花火と疑惑 5
この二人は中学校の同学年だ。
尚人は冗談で言っているのか、本当に認知していないのか……。
彼のみぞ知るといったところだ。
「てめえ……! 美波先輩に手を出したら許さねえからな!」
鼻息を荒くしている悠馬。首を傾けて眉を下げる尚人。
二人の対比は色とりどりの群衆の中でも目立っていた。
一通りの片付けが終わる。
尚人が謝罪の言葉を述べた後で残りの三人も深く頭を下げた。
花火大会の席へ向かうために歩き出すと、尚人の中性的な声が俺を呼び止める。
「優詩先輩。尋也先輩が街に戻ってきたこと……知っていますか?」
「――知ってるよ。この間……少し揉めたから」
「揉めたんですか……? 大丈夫だったんですか?」
「まあ……大きい被害は……ね」
「そう……ですか。尋也先輩……正直なところ評判良くないですよ。
ヤクの売買、売春斡旋、違法賭博……末端のやつらは強盗もしているそうです」
「そっか……」
「噂……ですけどね。尋也先輩、線引きは……きっちりとしている人だと思います」
「そうだな……」
「――なにかあったら言ってください。三人に助けられた恩は忘れていないですから。
微力ですが、いつでもお力になると約束します」
「ああ……ありがとう」
待っていてくれたメンバーと合流し人混みの中を二列横隊で進み始める。
俺の前には詩織さんと美波がいてホワイトアッシュの髪が急にさっと揺れた。
「さっきのすごかったねー」
「いや……大したことないですよ」
照れ隠しで微笑む。
「違うよー。凛花ちゃんだよ……!」
夏だけれど……熊の隠れ家に同居したくなる。
「――確かに……そうですね」
「優詩くんたちは投げる前とか見てないだろうけど、私たちを守ってくれたんだよ」
と、俺の左隣にいる凛花の切り揃えられた前髪を頭頂部から撫でる。
「ひ、ひいい……!」
手の動きを止めた詩織さんは、俺の右隣でサングラスをかけた悠馬を嘲笑する。
「変態垂れ目小僧にも見習ってもらいたいなー」
「え……! 俺がいたら、あんなやつら余裕で勝ってるっすよ!」
「どうかなー。この間は完全に負けてたしねー」
「ちょっとなんすかー。俺は美波先輩を守れる男っすよ!」
詩織さんは白目の部分を大きくして口を下げる。
変な間を演出した後で彼女は凛花の頭を再び撫でた。
「ありがとう。怖かったよね……? 助けてくれて嬉しかったよ。
やっぱり私が思っていたとおーり。一番パンクスなのは凛花ちゃんだよ」
「いや、いや! 島崎はパンクじゃないっす!」と、悠馬が声を上げる。
詩織さんと小規模な争いが始まった。
軍師も参謀も足軽さえいない。汚い言葉が飛び交う戦場だ。
鼻腔から一つ空気を抜いて俺は凛花に目を向けた。
彼女の口角は少しばかり上がって頸椎のカーブも緩やかだ。
「――嬉しかった?」
「え……」
と、見上げてくる凛花の目は微かに潤んでいた。
「パンクス……って言われたから、嬉しいのかなーと思って」
「――は、はい。嬉しい……です」
――嬉しい……嬉しいか……?
やはりベースという楽器に深く傾倒している人間は只者ではないと再認識する。
「私……パ、パンク……なんだなって……」
昼間、悠馬に否定された時とは違い彼女の瞳は前を向いて輝く。
屋台のオレンジ色に照らされたせいかもしれない。
「でも……危ないから、あんなことしないほうがいいよ。
俺が近くにいるなら声をかけて。いないなら他の男の人に助けを求めて」
「あ……はい……ご、ごめんなさい」
「ううん。確かに……あんな大男相手に怯まないでラムネを投げつけるのはパンクスだね」
「――私……パンクです」
唇を口内に入れて顎を引く姿が可愛い。
しかし、危ないことには変わりはない。義を優先して傷つくことだってあるのだから。
先が見えない黒い川面があって、綺麗に刈り取られた土手で食事を摂っている。
ここでも些細な争いが詩織さんと悠馬の間で起こっていた。
私が食べる、俺が食べる、今度は兵糧の奪い合いが始まった。
幼い姉弟のようにフードパックを取り合っていて、それを仲裁する美波。
凛花は「パンクス」の名残を大事にして、たこ焼きを小さい口に運んでいた。
綺麗な花が夜空に咲く。
飛び上がって大きな顔をしたとおもえば、すぐに萎れていく。散っていく様が美しい。
バスドラムのような音が鳴る。
ギターの荒いビブラートが天空へ向かう。
ベースがスラップして夜空に花を咲かす。
キーボードの細やかな音で散っていく。
一時間弱ほど打ち上げられた花火は終焉へ向かっていた。
打ち上げ当初は大いに騒いでいた詩織さんと悠馬。
おとなしく花火の音色と色彩に溶け込んでいる。
このメンバーで花火は見ることは『今』しかないのだろうか。
一人で感傷に浸り霞んでいく花びらを見つめていた。
「じゃあ、私はタクシーで帰るから。きみたちは女の子二人を送ってねー!」
俺と悠馬の身体に詩織さんの人差し指が左右に振られている。
「了解っす! 任してくださいっす!」
警察学校に入校したような男が隣で拙い敬礼をした。
「美波先輩は俺が送るっす!」
「――私は大丈夫です。一人で帰ります」
悠馬のことは一瞥もしないで詩織さんに返答する美波は頭を下げた。
「時間も遅いから危ないよー」
と、再度提案している。
「あ、じゃあさ、優詩くんに送ってもらうのは? それならいいでしょ?」
新たな提案に悠馬の目が限界まで開く。
「そしたら俺が島崎になるじゃないっすか!
嫌っすよ! 先輩……! ゆ、優詩先輩……!」
見開かれた目から決意と熱意が迸る。
「美波……この間の尋也との一件もあるし……この辺りも治安がよくないから。
なにかあったら悠馬を盾にして逃げればいいよ」
彼女は眉間に微細な皺を寄せる。浴衣の色に合うようにした白い巾着を持ち直す。
「うん……。じゃあ……金本くん、お願い」
詩織さんはタクシーに乗って会場から去っていく。
俺たちは臨時のバスに乗って満員電車ほどの車内に押さえつけられる。
途中下車した美波と悠馬。俺たち四人は二手に別れた。




