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02

面接の日から2週間後、初出社の日がやってきた。今日から勤務する田川誠商事は阪急烏丸駅から歩いて10分くらいの場所にあった。


出社時間の15分前に会社につくと上司の中山さんは既に出社していた。

「おはようございます。本日からお世話になります。」とあいさつをすると、

「おはようございます。あ、僕ね、家が近いのね、徒歩5分。なのでね、小畑さんはもっとギリギリに来ても誰も怒らないから大丈夫だからね。あと服装だけど、今日は初日で面接の時みたいなかっこいい格好で来てもらってるけど、なんでもいいからね。なんなら革ジャンにトゲトゲついいてても大丈夫。」


ここは笑っておくべきなのだろう。とりあえず控えめに笑っておいた。


朝礼で他の社員の方に紹介され、自己紹介をした後、中山さんの隣のデスクに戻った。


「さて、それでは今日がデザイナー初日よね。いろいろと教える的なことになると思います」

「よろしくおねがいします。」


「何から話そうかな、、、小畑さんは履歴書と作品集を送ってくれたけど、マックでイラストレーターとフォトショップは触ったことあるってことでいい?」

「はい、家のマックで就職活動のために作品集は創りました。」

「そっかそっか、、、まぁ、書体とかの環境は仕方ないとして、この作品集の、これは架空のチラシかな?これはすごく良く出来ていると思います。表面だけで裏面はなしだよね。これ創るのにどれくらいかかった?」

「これは大体2日くらいですかね」

「うんうん、そんなもんか。これ、片面でしょ? これね、仕事だとね、ええとこ2時間、僕なら1時間だね。いや、カマしてるわけじゃなくて、そんなもんなのよ。」


えええ! この作品集のこの作品は未経験とはいえ私の自信作だった。何度も考え直して、自分でベストと言える状態を創り上げたのに。


「気を悪くしないでね。未経験で2日でこれは大したものだと思う。うーん、まぁ簡単に言うと小畑さんが頑張って2日使ってチラシの片面を創りました。じゃぁそのギャラは? 仕事だったらギャラが発生するよね? 例えばお客さんに言うギャラが1時間3000円と仮定しましょう。2日16時間で48000円。このチラシ片面に誰が払う?」

「値段の基準はわかりませんけど、多分、、、高いですよね」


「高いよね。それとね、この架空のチラシを創るとき、アタシだったらこっちのほうがかっこいいと思うな、いやこっちのほうがかっこいいかも? って思いながら創ったでしょ?」

「はい、まさに」

「すごくいいことだと思う。ただ仕事の場合はね、お客さんはこっちのほうが好きかどうか、って考えながらするのが多いのよね。時短になるのと、なんといってもお金もらっちゃってるんだから。」

「あ、はい」

「ごめんね、難しいよね。自分の好みがお客さんに届けばそれがベストだけど、そういうパターンはあんまりないのよね。いや、マジでカマしてるわけじゃないのよ。本当にバランスが難しい。自分の創作の理想があって、クライアント、あ、客さんね、お客さんが望むものがあって、そのバランスがね、常に難しいのよね。」

「それはなんとなくわかる気がします。」

「未経験の小畑さんに仕事を手伝ってもらおうと思った理由でもあるんだけどね、世間でクリエーターってよく言うでしょ? まぁ、いろいろ発想して創ってる人たちね。僕個人はデザイナーは少し違うと思っているのよ。僕は“プロ”って言葉がしっくり来ると思うんだよね、これ僕個人の考えだけど。」

「クリエーターとプロですか?」

「うんうん。境目は曖昧だけどね、ほら経験者で少しかじってると、クリエーターの自意識が過剰で仕事の効率が悪い場合があるのよ。若いときの僕がまさにそれ!」

「そうだったんですか?」

「ひどかった。クリエーターでござい!っつってね。生意気で偉そうで、今20年前の僕が目の前にいたらボコボコに殴ってるわ。」

「そんなだったんですか?」

「そうよマジで。でも若い小畑さんはそういう要素がこれからでてきてもいいと思うところもある。ただ仕事としては、できるだけでいいから“プロ”としてやっていってほしいかな、まぁ、できるだけね、肩に力入れずにね。」

「ありがとうございます」


と、そこまで話して中山さんはノートにメモを取る私に気づいた。


「あ、あと、今後もメモ取らなくていいから。」

「え?」

「いやねー、これからいっぱい教えていくつもりなんだけど、まず覚えることの量が多いのよ。まず見返さないわ。ノート取るくらいなら何度も同じこと聞いてね。あとね、僕も過去にノート取るふりしたことはあっても見返したことは一度もないから。ノートは無駄。何度も同じこと聞いてくれても怒らないからね。」

「はい」

「むしろ、もう一度同じこと聞いて怒られるかな? って萎縮されてしまうほうが効率が悪いからね。じゃんじゃん聞いて下さい。」

「ありがとうございます。」


「えーっと、スペース兄弟って知ってる?」

「はい、大好きです、漫画ですよね。」

「うんうん、えーっと、、、大事なことはね、、、心のノートにね。」


中山さんのドヤ顔が死ぬほど辛い、、、、。


「ごめんごめんごめん、ドヤってしまった! 50のおっさんっが、ほれ、ここ笑うとこやぞ、って、死にそうやね。ホントごめん。あ、でも、心のノートじゃないけどね、僕がプロとして思っていることはね、“最短距離は正義”ってことなのね。」

「最短距離は正義?」

「今は難しいと思うけど、僕はいつも“最短距離は正義”って思いながら、デザインの仕事してるのよね。また機会があれば言うね。」

「是非お願いしますね。」


ここで私は中山さんに対して少し疑問が湧いたので聞いてみた。


「あの、中山さんっていつもこんなに優しい話し方をされてるんですか? 私が共初日だからですか?」

「うーん、最近はずっとこんな感じよ。昔は怖いって言われた。前の前の会社とかね。ほら、最近はご時世もあるしさぁ。あ、あと、うちは社内デザイナーでしょ? 簡単に言うとゆるいのよ、デザイン会社のデザイナーと比べて。ゆるいってのは、競争とか、マウント的なこととか、そういうのがね。同僚がバチバチのライバルって感じ、そーいうのがないのよ。」

「そうなんですかぁ」

「ゆるいついでに言っておくと、制作部、えっとデザイン部のことね、僕と小畑さんだけだけど、残業は絶対なしですので。死んでも定時でよろしくってことで。」

「へ? いいんですか?」

「いいのです。僕が残業嫌いなんです。」


中山さんはこの会社の社内デザイナーで今まで一人でやってきた。私はその部下になるということはわかった。彼がやさしいこともわかった。

仕事の内容は全然わかっていないし、私がデザイナーとしてやっていけるかもわかっていない。

この時は、単純に上司が嫌なやつじゃなくてラッキー、とだけ思っていた。


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