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第十三話 十二時の鐘

「藤村さん」


 集合時間から、十五分遅れ。

 ついさっき、少し遅れる旨をメッセージで受け取っていたから、顔も気持ちも曇ることはない。むしろ、ちゃんとここに来てくれただけで、空に残っているわたがしみたいな雲さえ残らず吹き飛んでいくくらいだ。

 潜っていた日陰から少しだけ顔を出せば、ぱたぱたと小走りで黒沢がやってきた。額や首筋に汗が伝っていて、光を弾いている。カッコいいひとは、こんなことすら絵になるのかと唐突な知見を得る。


「お待たせ。ごめんね、暑い中待たせちゃって」

「いいえ、気にしないでください。突然呼び出したの、私ですし」


 作戦は、シンプルに。アスターに提案された通りに。

 でも、呼び出すにはやっぱり勇気が必要で、理由も必要だった。その点に関してはタイミングが良かったなと、葵はずっと持っていた小さな紙袋を黒沢の前に差し出す。


「はい。メッセージでも言いましたけど、借りていた本です。ありがとうございました、面白かったです」

「面白かったなら良かった。藤村さん、休みの日なのに、ここまで持ってきてくれてありがとう。でも、バイトのついでで良かったんだよ?」

「バイトのついでにすると、私が返すの忘れそうなんですよ」


 本音も事実もいまは理由に。一段上に上るために踏み台に。だって本題はこっちじゃない。いつもならこのまま足踏みするのだけれど、普段身に着けないフリルが、目元を彩るラメが、鴇色の髪の魔法使いの姿で葵の背中を押してくれている。


「……黒沢さん」


 いま、目の前の黒沢が普段と違う葵を見て、どう思ってくれているかはわからないけれど。

 いまの葵を、可愛いと言ってくれた人が、確かに居たのだから。


「それで、あと、もうひとつ。用件があって」

「用件って?」

「はい。……あの」


 それでもやっぱり、人生、全てがとんとん拍子に進むなんてことは難しいのだと、実感する。


「あの、黒沢さ「あ、葵さーんっ!」へ、リカ!?」


 聞き覚えのある、葵の大好きな溌剌とした声が聞こえてきて、葵も黒沢も思わず声のした方向をそろって向いた。

 ぱたぱたと小柄な姿がこちらに駆けてくる。その勢いのままリカは葵に飛びついてくるものだから、葵は慣れたように彼女を受け止めた。こういうところが可愛いのだ。


「わーい休みの日なのに葵さんに会えるのすごく嬉しい~!」


 にっこにこでぎゅうぎゅうとこちらに抱き着いてくるリカの背中を「ハイハイ」となだめるように叩く。叩きながら少しだけ、出鼻をくじかれてしまった気持ちと、どこか安堵のような気持ちが、心の底のところに沈殿していった。


「というか、今日めちゃくちゃ可愛い! え、どうしたんですか? デート帰り!?」

「いや、その……知り合いに、コーディネートしてもらったんだ」

「え、その知り合いさんめちゃくちゃセンス良いですね!? 葵さんの魅力が全部わかってるコーデって感じ!」


 葵は思わず苦笑した。実際、知り合いの魔法使いが直接施したのはメイクだけで、衣服は彼が命を吹き込んだフィギュアたちの功績なのだが、まあ、リカの指摘も間違ってはないかとも思った。だって、あのフィギュアたちは葵を選んで葵の手元にやってきた子たちだ。


「ほら、リカさん。そろそろ藤村さんから離れてあげて」

「えー、嫌です」


 ふいに、日陰が増えたかのような錯覚を覚えた。


 顔を上げれば、黒沢が困ったような顔で笑っている。


「ずっとくっついてたら、藤村さんが暑いでしょ」

「暑いけど、私はいま葵さん充電中なんです」


 何か、違和感。


 確かに、黒沢の言う通りこの夏日に、しかも午後始めという一番温度が上がる時間帯にくっついているのは、嬉しいけど暑い。

 やんわりとリカをはがそうとするも、リカはいやいやと首を横に振って葵にしがみつく。この可愛い後輩も、黒沢に対して本題を述べられていないこの現状もどうしたものかなあと葵がちょっとだけ困ったように眉を八の字に下げた時、ふと、葵はリカの耳がいつもより赤く染まっていることに気付いた。そういえば、いつもよりも彼女の身体がぽかぽかと暖かい。


「リカちゃん? もしかして、熱でもある?」

「え。本当に? リカさん、体調悪い?」


 今度こそリカを引きはがそうと力を込めた葵の手が、黒沢の声によって思わず止まった。ついさっき抱いた違和感と同じ引っ掛かりを覚える。一回目は気のせいかと思ったが、二回目となると気のせいで片付けるには気持ちが悪い。手を伸ばせばすぐにでも正体が見破れそうなこともわかるのに、何かが、それはやめておけと頭の中で警報をガンガンと鳴らしている。


 本能的な拒絶。


 ふいに、葵の腕の中で、リカが思い切ったように顔を上げた。


「そういえば聞いてください、葵さん!」


 その顔に。ここ最近、幸せそうに笑っている葵の友人の、可愛らしい表情の面影が重なってみえて、葵は、違和感の正体を見破った。


 ――ああ、なるほど。普段、時間きっちりを守るひとが、珍しく十五分遅れた理由は、これか。


「私ね、黒沢さんとお付き合い始めたんです!」


 だって、昨日まで黒沢は、リカのことを名前で呼んでいなかった。

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