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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第四章 花火と疑惑

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花火と疑惑 8

             *


 夏休み最終日に事件は起こった。学生が惜別と後悔を繰り返す日だ。

練習を控えようとしたがアレンジを詰めたいという凛花の申し出があった。

早朝から午前中がバンド活動で、昼過ぎに帰宅した俺は自宅のベッドに身を預けている。


――残りの課題やらないと……。


 すっかりベッドに癒着した背中を剥がそうとする。

部屋の中にスマートフォンの着信音が響き渡った。

画面には四宮美波の文字が表示されている。珍しいな、と人差し指を横に滑らす。


「――はい」


「外村くん、あのね――」


 美波は地元の警察署まで来てほしいと、声をわずかに震わせた。

普段は聞くことがない、少しばかり焦りを含んでいる声だ。

太陽に照らされた風景を追い越して、俺は自転車で警察署を目指す。


 警察署のロビーを抜けて美波に指定された生活安全課へ歩みを進めた。

汗を拭って生活安全課を覗くと五十代ほどの婦警がカウンター越しに怪訝な顔をする。

友人がいるんです、と告げて少年係へ通された。

案内された部屋には電話をくれた美波と悠馬の姿がある。

不安な表情の美波、顔の四分の一を白いガーゼに支配された悠馬。

二人の前に黄褐色のスーツを着た男性が座っている。


「外村くん……」

美波が声を上げると、スーツの男性が、ゆっくりとこちらに顔を向けた。


 顔を合わせるのは、いつ以来だろう。


 名前は佐藤龍一郎さとうりゅういちろう

もうすぐ四十代に入るころだが夏に遊ぶ少年の面影を残している。

短髪を逆立て、白髪のない爽やかな感じが彼のチャームポイントだ。


「おお……! 優詩! 久しぶりだな!」


 満面の笑みで逞しい手を高く上げている。

 

「お久しぶりです」

と、頭を下げて、再び顔を上げるころには佐藤が目の前に来ていた。

俺の肩に手を置いて「元気にしてるか?」と、息災であるかを気にする。

佐藤の笑顔は……虚偽に塗れていた。記憶を辿れば明確な答えだ。

一般市民から見れば元生活安全課少年係の優秀な警察官だ。

清廉潔白な人物像は好感が持てると評されていた。そのようなことはない、というのに。

現在は、ある事件を手土産に、花形の捜査一課へ移動したと聞いている。


「なにが、あったんですか?」


「喧嘩だよ。相手は逃げたけどな」


 俺は美波と悠馬のほうに顔を向けた。


「この間の人たち……真木くんと一緒にいた二人に絡まれたの。それで――」


 美波の話によると、今日の練習後に停留所でバスを待っていたそうだ。

そこでオールバック男とスキンヘッド男に出くわしてしまう。

男たちが彼女を連れて行こうとしたところに悠馬が来て助けてくれたようだ。

助けたといっても二対一で分が悪い。

一方的に殴られているところに、ある人物が通りかかって手助けしてくれた。

喧嘩の様子を見ていた人が警察に通報する。

男たちが逃げた後、残っていた美波、悠馬、手助けした男が補導されたらしい。

その男は別室から他の警察官と共に現れた。警察署内でも余裕の笑みを浮かべている。


「おー、優詩」


「要……。大丈夫だったか?」


「余裕だよ。あんな根性のねえやつら。ハゲもヒゲもキモいしな」


「そっか……助けてくれて、ありがとうな」


「礼なんかいらねえよ。四宮から聞いたけどよ、あいつら尋也の仲間なのか?」


 俺が肯定したと同時に少年係の室内に怒声が飛んだ。


「おらあ! お前、相手のことは知らねえって言っただろうが! このガキが……!」


 眉間に皺を強く寄せた浅黒い男は初めて見る警察官だ。

白いワイシャツを第二ボタンまで開けて、綺麗な二重瞼は眼力が強い。

組織犯罪対策課にでも移動したほうがよさそうなほど歩き方も往来闊歩としている。


「あ? だから……さっきも言っただろ? 面識はねえってよ」


 鋭い眼光をした要は浅黒い男の虚勢を見透かしている。


「てめえ、知らねえって言っただろうが……!」


「あんた……頭が悪いのか? 喧嘩したやつらとは面識がねえし誰かも知らねえ。

知ってるのは……そいつらの仲間だ。

――あの人たちのことは知りませーん。そのお友達は知っていまーす。

どうだ……これで理解したか?」


「ガ、ガキが……! てめえのこと傷害罪で、しょっぴいてやったっていいんだぞ!

ああ!? このガキが! わかってんのか! クソガキが!」

 

「あ……? 傷害罪? 被害者がいねえのにパクれるわけねえだろ?

もうちょっと勉強しろよ、巡査くん」


「その舐めた態度だ! 公妨こうぼうでもなんでも引っ張ってやるよ! 覚悟しろ……!」


「おー、威勢がいいな。捏造します、なんて声高らかに叫んでよ。

やれるもんなら……やってみろよ」


 二人のやりとりを叱責した佐藤が、誠実をドブに沈めた目をして俺に問いかける。


「なあ、優詩……尋也のことは警察内部でも話にあがる。なにか知っているのか?」


「――この間、たまたま会っただけですよ。なにも知らないです」


「そうか……あいつはヤクの売買、風俗の斡旋、違法賭博なんかに手を染めている。

お前らは関わるなよ……悪の道に堕ちていく姿は見たくない」


「佐藤さん……その言葉、そのまま返しますよ」


「ん? どういう意味だ?」


「いえ……」


「あいつも変わった……な。昔は、お前ら三人でつるんで……。

悪さといえば、喧嘩してるだけのやつだったのにな……」


――あなたにだけは……言われたくない。


「――とりあえず、今日はみんな帰っていいぞ。要が言うように被害者がいないからな」


 再び俺の肩に手を置く佐藤の手のひらは重さがあった。


「被害者って……美波が襲われたのを助けようとした悠馬と要が悪いんですか?

正当防衛ですよね? やりすぎたとかは現認していないから、わからないでしょう」


「おい、こらあ……! なにをぬかしてんだ!?

このガキが! あんま舐めた態度とるなよ!

てめえも公妨でやってやろうか!? ああ!?」


 佐藤の肩口から飛び出てこようとした浅黒い男を彼は手で静止する。


「暴力はだめだ。前にも教えただろう。警察に頼れ……俺に頼れ。

いつでもお前らの味方だ。俺の命にかえても絶対に助けてやるからな」


 欺瞞の笑みがあふれている。

誠意の欠片がなく真意から逸脱していた。


「今回は特別に保護者引き渡し無しで帰らせる。優詩の顔も立ててやらないと、な」

と、目尻の皺を深くし笑う。


 帰り際、警察署の扉を出た時に佐藤が俺に釘を刺す。


「優詩……もう子供じゃないんだ。犯罪行為をすれば容赦なく引っ張るぞ。

俺たちは市民の安全が第一だからな。そのことは忘れるなよ」


 かつて、犯罪が起こるまで待っていた人物。

犯罪が起こること、人の死を切に願う人物に言われたくなかった。


 反吐が出る。


 俺たちは頭を下げて再び歩き出した。

要は警察署の敷地内であっても堂々と紫煙を燻らせる。

その煙は風に乗って、どこか遠くの場所まで導いてくれるような気がした。



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