花火と疑惑 4
悠馬にファッションポイントを教えてもらっていると、
群衆の中から詩織さん、美波、凛花が近付いてきた。
二人の間に立つ詩織さんは両手に花だ。
美波と凛花は話していたとおりに浴衣を着ている。
藍色の浴衣に菊のような花が咲いて、美波を普段より艷やかな雰囲気にする。
「美波先輩……かわいすぎるっす……」
悠馬はサングラスを下ろし眼力が強くなった。
凛花の浴衣は白地に桜色の花と緑が散りばめられている。
帯が薄紫であるから少しばかり派手な印象を受けた。
「よっ! お待たせー!」
と、美波の肩から右腕を出す詩織さんは二本指を掲げた。
「美波先輩……! すげえ、かわいいっす! 半端ないっす! 破壊力エグいっす!」
サングラスを外した悠馬は裸眼で美波の身体を舐め回すように見ている。
「そう……ありがとう」
微笑みもしない美波の顔は嫌気半分に懐疑半分といったところだ。
「いや、ほんとっすよ? マジでかわいいっす! マジでいいっす!」
裾を引きずって距離を詰めていく悠馬の胸に、詩織さんの手のひらが衝突する。
「変態垂れ目小僧、それ以上近付くな……!」
「えっ、なんすか……なんすか!
なんもしないっすよー! マジで、かわいいっすよー!」
怪しげなラッパーかぶれが綺麗な女性をナンパしていると周囲の目に映る。
悠馬と詩織さんの押し問答が続いていく中で花火の見物客も増えていく。
屋台を表す文字が色鮮やかに描かれていて夏の風情を感じる。
食材が焼かれて食欲をそそる香り。鼻腔を優しく刺激する甘味の香り。
俺たちは話し合い、食べ物や飲料を手分けして購入することになった。
男性陣が食べ物、女性陣が飲料などを購入する。
香ばしさを蓄えた焼きそば。甘辛いソースとマヨネーズに濡れるたこ焼き。
表面が焼かれて傷を持ったフランクフルト。固形脂が顔を崩すジャガバター。
それらを手に歩いていると「このガキ……!」と、男性の叫び声がする。
鈍い音と甲高い音もした。祭りでは時々ある。喧嘩だろう。
見物客が周囲を囲んでいる。毛量の多い人物の後頭部越しに中心地を窺う。
背中に見覚えがある人物が立っていた。肩甲骨周りにある桜色の花が忙しなく動く。
凛花だ。
店先にあるラムネ瓶などを男たちに向かって投げつけている。
男たちは四人ほどだ。彼らが仲間であることは遠目に見ても判断できた。
彼らの背後にいた詩織さんと美波は、立ち並んだ屋台に沿って凛花の背後へ回る。
美波は凛花の肩を掴む。
詩織さんは片手を振り上げ応援しているように見えた。
飲料を投げつける様は椀子蕎麦を食べる時のように軽快な動きをしている。
「うらあ! このクソガキ……!」
シャツの胸元をざっくりと開けた顔の彫りが深い男が叫ぶ。
悠馬に食品が入った袋を渡す。
男は入れ墨を施した両腕を盾にして凛花の元へ突っ込んでいく。
俺も群衆が作り上げた闘技場に滑り込む。
「なんだてめえ……!? どけよ、こら!」
「悪いけど……どかないよ」
「じゃあ、てめえから先にやってやろうか!?」
四白眼になった男は大きく肩を揺らし虚勢を張っている。
こういう人物は小心者であって仲間からの援護を待っていることが多い。
低俗な言葉を並べて威勢をみせつけるふりだけだ。
本当は仲間の行動を心から願っている。
胸ぐらを掴むところまでも想定の範囲で頬が緩んでしまった。
掴んできた手を右手で掴み返す。
自身の右横に引っ張って上体が崩れた彼の右肩を左手で押さえつけ倒す。
倒れる瞬間に「うわっ……!」と、情けない声が聞こえた。
地面に伏せた男の背中へ膝を乗せて身動きが取れない状態にする。
面白半分にスマートフォンのレンズを向ける者もいるし小さい称賛をくれる者もいた。
残りの三人が「おい……! なにしてんだ!」と、大声で距離を詰めてくる。
迎え討つために立ち上がろうとした。
その時だ。怒声とは違う、穏やかな声が俺に向けられる。
「あれ……先輩? 優詩先輩……じゃないですか」
大きい目をパチパチとさせた、中学生時代の知った顔が微笑みに変わる。
「――俺のこと……わかりますか? 覚えていてくれてますか?」
と、艷やかな黒髪を手でかきあげた男が言う。
同時に他の男たちの行動を制止した。
「ああ……覚えているよ。悪童の尚人だろ」
爽やかで柔らかい物腰の男は、藤原尚人。俺の一つ下の世代だ。
その美少年のような容姿からは想像できないほど張り切っていた印象だ。
「覚えていてくれたんですね。光栄です。すごく……嬉しいです」
押さえつけている男の無精髭と鼻が大きく動いた。
「おい……! うらあ! 誰なんだよ、こいつは! 離せ、コラ!」
仲間が来た途端に大声で暴れ出す。典型的すぎて一種の余興にも感じる。
爽やかに微笑んだ尚人は、俺の下で暴れている男に優しい声で窘めた。
「――やめとけ、殺されるよ。俺の先輩だよ。知ってるだろ?
たった三人で……半グレとか好き勝手にやる外国人と戦ってた人たちがいるって。
俺の憧れた三人。優詩先輩は俺が……三人の中で最も恐れていた人だよ」
「あ……? あ、あの三人の一人……?」
「そう……だから、マイケルがやりあったところで勝てないよ」
下の男は暴れることをやめていた。
「優詩先輩、すみませんでした。こいつらが、お連れの方に声をかけたみたいです。
俺が来た時には、あの子が……こいつらに瓶を投げていた状況でして……」
「そうか……」
凛花に怪我などしていないか確認し、地面に散乱した瓶を回収する。
店先から投げつけた飲料の代金を払おうと尚人が財布を取り出す。
しかし、店側が受けた損害を詩織さんが頭を下げ支払った。
彼女いわく、おもしろいものを見せてもらったお礼だよ、と笑っている。
「おい! 藤原! てめえ!」
悠馬が肩で風を切り尚人へ向かっていく。
「えっと……どちらさまですか? ラッパーを始めたばかりの知り合いはいませんよ」
女の子のように首を可愛らしく傾げて、尚人の髪はさらさらと揺れる。
「ああ!? 俺だよ! 俺!」
「――詐欺師のかたですか?」
「ちげえよ! 悠馬だよ!」
「悠馬さん……うーん、わからないですね」
「だから! 金本悠馬だよ……!」
「すみません……わからないです。どこかでお会いしたことが?」




