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あすの空、きみに青い旋律を  作者: 陽野 幸人
第一章 旋律の邂逅

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旋律の邂逅 9

 確かに集合時間に遅れてはいるが咎めるほどのことでもない。

走ってきたであろう彼の姿に真面目である一面も垣間見えた。

彼の意識はバンドメンバーから別の者へ向けられた。


「し……し、四宮先輩」


 汗を袖口で拭う悠馬が囁くように言った。


「えっと……きみは、二年生?」


「そうっす! そうっす! そうなんす……! 二年の金本悠馬っす!」


 整わない呼吸を抑えつけようとしている。

頬の色が変わっているのは、走ってきたことによるものか、別の理由があるのか。


 美波は一言だけ返し学生カバンを肩にかけて前の扉から出ていこうとする。

引き戸に指をかけたところで振り返った。


「バンドで参加することが確定しているなら……今日、木崎先生に話しておこうか?」


「やるっす! やるっす! バンドやるっす……!」


 机を押しのけて近付こうとする悠馬に美波は怪訝な表情を浮かべた。


「ああ、お願い。一応、ボーカル以外のメンバーはいるから大丈夫だと……思う」


「うん。明日、明後日は私が来れないから、ここの教室で月曜日の――」


 お互いの時間を合わせて参加の可否やスケジュールを伝えてくれることになった。

美波が去った後でバンド活動における今後の課題などを話し合う。


「とりあえず……最低でもボーカルが加入すればバンドはできる。

それとリーダーは悠馬でいいんだろ?」


「リーダー? いや、いや、優詩先輩がやってくださいよ!」


「悠馬が発案したバンドじゃん」


「いやー、リーダーとか柄じゃないっすよ」


「凛花ちゃんは……どう? リーダーやる?」


「え……む、無理です……無理です」


「ちょっと待ってほしいっす! なんすか、なんすか!

『凛花ちゃん』って! やっぱり二人って……!」


「うるさいよ。金本悠馬のことも悠馬って呼んでるだろ?」


 赤の他人にはしないけれど親交のある相手には下の名前で呼ぶことにしていた。

多くの人は何かの意味があって名付けられている。人に対する敬意とでもいうのだろうか。そうしたほうが良いと教わっていた。


「いやー、なんか疎外感を感じるっす! 寂しいっすよ……!

俺のことも悠馬ちゃんとかにしてほしいっす!」


 彼の言葉は放置することに決めた。


「じゃあ……リーダーは俺がやるよ」


「あざっす!」


「お、お願い……します」


「次はバンド名……どうする? なにか意見は」


「バンド名すかー。おい、島崎、なにかあるか?」


「え……いや……私は……」


 背中はダンゴムシに触れた時ほどの曲線となる。

ドラムとベースはリズム隊として相思相愛であったほうが良い。

敵対心や反発心から生まれるリズムもあるが、この二人の関係性はどうだろうか。


「はっきりしろよ……! あるなら言えよ!」


 苛立ちを隠せない様子で悠馬は机上に手のひらを叩きつける。


「ご、ごめん……なさい……」


「悠馬、大声で捲したてるなよ。怖がって言えなくなるから」


「だって、こいつ……いつも下向いて、なんも言わねえんすもん。

同じクラスだから、わかるっす。いっつも一人で飯食ってて。変人なんすよ」


「その言い方やめろ。自分の意見を言いづらいだけで言わないわけじゃないから。

少し待ってあげろよ」


「はい……すんませんっす……」


「――悠馬は……なにか案ある?」


「そうっすねー、インパクトあるほうがいいっすよね。ユーにハイフン、エムエー。

You−maは、どうっすか? エムエーはマジで愛してる」


「真面目に考えろよ。個人名を含めるのは却下。外国のバンドじゃないんだから」


 外国のバンドはメンバーの名前がバンド名に入っていることも少なくない。

有名なバンドも多いのだが海外における認識と感覚がわからない。

日本でも個人名を入れたバンド名がまったくないわけでもない。

しかし、高校生バンドの由来が個人名では嘲笑されることは目にみえている。


「優詩先輩は? なんかあるっすか?」


「そうだな……バンド名に色を入れるとか」


「色っすか?」


「バンド名に色が入っていることもけっこうあるから」


 脳内にパッと浮かぶ。

海外であればパープル、レッド、ピンク、ブラック、グリーンなど。

日本であれば灰色、ブルー、イエロー、オレンジ。

派生で虹の意味を持つバンド名も浮かぶ。


 寂しい教室に三人の思考は静かに埋もれていく。


「あ……あの……あの」


「うん、なに?」


「青を……ブルーを……入れたいです……」


「ブルー? なんで? なんでブルーなんだよ?」


「だから、やめろって。いいよ、続けて」


「あ……はい。学生……青春って……青いイメージがあるので……いいかなって」


「いや、お前! ないだろ! 青春に青が入っているからって安直すぎるだろ!」


「悠馬のYou−maのほうが安直だよ。菓子会社に響きが似ているし」


 飴やグミが有名な会社名を悠馬に告げる。さらに未確認生物みたいだな、と付け加えた。

冗談を返す彼の行動を抑制するように凛花は少しばかり震える手をあげた。


「あの……『B.M.T』って……どうでしょうか?」


「は? ビーエムティー? なんの略だよ? 先に正式な名前を言えよ」


 凛花の瞬きと頸椎の動きが連動している。


「blue melody thought……青いメロディーと想い……。

あ……嫌だったら……全然……」


「青いメロディー……青い旋律と想い。いいと思う。俺はB.M.Tに一票」


「えー、マジっすか? ほんとにいいんすか?

島崎が考えたのをバンド名にするっすか?」


「悠馬にも……ぴったりなバンド名になっていると思うけど?」


「えっ! なんすか!?」


「B.M.T……バカでも真っ直ぐに届けたい、とか」


「ちょっと、ちょっとー! バカは余計すよ! 勘弁してくださいよー!」


 一通り騒いだところで結局は悠馬も凛花の案に賛成することになった。

バンド名をB.M.Tとして活動していく。



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