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エピローグ

からんころんと、ベルが鳴った。


 口の中は、先ほどまで食べていたパンケーキの甘さが幸せの形で残っている。クリームソーダも、今日はいつもとは違う色のものを選んで飲んでみた。それだけで気分が変わってくるものだから、なかなかに単純だなと葵は自身に苦笑した。

 フリルをあしらったワンピースが、階段を一段降りるたびにふわりと踊る。可愛いと言ってもらったくせに、結局、フリルに抵抗が無くなったのも、気になっていたお店に一人で入れるようになったのも、社会人になってからだった。


 さて、帰ろうか。そう思った葵の視界の端に、見覚えのある黒が過った気がして、葵は思わず足を止めた。


 振り返れば、いつかの場所と同じところに、黒いガチャポンの自動販売機が置いてあった。古めかしいそれは、色も形も昔見たものと一緒だ。ショッピングモールにあるガチャポンはあれからさらに進化を遂げたというのに、これだけはどうも変わらないらしい。

 以前と違うのは、中に入っている黒いカプセルが、ひとつだけではないということ、だろうか。

 いつかの魔法使いの言葉を思い出す。なんでも、一度願いを叶えたことのある人間がこの黒いガチャポンと巡り合うことは滅多にないらしいし、一度月に戻った魔法使いが再び同じ人間に引き当てられる確率も限りなく低いらしい。


(……ああ、でも)


 葵は、財布から百円玉を取り出した。それを、躊躇いなくはめ込んで、回転レバーに手をかける。


(たぶん、あの魔法使いだったら、きっと)


 そうして、手に力を込めた、その時だった。



「ちょっと。堂々と浮気って、どういう神経してんの」


 レバーを回す右手が、後ろから伸びてきた一回り大きな手によって押さえつけられていた。その手が握りこまれ、レバーから離されると同時に、反対側から伸びてきたもう一つの手が嵌っていた百円玉をするりと抜き取ってしまう。

 驚きはしなかった。怖くもなかった。そのせいか、声が弾んだ。


「浮気って。付き合ってないのに」

「この僕に、口説かれに会いに来いって言ったの、アオイだろ」

「そ、んなことは言ってません」

「僕にはそう聞こえたんだけど」


 手が離れていく。それを合図に振り向けば、鴇色の髪の毛が葵の目を奪った。

 相変わらず季節感の無い暑そうなローブ。深緑色の瞳はふてくされたように葵を見下ろしている。


「信じられない。刑期終わらせてから来いって言ったのはアオイのくせに、そのガチャポンを引こうとするとか」


 その手が、葵の指先を掴む。それから、もう一度しっかりと手を握りなおしてくる。思い出したかのようにあの日の続きを始めた心臓に――むしろ、あの日よりも高鳴り始めたその場所を自覚して、思わず唇を引き結んだけれど。それも目の前の青年の拗ねた顔を見たら、ゆるゆると綻んでしまった。


「こちとら、そのなかの魔法使いたちと比べ物にならないくらい、最高で最強で最高峰の魔法使いだってのに」


 ああ、そんな顔も、出来たんだね君は。


「……君の魔法使いは、僕だけでいいだろ」

「うん。私の魔法使いはアスターだけだよ」


 今年も夏は暑さを増している。アクリルガッシュで描いた雲は、きっとそのうち遠雷を連れてくる。ひまわりはやっぱり鮮やかな色で夏を彩って、蝉はいつも通り騒がしい。


「だからね、ガチャポンを引こうと思ったんだ」


 そんな絵に描いたような夏に、再び桜の花が舞うのを、葵はずっと、待ち焦がれていたのだ。

 手を握り返しながら、葵は笑った。


「だってほら。また、私はSSRの魔法使いが引けたよ」



【END】

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