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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第二章 波浪と動向

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波浪と動向 4

 夏休みで無人なことが幸いだ。

昇降口で馬と生徒が言い争っていたら事件である。

無人といっても文化祭準備、進路の相談、何かの用事で学校へ来る者もいる。

教員もいるのだから安心はできない。

馬に憤りを感じている悠馬の肩を叩き教室へ連れていく。

詩織さんは凛花の背後から手を回して進んでいた。


「俺、無理っすよ。こんな馬とはバンド組めねえっすよ!」


「まあ、まあ。意見の食い違いだよ」


「私も変態垂れ目小僧とはできないかもー。エッチな目で見てくるから」


「馬のほうが変態だろうが……!」


「黙れ……! 童貞!」


 教室に入った詩織さんの声は張りと輝きが増したように感じた。


「わー、教室だー! 懐かしいー!」


 色々な椅子に着席しては起立してを繰り返す。

馬が教室内に存在していることは、あまりに滑稽で歪だ。

黒板に残っていた『夏は永遠の青春』という文字を静かに見つめている。

ピンク色のチョークを指先で挟んだ彼女は、黒板の文字より大きく綴った。


『大人になっても忘れるなよ!』


 俺も学生生活を懐かしむ日がくるのだろうか。

そこに存在した時間を思い出として忘れずに胸に刻むのだろうか。


「ここには基本的に誰も来ないと思います。被り物を取っても大丈夫ですよ」


「うん……! りょーかい!」


 馬から人間に戻った詩織さんに二人はそれぞれの反応を示した。


「ひ、ひいい……!」


 両手を身体の前に並べ凛花の顔は伏せていく。

俺は口元に手を当てて息を止めた。

彼女の行動は可愛らしくもあって奇妙な反応が好きだ。


「え……ちょっ……マジっすか……。きれいな人じゃないっすか!」


 手のひら返しの悠馬は普段のニヤけた顔に戻る。


「初めましてー、詩織だよ」


「俺、悠馬っす!」


「ゆうまくん? 『ま』は真実の真? なんて書くの? 馬?」


「馬っす!」


「それなら、きみのほうが馬野郎じゃん。

呼び方は変態垂れ目……馬小僧でいいかな?」


「いや、いやそれはやめてほしいっす! 長いっす! ショックっす!

詩織姉さん……その青い目も髪の色も身体も全部……エロいっす!」


「きみさー、そういうこと言われて女の子が喜ぶと思ってるの?」


 目を細める詩織さんに悠馬はそういう人物です、と言いたい。


「ねえ、なんていう名前なのー?」


 俺の背後に隠れた凛花に近付く。

彼女が掴んでいる俺のシャツは皺を寄せ痛がっていた。

人見知りの娘がいる父親にでもなった気分だ。


「し、島崎……凛花……です」


「凛花ちゃん。きれいな名前だね!」


「い……いえ……」


 凛花の顔を覗き込んだ詩織さんは両手で彼女の頬を挟み込む。


「ひっ、ひいい……!」


 何を恐れているのか、ホラー映画に出てくる声に笑ってしまう。

お互いの自己紹介が終わったところで話を本題に向けた。

昨日までの流れは詩織さんに説明してある。


「室岡だけど、今日はいないらしい。さっき職員室で聞いた」


「そうなんすねー。今日は、なにするっすか?

詩織姉さんと親睦を深めるとかっすか?」


「それぞれの技量もわからないから、なにか合わせるための曲を決めようかなって」


「そうなんすねー」


「曲を決めたら各々が練習して、バンドで合わせる感じで」


「はい、はーい! はーい!」

と、小学生が先生に指名されるためのパフォーマンスを詩織さんが繰り返す。


「やっぱり学生っていったら反抗でしょ! 衝動! 怒り! 叫び! パンク! 

心の内に秘めた想いをパンクにぶつけよー!」


「パンクって! またパンクっすか……!?」


「なーに? なにか文句あるの?」


「いや、いや! ねえっすよー。島崎もパンク好きだもんな?」


「う、うん……」


「そうなの? やっぱり凛花ちゃんは見込みあるねー。じゃあ曲は――」


 提案されたのは凛花も好きと言っていた英国のパンクバンドの楽曲だった。

唸るように歌うボーカルが特徴的だ。

初期メンバーのベーシストが脱退。次に入った人物はベースがほとんど弾けない。

それすらもパンクだと言われているし、彼の生き様は映画にもなっていた。

英国の国歌と同じタイトルをつけた楽曲は、王室を非難する内容であって過激だ。

当時の時代背景や聴衆の想いはわからない。


「えーと、はい。これだね」


 詩織さんのスマートフォンから聴こえる。

錆びついたナイフで熟れた果実を切りつけるような歪んだギターの音だ。

疾走感のあるビートに独特の歌い回しが教室に響く。

悠馬は首を傾げて垂れ目よりも眉毛を下げている。


「これが……パンクっすか」


 現代の学校に流してよい音楽ではないのかもしれない。

楽曲が壁に跳ね返って俺と凛花は軽く身体を揺らしていた。


「――はい、どうかな? とりあえずの練習曲ってことで」


「俺は大丈夫ですよ」


「あ……私も……はい」


「なんかよくわかんねえっすけど、詩織姉さんがやるっていうなら、やるっす!」


「じゃあ、各々がコピーして合わせるって感じ?でいいのかな、優詩くん」


「そうですね。悠馬は始めたばかりで譜面が読めないだろうから。

耳コピして雰囲気で叩けばいいよ」


「はいっす! 余裕っす!」

と、同じ言葉を何度も繰り返す彼に不安だけが残った。


 この先の課題はあるけれど、メンバーの仲に険悪な雰囲気はないから問題ないだろう。

馬と悠馬が口論している時は前途多難だと感じた。

今は机を介し遊ぶ三人を見て自身の髪を触る。


 大丈夫……だよな。



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