです」


「聴いてくれて……愛してくれて、ありがとー!」


 凛花の丸まった身体に自身の肌を沈ませた。一種のファンサービスなのだろう。

しかし、彼女を崇めている凛花にとって刺激が強すぎた。


「ひいい……! いやああ……! ひいやあ……!」


 俺たち以外に顔を並べていない公園で凛花の叫び声だけが響く。

一回離したかと思えば、不敵な笑みを浮かべる詩織さんは凛花をおもちゃにした。


「ひいい……! ひいい……! いやああ……! ゆ……許してください……!

ひやああ……! ひやあいい……!」


 天使の絶叫とでも名付けておこう。


「凛花ちゃんに嫌われてるのかと思ってたよー!」


 凛花は放心状態になった後で頭を両手で隠し震えている。


「姉さん! 俺もファンだから抱きしめてほしいっす!」


「えー、変態垂れ目小僧は私たちの曲聴いたことないって言ったじゃん。

それに、最近……きみって、生々しいんだよねー」


「えっ、なんすか? どういうことっすか!?」


「出会った時は、可愛げがあったのに。今は……欲望が全面にでていて……。

ちょっと……いや、けっこう気持ち悪い」


 詩織さんが笑った後でメンバー全員が同意の微笑みを浮かべた。

悠馬は全力で否定していたけれど。

凛花も肩を震わせていたし、美波も詩織さんの意見に同調するように頷いていた。


「――みんな、ありがとう。受け止めてくれて。

私ね……やろうと思ってることがあるの。聞いてくれる?」


 詩織さんは俺に話してくれた案をみんなに告げた。

美波が意見をぶつけてくると思ったが、彼女は時に地蔵のような目をして黙っている。

凛花も悠馬も公園内に声を捧げることはなかった。



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