03
「では早速、仕事および諸々のレクチャーということなんだけど、僕の普段の仕事があるのでね、急ぎの仕事だけ先にやってしまうので、僕の画面見るなり、自分のマックのセッティングを見るなり、好きにしていてください。まぁ、仕事しながら、僕も解説チックに少し話すし、いつでもなんでも質問してくれてもいいからね。」
といいながら、中山さんは仕事に取り掛かる。
まず昨日の夜のうちにいていたメールを読んで、同じフロアにいる営業さんたちと打ち合わせをする。打ち合わせと言っても席は立たず大きな声で、
「〇〇さん、これの修正、ここ2パターンいるか?」
「はいそれでおねがいします!」
「■■さん、この案件、こいつナメとるなー、やっぱり上で転んどるやん!」
「あ、それねー。すいませんが、やり直しでおねがいします。」
打ち合わせ中の中山さんは少しガラが悪い。付き合いが長いということもあるだろうし、中山さんはフロア内では結構年長らしい。
そしてマックのイラストレーターを立ち上げて作業を開始した中山さんの姿を見て私は驚いた。
左手の使用頻度が尋常じゃない。ショートカットキーを異常なほど使った作業。
「何でも聞いてね。といっても前やってたものの修正作業なので、大したことはないのだけどね」
「あの、いいですか?ショートカットすごいですね。」
「ああ、これね。まだまだよ。でも、仕事が忙しい時ってマウスの右手じゃなくショートカットの左手が凝るのよ。左手が凝ったら仕事しすぎて休まないといけないサインだよねー。」
「私も覚えられるかなぁ?」
「覚えられると思うよー。毎日使ってたら、ちょっとでも楽したいってなるから、自然に覚えると思うよ。」
中山さんは本当にあっという間に「修正2パターン」という作業を終えてしまった。
作業が早すぎてよくわからなかったけれど、チラシのような紙面に配置されている、文字や、文字を囲む四角や丸の図形が、一瞬でオレンジから黄緑に変わるのを見たときは、手品を見ているようだった。
「何をやっているのか、見てるだけではよくわかんないでしょ? 今はそれでいいと思うよ」
「よくわからないなりに、早いというのはわかります。さっきおっしゃっていた私の架空のチラシが1時間とかって話」
「まぁ、早いと、イケてるは、また別だけどね。早いだけではアレだけど、せめて早いだけでも持っとけよっていうね」
といいながら「上で転んだナメた案件」にも着手し、瞬く間に終えてしまった。
「ね? 楽そうでしょ? 椅子に座って足くんでマウス動かすだけ。」
「いやいやいや、操作が。」
「大丈夫大丈夫、操作も簡単なデザインの決まりも3ヶ月あれば余裕よ。」
「本当ですか?」
「いやまぁ、他にもたくさん覚えることはあるけどね、1年もすれば独立できるんじゃない? ってくらいは使えるようになるよ。独立したい?」
「いえいえ、まだ初日ですし、未経験ですし。」
「でも本当の話、1年は大げさかもだけど、2年あれば確実に独立できるくらいの腕にはなるよ。大切なのはその1年2年にいかに疲れないかかな。」
「疲れるんですか?」
「どんな仕事でもね、頑張りすぎてしまう人がいるのよ。まして小畑さん新卒でしょ?」
「デザインどころか、社会人未経験です。」
「いいねえ、フレッシュで。疲れないように、いっぱいサボってね。上司が言うのもアレだけど。」
「1年か2年、疲れなかったら、この仕事は後はずーーーと楽。2年後はもう隠居の気分と考えておいて。」
「本当ですか?」
「マジマジ。世間にグラフィックデザインが超楽な仕事っていうのがバレてないのよねまだ30年ほど。だって、大学生でマックでアドビ勉強して、しかも使いこなせるまでの人いる?ほとんどオフィスでしょ? デザイナーの仕事は、使うソフトのシェアが狹いからバレてないの。」
「でも、苦労はあるんでしょ?」
「環境によるね。うちは社内デザイナーでしょ? 簡単に言えば温室ね。デザイン事務所は、そりゃもう、切った張ったですよ。」
「そうなんですか?」
「本当はずっと勤めてほしいけど、デザイナーって可能性を模索して、いろいろと渡り歩くんだよね。僕もそうだったし。なので、ここにいてくれているうちはできる限りの環境で、育てるって言うとおこがましいけど、そんな感じで行きたいと思っています。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ。では僕はお十時にコンビニに行ってきますね。」
そういって、レクチャーは小休止となった。
お十時から帰ってきた中山さんに、技術的なこと(アドビソフトの概要や色の概要、解像度などの概要)をレクチャーしてもらい、昼休みとなった。メモは取っていない。