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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第四章 花火と疑惑

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花火と疑惑 11

 灌木に身を隠し不審者の様子を窺う。

朧気な光に当てられた人物は、全身黒ずくめの風貌で泰然自若とは程遠い様子だ。


 黒い人物は一階の窓ガラスに棒状の物を叩きつける。

聞き馴染みのない音は雨風と混じり耳に極小の衝撃を与えた。

室内にはパズルのピースとなったガラスが哀しく散らばっているはずだ。


 興味本位で見に来たが……黒い人物の行動を止めたほうがよいのだろうか。

愛校心が強いわけではない。

しかし、不審者を見逃すことは義に欠けるという想いがあった。

泥濘んだ足元と濡れた枝木に一瞬視線を落とす。

黒い人物の動きが止まって、こちらに身体を向けていた。


――しまった……。


 先手必勝で勢いよく飛び出す。

瞬時に間合いを詰める。棒状の物が俺に振り下ろされた。

薄明かりの下ということもあって攻撃を見切ることはできる。

棒の側面を捻転させた右手で掴み取って強く引っ張り相手の上体を崩す。

そのまま左フックを相手の側頭部に叩き込もうとした。

しかし、心と身体の疎通が躊躇いをみせて振り上げた拳は静止する。


 小さい身体だ。


 雨粒が光る黒いレインコート。フードに隠された顔は見えない。

窓ガラスを割る不審者にしては、ずいぶんと狭い肩幅だ。

荒い呼吸によって肩は上下している。

左フックの代わりに顔を隠したフードを指でめくりあげた。


「凛花ちゃん……」


 予想外だった不審者は顔をぎこちなく上げる。


「え……あ……ゆ、優詩先輩……」


 彼女の眼鏡が雫に濡れ双眸の周りも侵食していく。


「なにしている……の?」


「あ……ご、ごめん……なさい……優詩先輩だと……思わなくて……」


「いや、それはいいんだけど」

と、言ってから棒状の物を優しく取り上げる。

どこかの工事現場から持ってきたのか、足場を組むような太めのパイプだ。

長さは一メートルほどで彼女の手には太すぎる。


「こんな夜にどうしたの……? 窓ガラス……割ってるし」


 彼女は再び首を下げてしまう。

フードをかけ直してあげると彼女は黒ずくめの不審者へ戻った。


「ご……ごめんなさい……」


「いや、怒ってないよ。なにか……あったの?」


 さらに顔を沈め顎が胸椎に触れている。


「おかしい……です」


「え……?」


「だって……私たち……そんなに悪いことをしましたか……」


 頭が小刻みに揺れて身体も同調している。


「詩織さんは……生徒じゃないです。それは……黙っていた私たちが悪いです……」


「いや、俺が悪いんだよ。詩織さんを連れてきて木崎に言わなかったから」


「でも……そんなに……悪いことですか? 許されないことですか……?」


 顔上げた彼女の瞳は潤んでいる。真っ直ぐな黒い瞳に答えるすべがない。


「校則は……破ってしまいましたけど……バンド活動……まで……」


「うん……違反したのは俺が先だから。ごめんね……強くでられなかった。ごめん」


 凛花は頸椎の力でフードの雨粒を左右に吹き飛ばした。


「世の中には……法律を犯しても……罰を受けない人もいるのに……。

人を深く傷つけても……罰せられないで……生きている人が……いるのに。

私たちがしたことって……そんなに悪いことなんですか……」


「うん……世の中は理不尽なことだらけだね。

でも……俺がしたことも正しくないし。

他の人は、こんなことしている……それは、関係ないから。

俺が悪かったよ、ごめん」


 慰めの言葉にもならない。


「謝らないで……ください。

私は……みんなと……バンドしたいです。音楽をしたいです……」


 ぼやけた黄色の光が哀しみを含んだ顔半分を照らす。


「――俺もだよ。みんなとやってきた音楽を……詩織さんの歌声をみんなに届けたいよ」


 雨音と風音が二人の間に流れていく。


「――私たちの声なんて……誰も聞いてくれないから……それなら……」


「それで、窓ガラス割ったの?」


 上半身が大きく動いて凛花の目には涙が集まる。


「ご、ごめん……なさい。悪いこと……なのは、わかっています……」


「別に怒ってないって。人的災害にはなってないから大丈夫だよ」


「でも……」


「やっぱり、俺たちの中で一番のパンクスだよ」


 凛花のフードに付着している水分を俺の手のひらになじませた。

彼女の眼鏡の奥は細かい動きを繰り返している。


「そろそろ逃げよう」


「あの……私……警察に……行きます」


「なんで? だってさ――」


 学校から物音がしたから、二人で様子を見に行ったら窓ガラスが割れていた。

怪しげな人物が走り去っていって、追いかけたけど姿を見失った、それだけだよ。

虚言に微笑を含ませると彼女は目を丸くした。


「それに……ちょうどいい日だよ」


 俺は傘を凛花に渡す。

風によって折れた、アスファルトに落ちている太めの木を数本拾い上げる。

不思議そうに見ている凛花に「こうするんだよ」と告げた。

窓ガラスが割られた室内へ枝木を投げ入れていく。

どこからか転がってきたゴミ箱の蓋も外回りに投げる。


「台風が強くなる前に帰ろう」


 彼女の自宅まで送ることにした。横殴りの雨が俺の身体を濡らしていく。


「あ、あの……」


「なに?」


「送ってくれて……ありがとう……ございます」


「うん、大丈夫」


 小さく背中を丸めた凛花が風に押されていた。時折、彼女の身体が俺に向かって当たる。

  

「あの……さっき……詩織さんのこと……歌声……」


「うん」


「届けたいって……」


「――そう、聴いてもらいたいんだよ」


 俺の返答は隣りにいたはずの凛花を置き去りにした。

振り返ると彼女は冷たい雨の中に立ち尽くしている。

フードに隠された表情は窺えない。


「――それは、す……す、好き……だからですか……?」


 夜空に花が咲いた日を思い出す。


「そういうわけじゃないよ」


「どうし……どうしてですか……本当のこと……」


 踵から水を飛ばし近付くと、凛花の小さい身体が震えている。


「ほ、本当のこと……言って……ほしいです。

ど、どうして隠すんですか……?」


 顔を上げた凛花は微笑み、ゆっくりとした瞬きから涙が次々とこぼれる。

雨粒に似た雫が彼女の頬を伝い、雨と共に大地へ帰っていく。


「す……好き……です…………よね……」


「凛花ちゃん……」


「私……私……言ってほしいです。本当のこと……」


「凛花ちゃん、実はさ――」


 雨風にかき消されて彼女にしか俺の言葉は届いていない。


 彼女の自宅に着くまで話を続けた。

それは彼女に対する誠意の表れだったのかもしれない。

彼女を送り届けた後、一人で歩く夜道。

雨が身体に纏わりついて静かな海に一人で浮かんでいるようでもあった。




お読みいただきありがとうございます。

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