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よろしければ読んでみてください。
私の名前は小畑聖子、23歳新卒。1浪して京都の私立の美大に入って今年卒業。大学では映像のゼミに入っていた。石膏のデッサンの像にプロジェクションマッピングをするみたいなのが卒業制作だった。
就職活動はというと、全滅。私は中学生の頃からグラフィックデザイナーのようなものになりたかったのだが、大学の周りの友達はそういう考えではなかった。彼らは本当に芸術家を目指していて、自分の表現したいものではなく、お金をもらって創りたくないものを創るっていう世界は、なんか違う、って空気だった。
私個人は、何かを創って(それが自分の好みかどうかは別として)、食べていけるのならこれほどいい仕事はないと思っていた。
でも、就職活動は全滅。未経験だからだ。
なので、エクセル入力のバイトをしながら職安に通う日々を過ごしている。デザイナー未経験なので、今まで全て書類選考で落選。在学中に創った作品や自分なりに勉強して創ってみたデザインのサンプルを履歴書と一緒に送ったけれど、全て撃沈。
まぁ、そうだよね。ほとんどのデザイン関係の求人は「経験者希望」なんだから。
デザイン事務所のデザイナーとか社内デザイナーとかの違いもわからいまま、履歴書を送る日々が続いた。
しかし、奇跡的に「書類選考合格につき面接をします」との連絡が、ある会社から届いたのだ。
「イエーーーーーーイ!」あるいは「ウォォォーーラーーー」って感じの気持ち。脳内で祭り囃子が流れ、紙吹雪が舞うのだった。
面接に行った会社は田川誠商事という名前の中小企業だった。京都では創業者のフルネームを名前にした会社が多い。何をしている会社なのかわからない名前の会社が非常に多いのだ。
会議室での面接では最初、総務課の人からお互いの紹介や勤務に関しての内容を説明してもらった。その後、私の上司となるかもしれないグラフィックデザイナーさんが会議室へやってきた。
「今回はありがとうございます。はじめまして、デザインの方をやってる中山茂です。」
「どうもはじめまして、小畑聖子と申します。」
「どうもどうも。履歴書とか見せてもらいまして、小畑さんは勤務時間とかは大丈夫ってことですよね?」
「はい。通勤もそんなにかからないので、もし採用いただけたら、無理なく通えると思っております。」
今後長い付き合いとなるこの上司は40代後半くらいの痩せた坊主メガネで、人当たりがすごく良さそうだった。私がイメージしていた「ザ・デザイナー」という感じは全然なくて、普通にジーンズと無地のTシャツでクロックスの偽物を履いていた。
「まぁその、デザインの仕事未経験というのは、こちらもそれを承知で募集しましたので、気になさらないでくださいね。」
「はい、ありがとうございます」
「でですね、この仕事の向き不向きって、小畑さんまだわかんないと思うんですけど、最初に大切なのはね、まぁ、1日8時間パソコンで作業するわけです。パソコンの前に座って8時間。これでね、イーーーッってなる人間が半分くらいいるんですよ。」
最初の話題がこれ? なんかクリエイティブ的な話題じゃないの?
「ゼルダを8時間できる人はいるだろうけど、仕事なんて面白いことばかりじゃないからね。それを持続できる人は多分人類で半分くらいな気がするんですよね。でもまぁね、重たいものを持つわけでもなく、空調の効いた場所でマウス動かすだけですから、向いてる人にとっては死ぬほど楽っていうね。」
「あ、はい。多分大丈夫だと思います。今アルバイトで1日中エクセルの入力作業をしていますので。」
「エクセルの入力って、面白くないでしょ?」
「そうですね、面白いわけではないですね。でも仕事ですからねぇ。」
未来の上司は同席していた総務課の人に向かって言った。
「総務部長、僕的にはこの人、小畑さんでいいかなと思います。」
「そうですか、中山さんがOKなら、後は社長と面談してもらいます。あ、小畑さん、社長面談は形式的なもので、デザイナーの小畑さんが採用ということであれば、ほぼ採用です。」
えーっと、面接ってこれだけ?と思っていると上司が
「まぁあとは入社してからということでね。お疲れさまでした。その他は総務の方と打ち合わせしてくださいね。じゃぁ僕はこれで」
と言って会議室をでていった。
面接の翌日に社長面談というものがあり、これは聞いていた通り形式的なもので、その場で正式採用が決まった。
私はエクセルの入力作業が苦じゃない、という一言だけで、グラフィックデザイナーになれてしまった。
読んでいただきましたありがとうございました。
辻もぜひ読んでみてくださると幸いです。