花火と疑惑 9
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夏休み明けの始業式。
滞りなく式典が終わり教室で同級生の変貌を確認していた。
夏休み明けに起こる、生徒の容姿や内面の変化だ。
それらを期待して目を向けていたが大いなる変貌を遂げている者はいなかった。
進学校の高校三年生ということもあるだろう。
一人だけ雰囲気の違う生徒が目に入る。普段よりも背中が小さく見える美波だ。
悠馬のことで心配であるとか自責の念に駆られている可能性もある。
元はといえば、悪いのは俺だ。尋也との関係が波及した結果なのだから。
終業式は午前中で終わり昼も過ぎた頃に俺たちは部室に集合していた。
もちろん、詩織さんも来ている。
前日に連絡していて、今日は生徒が下校した頃合いで裏門から入ってきてもらった。
馬の姿で堂々と校内を歩かれたら騒ぎになってしまう。
パイプ椅子を用意して、みんなで弧を描くように座った。
「――ごめん。俺のせいで……こんなことになって」
俺は静かに頭を下げた。
「えー、なんで優詩くんが謝るのー?」
「そうっすよ。優詩先輩は、なんも悪くねえっすよ!」
悠馬の目元と口元に貼られたガーゼが動く。
一呼吸おいてから美波も慰めの言葉をくれる。
「外村くんと真木くんの過去にあったことは関係ないよ。
彼らがしたことは彼らの責任よ」
俺と尋也の今に至る関係性を美波と悠馬は知っているのかもしれない。
仮に知っていても中学時代の繋がりによる噂程度だろう。
切り抜かれた話だ。
幾重にも真実と虚実が積み上げられ抜き取ったジェンガの一部分にしかすぎない。
真実は、俺、要、尋也の三人しか知らない。
いや……花火大会の日に会った尚人も知っている。
尋也だけに伝えていないこともあった。
そのことは彼が悪の道に突き進む後押しになったことも否定できない。
「いや……俺と尋也の問題で、みんなを巻き込んだ。迷惑かけて……ごめん」
頭を上げることができなかった。
「ゆ、優詩先輩は……みんな……のこと……いつも……見てくれます。
だから……迷惑なんて……言わない……でください」
顔を上げると凛花と目が合った。
花火大会の夜以降、練習中も会話が少なくなっていただけに心が和らいだ。
「凛花ちゃんの言うとおりだよ……!
優詩くんのことを恨んでいる人なんていないよー」
落ち込む前に、まずは歌詞を書け!と、詩織さんが発破をかけてくる。
「――みんな、ありがとう」
再び頭を下げたところで部室の扉が音をたてた。
「失礼するわよ」
ノックすらしない、眉間に皺を寄せた木崎の姿がある。
背後には申し訳無さそうな顔をする室岡がいた。
「あなたたち全員、今すぐ校長室に来なさい」
と、怒気を含んだ冷淡な声を木崎は出した。
知られてはいけないこと。
それを阻止しようと室岡は木崎の背後に回っていたのだろう。
「あなた……! その髪の色はなに……!?」
詩織さんに鬼の目を向け近寄っていく。
「あなた……あなた、うちの生徒じゃないわね?」
ブランド物を品定めするように眺める。
木崎の中で詩織さんと馬の存在が重なったようだ。
「三年五組でーす……」
首を傾げて苦笑する詩織さん。
「うちの学校のクラス単位はアルファベット表記よ」
と、木崎は無表情のまま返答した。
「そう……メンバーに在校生以外が紛れているのね」
勝ち誇ったように片方だけ口元が上がる。
「あなたも校長室に来なさい」
木崎を先頭に身体を小さくしたメンバーと歩く。室岡は頭を掻きながら殿を務めている。
校長室に入ると、以前の職員室で出会った時と同様に、柔和な校長先生の姿があった。
光沢と重厚感のある木製の机に手をついて立ち上がる。
机上に置かれたネームプレートには『吉田誠司』という名が刻印されていた。
校長先生は整列した俺たちの目の前に立つ。
「すみませんね。学校が終わったのに呼び出してしまって」
俺たちが軽く頭を下げると、校長先生は二度頷いてから笑顔のまま話を続けた。
予想していた通りの話が始まる。
「先程、警察から連絡がありましてね。昨日、あなたたちが事件に巻き込まれた……と。
問題にはなっていませんが、一応、事後報告として連絡をしてくださったようです。
あなたたちの口から話を聞かせてくれませんか?」
一歩前に踏み出した美波が事の顛末を語る。
それは彼女らしく堂々としたもので、私情を挟まずに俯瞰で事実のみを伝えていた。
「そうでしたか……金本くん、ケガは大丈夫ですか?」
「あっ、はいっす! 全然大丈夫っす!」
校長先生は微笑んでいる。
その雰囲気とは対照的に冷徹な顔をした木崎が口を開く。
「喧嘩なんて言語道断よ。最低でも停学処分が妥当ですね、校長先生」
「待ってください……! 金本くんは一方的に暴力をふるわれただけです!」
珍しく美波の感情が表に出て大きい目には怒気を感じる。
「だから? それがなに? トラブルを起こしたことは事実でしょう?
いい? これは学校の名誉に関わることなのよ」
「そんな……それは、あまりに理不尽です……!」
「まあまあ、木崎先生。私は停学など重い処分を下すつもりはありませんよ」
「校長……! 警察沙汰になって我が校の名誉を汚したんですよ?
これは問題です! 我が校の進退にも影響します!
厳正なる処分を下さなければ、他の生徒に示しがつきません!
最低でも停学です……!」
その瞬間、校長室の扉が勢いよく開いて、二人の会話に割って入る男の声があった。
「それなら、俺が停学でいいじゃねえか」
要が左の僧帽筋を右手で揉みほぐし気怠そうに室内へ入ってくる。
隣には彼の担任の姿もあって「敬語を使え」と、耳元で囁く素振りをみせた。
「俺は金本がボコられているところに入って、相手の二人組を返り討ちにした。
ボコられただけの金本が停学になるのはおかしいだろ。俺のほうが妥当だ、違うか?」
自身より背の低い木崎に合わせるために頸椎を下に伸ばし睨みつけている。
「そんなことは当然よ! あなたは暴力をふるったのだから処分を受けて然るべき!
なにを……偉そうに言っているの……!? あなたは退学よ! 退学……!」
木崎の怒号が校長室の厳かな雰囲気を破壊していく。




